2015/11/05

男と女の間には深くて長い河がある②

男女の仲のことは・・・ことに夫婦のことは、
関係のありかた、カタチに双方共の納得がないと
その結婚はとても不幸なものになってしまう。

どちらか片方が一方的に犠牲を強いられる場合は特にそうだ。

言い換えてみれば結婚は、
家庭という会社の共同経営者になるという一種の契約であるが、
契約に不平等条約が存在していたり、法の遵守がされないと、
その家庭は、歪んだ基礎の上に立つ、砂の城のようなものだ。

そんなものはパートナーシップであるとはいえない。

何のために人は、他人を・・・相手を求めるのだろう?


古の時代、男と女の結びつき、結婚とは、
生きていく上での役割分担だったのだという。

我々人間は子孫を残すために子を産むが、
それは女にのみ与えられた性別的役割で、
しかして、出産をするとなったとき、
大きなお腹を抱えているときと子育ての期間、
食料を得たり、身を守ったりすることに困難があったため、
その間に自分と子を守り、
常に食料を確保してくれる伴侶を必要としたのだ。

だから、長期間にわたって、
相手を自分と子の側に引き付けておくために、
「性」という手段を取引材料にしたのだという。

※基本的に動物の交尾は発情期だけだが
 人間だけが365日、妊娠中も可能になったそう。

つまりは、現代社会でも、結婚においては、
相手の年収、生活力が問題視されるわけで、
そのあたり、古代から変わってないんだなあ、と実感。

つまりは食いつなぐため・・・生活維持のための結婚制度。

女性は優越な血を残すため、より優秀なパートナーを求め、
男性は自分の血を残し、子供を確実に育ててくれる存在を求める。
相手に学歴とか家柄とか、優れた容姿を求めるのも、
家庭的なタイプに惹かれるのも、本能ゆえというわけ。

原始の時代から代わり映えせず。



とはいうものの、現代社会においては、
子作りだけが結婚生活の目的ではない。

助け合って、ともに生きていく相手として、
互いの存在を身近に必要としているから、選ぶ結婚もある。


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もう昔の話。

ある夫婦がいた。

とても仲が良く、趣味を通じて知り合っての恋愛結婚で、
共通の友人も交えて、そのアツアツぶりに周囲も焼くほどだった。

けれど、
結婚して数ヶ月のち、二人を悲劇が襲った。

海の事故で、夫は大怪我をし、脊髄を損傷してしまったのだ。

下半身不随になり、
回復が不可能と宣告された夫は、妻にこういった。

「離婚してほしい」

けれど、妻は首を縦に振らない。

どうしても側にいたいのだと、離婚は絶対にイヤだと言い張った。

そんな妻に、

「離婚しないというのなら、
 せめて・・・ セフレを作って欲しい。
頼むから恋人を持って欲しい」

彼の言葉に彼女は泣いた。
そんなことといわないで欲しい・・・と。

身体の結びつきが持てなくても、私たちは夫婦だし、
私はあなたの側にいたいだけなのだと、
愛しているから一緒にいたいだけなのだと・・・
私が愛しているのはあなたなのに、
何故そんな残酷なことを言うのか、と・・・

彼女には彼の気持ちが理解できなかったのだろう。
いやさ、理解できたからといって、承知できることではない。

ある程度、夫婦として年月を重ね、
そのような欲望の枯れる年だったのなら、問題はなかったろう。
しかし、二人は若く、まだ20代だった。

(ここでチャタレイ夫人の恋人を思い出す人もいるかも知れない。
けど、ちょっとというか事情は似てても話が違う)

彼にしてみれば、男性としての機能を失ったこともだろうけど、
それ以上に、人生の一番いいときに障害を負ってしまったことで、
いろんなことが崩れてしまった直後だったから、
絶望と混乱の中、
愛する人を思いやっての必死の妥協だったのかも知れない。
それも彼なりの愛し方というわけで・・・。


でも、結局、彼の絶望は深く、さらに決心は固く、
彼女を自由にするべく、強行に離婚を進めてしまったのだった。


事故がなければ、
二人は今も仲睦まじく、結婚生活を続けていたのだろう・・・。

いや、もしかしたら、事故がなくても、
いつか気持ちがすれ違って離婚することになったかも知れない。

彼の決断が正しかったとも、間違っていたとも言えない。
愛する人への思いやりが相手を苦しめることになったのだけれども、
その時の彼にはそれが精一杯の愛情だったのだろうから。

彼の決断、彼女の選択。

彼女の哀しみ、彼の苦しみ・・・

誰が悪いということではない。
どちらかのせいというわけではない。

誰も責めることなんてできやしない。

どれが正解ともいえることはない。

何が本当の愛の形であるのかなんて・・・誰にもわからない。

ただ、色んな愛し方、愛の表現方法があるというだけだ。



(生まれたときから障害のある人と、
五体満足だった人が突然障害をおってしまうのとでは、
後者のほうが現実を受け入れることが出来ず、
自暴自棄になってしまうことのほうが多いのです)

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