2015/11/04

先祖の遺したお荷物(後半)

霧島に行く前から、トラブルがあり・・・
行けないのかな?とも思ったのですが、結局行くことに。
(まあ、妨害というか、邪魔が入ったといいますか)

飛行機は苦手な私(高所恐怖症)。

鹿児島空港に着いた途端・・・乗り物酔いで頭くらくら。

ちなみに飛行機の窓から桜島が見えたと思った瞬間、
頭の中に亡き祖母の顔がボンッ!・・・と。

「アツコさん、まなちゃん、ようきなさった~(正確には鹿児島弁)」

(祖母は自分の子供にもさん付けする人。普通は「どん」とつける。
関東に住む孫の前では、わざわざ標準語で言うのでした。
この時、いろいろまくしたてられたけど、
鹿児島弁でしかも早口なので、何いってんのか聞き取れず・・・うう
ちなみにうちの祖母は、まだ「上がって」ませんっっっ汗)


空港から車で15分ほどの叔母の家に着いて、ホッとするよりも、
「ここ? ・・・マジですか?」という気分に。

元もとの母方の実家も、目の前がお墓で、
(土葬だったので夏場はご飯食べながら、火の玉が見放題)
神社との間にあったがために、
はっきりいって居心地のいいところではありませんで、
そこに比べると、まあ一見普通の家なんですけどね・・・

なんかちょっと、良ろしくない。

それでも昼間はまだ普通なんですけど。

着いた途端に、飛行機酔いも収まらず、ノックアウトしていたので、
もうそれどころではなく、思考が働かないし、そのあたりはスルー。
何も考えない、感じないように・・・
いや、そのアンテナももはや働かず。


その晩の酒宴では、昔話が盛りで。
マズイことに、
以前の実家で体験した数々の奇異(心霊現象)なんかの話が。
ひぃっ~
そういう話をすると、色んなものが「寄って」くるので、カンベンして欲しい。
でも、私から「やめれ」というわけにもいかず、だったり。

夜、あまりにも疲れていたので、
東京にいるときには考えられない早い時間帯に寝たわけですが、
そんな深夜に「『やつ』は来た!」ってな感じで・・・

びっくりしました。

布団が浮いてる。

「え・・・? 夢? これは何?」

浮くっていっても、ほんの数センチ。
私の足が布団を蹴飛ばしているのかも?とも、
きっと気のせいか、とも、疑ったのですが(寝ぼけかもだし、夢かもだし)、
次の瞬間、布団がめくられたりなんかする。
ガバッていうような強い勢いではなく、ゆっくりと少しずつ。

こりゃ、マズイと思って、金縛りから逃れる方法を試しました。
ちなみに私は金縛りって、
「ヤバイ、来そうだ」という寸での瞬間に遭遇したことは何回かあるけど、
実際に動けなくなったことはありません。

なんだか慌てたみたいで、必死に体動かして布団を戻すものの、
そんなことが二回。

さすがに、ダメだな、これは・・・ちゃんと何とかしないと、と思って、
夜中の3時近かったんですけど、

「エーイ! どぎゃんとせんと、あかんのかっっ!」(とは言いませんけど)

仕方なく起きて、結局そのまま一晩眠れず。

(もー 疲れてヘロヘロだったのにぃ~! )


こういう物理的?な現象にはあまり遭遇したことがないもので、
正直びびりました。
思ったのは、「眼が利かない」んで、「見えなくて本当に良かった」・・・と。
下手に何か見えてたりしたら、失禁して気絶してそうなものです。

身内の家とはいえ、40女がするには、
それはあまりにも恥ずかしい失態だし。
 

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翌日は朝早くから、墓参り。
先に行く途中にある父方の墓に行き、次に母方の墓へと。

