2015/11/05

愛は理解、恋は誤解

恋愛経験が決して多いとは言えない私が、
こういうテーマで物を語るのは、説得力がない気もするんですが・・・

どちらかといえば、乏しいか(笑)

基本的にあまり恋愛に関心のない人なので・・・(と言い訳してみる)

さてさて・・・
容貌が並み以下で、色気にもエンのない私は、
異性からは、ダチ、仲間意識で見られることが多かったです。
小学生の頃は「男子」とはケンカ相手って感じでしたけど、
中学高校では、つるんでた・・・って感じかな。
一緒になって騒いでり、悪さしてた程度だけど。

テレビの向こうの人たち(特撮や映画の俳優さんとか)には、
簡単に惚れちゃって胸キュンしてたクセに、
身近にいるリアル男性は触手が伸びないというか何というか、で。
(いやさ、好きな人は小一からずっと同じ人でいたわけです)

あんまし異性を意識しない女子だったので、
モテ男クンたちとも気軽に話せたっていいますかね。

そのせいで、その男子を好きな女子に妬かれて陰口叩かれたり、
その逆に告白や恋愛の仲立ちを頼まれることもありましたっけ。

例えば、
中学のとき、女子からキャーキャー騒がれてる、
めちゃくちゃモテてるTと隣の席になったことがあったのですが、
私の従妹がそいつと同じ団地の同じ棟に住んでて、
Tの妹と仲良しで、家同士を行き来してたりしたのですね。
てな事情から、私は必然的にTのお家事情や弱みを知る立場に。
(Tはマザコンで、中学に入ってからもお風呂がお母さんと一緒)

確かにTは顔こそ悪くないけど、私の好みのタイプではない
けど、友達としては話も合うイイヤツではあった。

てなわけで、お互いの秘密を知ってるってことで、
まあ仲はよかったのかな。

んで、こいつは他の男子とも上手くやってるヤツだから、
自然とそこから男子の仲間に入って、しゃべったりすることもあって。

けれども、
モテ男クンを初めとして、男子と仲良くしてると、リスクがてんこもり。
勝手に噂立てられるし、イジワルもされちゃう。
「そんなんじゃないよ」って言っても、
「プレイガール気取っちゃってさ」とか、
「男好き」なんてイヤミいわれたりもしたっけ。

いやさ、そういう意味でも、
女子より男子のほうが付き合いやすい。



そんなんで、モテたことは一度もありませんが、
恋愛の対象として見られないかわりに、
気さくにしゃべれる異性としてのポジションで、
男子のホンネを聞く機会もあったし、
人生や恋愛の相談に乗ったりすることもありました。
占いを頼まれたりとかもね。
(学校だと、体裁悪いのでこっそりと・・・)

今つーか大人になってからは、男と女の友情ってのは、
お互いにパートナーが出来たりすると、なにかと誤解のもと。
とくに、自分が女だから、相手の彼女や奥さんの不安とか判るし、
そういう意味で、やっかいごとに巻き込まれたくないので、
歳を重ねるごとに、男友達とは疎遠かつ縁も切らざる得なかったり。

さて、私の話はどうでもいいとして・・・


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


でも、まあ・・・
私みたいな仕事のクライアントさんのほとんどは女性で、
とくに、占いの現場なんかでは、恋愛相談が圧倒的で・・・
そういう意味でも、過去に男性のホンネとか恋愛感とかを
聞く機会があったことは、ちょっとばかし、役に立ってるかなと。
(たぶん、ほんの少しくらい)

とはいうものの、男心が完全にわかるかというと、ンなことないなー
(前述のように、彼氏に対してはイタイ女だったし、
 「男って、んもぉ~! わっかんないっっぃ!」って、酒呑んでクダまいて、
 男友達に絡むこともショッチューだったし・・・トホホ)



さて、ずっとずっと昔の相談内容。
(もう二十年は経ったか)

あるクライアントさんが、
恋人の様子から浮気を疑い、占って欲しいと依頼をしてきた。

見ると、確かに女性の影があるものの、それは浮気ではなく、
人として見過ごすことの出来ない事情があることで、
相手の相談に乗ったり、力になっているようだ、とのことだった。
どうやら、その相手の女性の深刻な事情というのは、
女性にとってはとても辛い経験のことのよう。
彼が恋人である彼女に内緒にしているのは、
同じ女性として聞くには耐えられない話を聞かせたくないという
配慮をしているらしいから、だったりもした。

占いは、どこまでいっても占いでしかないのだけれども・・・
(事実として裏づけを取ったことではないので)

あくまで事実として確認したことではなく、
占いで推察できること、として、私はクライアントであるその人に伝えた。


すると、彼女は、

「人間として見捨てられないとか、何それ?
 その人にどんな事情があろうが、私たちには関係ない。
 むしろ、その人のために、彼女である私に心配かけるってどういうこと?
 そんなことで私を不安にさせるなんて、許せない!」

と、怒りを爆発させた。

「ちょっと待って、ではあなたは、
彼が、同じ女性として、とても辛い目に遭ったその女性を、
 助けたり、力になっているという、
 人としての優しさを示せる人だってことより、
 そういうのを見捨てる冷たい人であって欲しいの?」

「当たり前でしょ? 私を悲しませていいわけないじゃん。
 ホントに私のことを想ってるなら、何事も彼女優先でしょ?
 誰かを助けるために自分の彼女を犠牲にするなんてサイテー」

「・・・・・・・・」


好むと好まざると関わらず、状況から人助けをしてしまい、
関係性から立ち入らざるを得ず、
事実を伝えるには、相手の心情を考えたときに配慮して隠さざるを得ず・・・

そんな、人としての「義」や「人情」「思いやり」を持った人であるのに、
それがいけないってんですかい?
自分の彼氏が、
目の前の人を突き放すことをしない人だったことを歓迎しこそすれ、
人助けのために自分との時間を犠牲にするのは裏切りととるとわ!