父方の墓も母方の墓も、それぞれ分家なので、
その後に死んだものたちだけで、先祖は入ってないんですがね。

で、
初めていく母方の墓
(6年前に元々あった場所から移設している)に行く途中、
突然、

「うぐっぅっ!!」

頭がクラクラ気持ちが悪く、胸苦しく・・・
乗り物酔いか? とも思ったんですが、
いつもその墓に行くと具合の悪くなる叔母も気持ち悪いと。

そのほんの数分後、

「あそこが○○(叔父の名)の家だよ」と・・・。

その瞬間、その叔父の巨大な顔がババーンと、
頭の中に映像として見えて。

(ちなみに、叔父は五年前に煉炭自殺をしていたりします。
遺書はありませんでした。)

で、墓へ。

お墓は「何でこんなところに?」という、田んぼの真ン中にあり、
しかも墓地としてはあまりには狭いところだったり。

で、墓石の中。
誰もいない、何もない・・・のはいいとして、
なんていうかー そこにお墓を作ったことを、
その土地のモノ(生きてる人でない)が怒ってる感じで、
めちゃくちゃ、イヤな感じなんですよ。

ロケーションとしては、悪くないところなんですけどね。

叔母も私も頭クラクラで胸苦しく、気持ち悪く、ダメだこりゃって状態で、
花と線香立てたら、ここダメ! いられない。
早く寺にいくべ~ みたいな状態だったので、
何かキャッチしようにも、前日の寝不足もあって、まったくダメダメ。

お寺で供養をしてもらっている間も、

「うう・・・ううううううう・・・・体が重い」

私と母と叔母はそんな状態で。

小学校の用務員を長らくしていた叔母は、
代替わりする前のお寺の奥さんと顔見知りで、
供養の後にお茶をいただきながら、奥でお話していたんですけれど、
「わざわざ遠いところから、来ていただいて、
 ○○さんも、あの世から嬉しく思ってると思うよ」
なんて仰ってくださるものの・・・

いえ、叔父・・・まだ成仏してないんです。
残念ながら、まだこの世にいます。

そこの廊下のところに、
「姉さん、すまん」て、頭たれてるんですケド(汗)。

ちなみに今はこうやって、多少動けるようになったけど、
未だに自殺した現場(自宅の車庫)に縛られてますが・・・
うーん、どうしましょうか。
まあ、いいや・・・後で考えよう。
(その時は何も考えられず、とにかく私の頭はアパラパー)


その後、遅いお昼を食べるものの、
ノックダウン状態のもの続出だったので、

「家帰って休むか」

仮眠を取って少し回復したものの、とりあえず夕べの続きで
家の中「掃除」しておかないことには、
この後いられないしな、と仕事をば。

夕方になって、霧島神宮近くの従姉妹の家に。

温泉に入って癒されるも、ちなみにそこも実は曰くつき。

その客間は、以前泊まった母や叔母、
霊的現象をいっさい信じない他の従姉妹の旦那さんが泊まったときも、
肝を冷やした、怖いことのある部屋と聞いていたりなんかして。

でも、私は寝不足とか昼間のことで、
めちゃくちゃ疲労困憊していたので、

「この程度の雑魚なら、問題なし」

と、爆睡してしまいました。


ちなみに、その従姉妹の家に何がいるかっていうと、
雑多な思念、妄執エレメンタルですかねー
従姉妹はお嫁さんの立場なんですけど、
その家の主(従姉妹の旦那)の伯母さん
(お父さん、従姉妹にとっては舅の妹)、
が既に他家に嫁いでいてその家の人ではないにも関わらず、
「この家は私のもの。私の許可を得ずに勝手なことは赦さん!」と、
未だにでしゃばってきて、
我が物顔で睨みを利かしているらしいんですね。