つまりは、この彼は、この彼女にはとっても勿体無い人だったわけだ。
彼女は、彼にはふさわしくない女性としかいいようがなく、
そんな彼女を選んだ彼も彼だけど。

こんな風に、
クライアントさんとして相談をしてくる、彼女という立場の女性の、
彼氏という立場の男性たちに同情してしまうことは、決して少なくない。


とはいうものの、
上記のような自己中な人に、何を言っても無駄なわけです。


女性の価値観と男性の価値観が異なることは良くあるけれど、
このケースは、そういうものではないと想われ・・・



しかして、あれこれ思うのは、

「男と女の間には、深くて長~い河がある」

ってこと。


女って、恋愛にはまってしまうと、
すべてにおいて恋愛を優先させて、
相手との関係だけに、地球を回らせてしまう。
相手を人生の中心においてしまうというのかな・・・

ホント、恋ってインフルエンザのごとく、熱病だと想う。

すべての女性がそうであるわけではないし、
男性の中にもそういう人はいるんですけれどもね。
どちらかというと、女性のほうが愚かになってしまう確立が高いようで。

けど、そういう傾向は得てして、自分も相手をも不幸に導いてしまう。

恋は盲目とはよく言ったもので、
恋愛を中心軸にして物事を捉えてしまうならば、
視野を狭め、理性的かつ客観的な視点がもてなくなってしまい、
お互いの関係を建設的および包括的に見ることが出来なくなってしまう。

電話占いの仕事をちょこっと再開しはじめた私ですが、
相変わらずというか~ 
何年経っても変わらない女性のそういったサガというか、
自己中な考え方や理性を飲み込んでしまうほどの感情の激しさ、
貪欲さの前には、うんざりさせられーの辟易しーの・・・。

つくづく感情ってのは、化け物だと思ったり。

まあ、とどのまりがエゴイズムなんですけどね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


実際のところ、
相手のことを「好き」な気持ちはあっても、
相手のことを「愛して」はいない、人のほうが多い。

あくまで「愛してほしい」だけで、
自分の要求を満たしてくれることだけを、
相手に突きつけているだけの人が多すぎる。

自分はいっさい「与えよう」とはしないのに、
相手からはすべてを「与えられて」当然と思ってる人たち。

愛されることばかり期待して、
自分が希望するとおりのことを得られないと・・・
求めている愛情が得られないと、
「私のこと、愛してないの?」と、不満をこぼす女性の多さ。

相手のありのままの姿を見ようとはせず、
相手を理解しようとはせず、
自分の願いをすべて叶えてくれる従者か下僕のように考えるのか、
別の人間に生まれ変わって欲しいといわんばかりに、
「理想通りの男性」になってくれることを欲し、その型紙を押し付ける。

『別の人』になってくれというのなら、
彼が彼である意味が何処にあるというのだろう?
その人がその人として生まれ、
その個性を有している事実は何故に無視されるのだろう?

相手が相手であるが故に、
理想とかけ離れた個性や表現方法を持っていることに不満を持つならば、
なぜにその相手を選んだのだろう?
恋をしたのだろう?
いったい、その相手の何を好きで、何処を愛しているというのだろう?


初めから、「愛」はいったい何処にあったというのだろう?

それが「アイシテル」っていうことなのか・・・?

相手を否定し、相手の個性を認めないことが、愛するということなのか。

自分の意にそまないことを、
相手が表現することを、どうして「愛されていない証拠」とするのだろう?

自分の要求に応えてはくれないのなら、「愛する資格」がないと・・・?

なぜ、相手の人生の時間が、すべて自分のためにあると思うのだろう。
相手が、自分を満足させるためだけに生きるべきだと考えるのだろう?
どうして相手の人生までも所有したがるのだろう?

心なんて、その人のもので、誰も所有することなんて出来ないのに。

誰もが自分のために生きていて、自分のために生まれてきているのに。

どうして他人を、
自分の人生や感情的要求を満たすためだけの道具とみなせるのだろう?
道具のように見なすことが「愛」という感情なのか?

ならば、それは単なる消耗品に対しての愛着にしか過ぎないが。


その人がその人であることを認めず、
その人らしく生きることを拒み、自分に従属するものとして扱い、
自分を「愛する」だけのロボットとなることを望み、
それ以外のことは相手からすべて奪ってしまおうとする。


結局、そういう感情は愛などではなく、たんなる所有欲でしかなく、
その相手を通して(身代わりにして)、
自分を愛そう(満たそう)としている代替行為にしか過ぎないのだが・・・。


果たして何人の人がそのことに気がついているのだろう?

相手のことを「愛している」といいながら、
実質、自分のことしか愛せない人のなんと多いことか。
恋は下に心があるから、下心。
愛は、真ん中に心があるから、真心・・・とは人の云う。


まあ、こんな恋愛相談でのアレコレ思いごとについては、
また機会のあるときにでも、続きでも書いてみるとします。
(気が向いたらネ)

0 件のコメント:

コメントを投稿