つまりは、そういう「念」の塊。
そういうのが、敷地内全体に散らばってて、
とくに客間にいっぱい漂っていたりするんですね。

その「妄執エレメンタル」は、意志のある生霊みたいなもので、
嫁の親戚が来るのを良く思わない。
それで、従姉妹側の人間は居心地の悪い思いをさせられるわけです。

それだけでなくて、霧島神宮の参道沿いでもあり、
霧島山という得意な霊山の場において、「はじき出された」ものが、
人の住まう場所にやってきちゃうんですよね。

とりあえず、私にとっては大丈夫なものの類。
(私のガイドさんの得意分野でもあり、なじみのあるものでもあり)
つか、「あんたら相手にするより、今は睡眠ラブ」

何よりも、昼間のモノのほうが死んだ・・・。

どうも、私のガイド(守護霊)の苦手分野らしいし。
(うちのガイドさんの中には仏教系の人がいないのです)

翌日は霧島山と温泉のおかげか、スッカリ元気に。

霧島神宮を参拝して、従姉妹の顔のおかげで、
一般の人の入れない神域にも入れたし、いろいろ案内してもらって、
お山の力で、かなーり回復。


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で、うちの先祖のことに戻りますけれど、
何が原因でそうなったのか・・・

とりあえず、現地(霧島)に言って、ようやく概要が掴めたかな~と。
やはり、現地に行かないと分からないことって多いなあ、と痛感しました。
東京にいて探っても、分からないんですよね。
行ってみて、ああ、そうか・・・と、ピースが繋がった感じです。
でも、お持ち帰りの荷物が多くて、とにもかくにもしんどく、
「もうイヤだ!」状態にはなりましたが。


どうも、母方の祖母の家は、
その昔、一向宗を取り締まる立場の人だったようです。
このことを話すには、
浄土真宗が明治維新の少し前まで、
薩摩藩において、キリシタン同様、
禁じられていた歴史を話す必要がありますね。
扱いとしては、隠れキリシタンと同じで。
このあたり、意外と知られていないのですが・・・
見つかると酷い拷問を受け、残虐な処刑をされるわけです。
なので、命掛けの信仰でもありました。

禁止されているのにも関わらず、
隠れて浄土真宗を信仰している人たちのことを、
隠れ念仏ともいい、
そこから派生したものにカヤカベ教というものもあったり。

武士は今でいうお役人。公務員みたいな立場だったので、
彼らを取り締まったり、処罰するのが、
仕事といえば、そうなんですけれど・・・。

嫌々やっていたというより、
もしかしたら、楽しんでた人がいたのかも? です。
そして、ついでで私腹を凝らすようなことをしていた可能性も、だったり。

で、何の因果か、今は母方は浄土真宗です。

薩摩藩統制化では、禁止されていたにも関わらず、
明治以降、鹿児島県で浄土真宗は一気に広まっちまいました。


色々と辿ってみると、取り締まる側だったうちの先祖に対して、
その、隠れ念仏の人たちの恨みがきている・・・。

で、その子孫が「浄土真宗」の信徒として、その寺の墓に入り、
南無阿弥陀仏で供養されているのが気に入らない、赦せないと・・・


・・・確かに、それはそうでしょうね。


一人や二人から来る恨みでなくて、団体さまです、集団です。
グループエレメンタル恐るべし。

正直、参りました。これ、どうやって宥めたらいいんだろう。

頭痛い。


ちなみに、今回、親戚が案内してくれた場所は、
そういう史跡のある場所、カヤカベ教の本拠地とか、
気がつけば、そういうとこに行ってたりなんかして・・・・汗


で、母方の祖母のほうはどうやらそんなんだと。

母方の祖父のほう・・・は、
脳腫瘍?が原因で、ご乱心?状態となり、
常軌を逸した行動と言動から、
「こいつにまかせておいたら、家がつぶれる」と、
お家存続のために廃嫡にされた長男がいたようで、
(なんか座敷牢にいったん閉じ込められたみたい)
その人が、「おのれ~!」と、家督を弟に取られたことを恨んで、
子孫(彼にとっては弟の子供達)を呪った人がいたりなんかして・・・

結局、おかしくなったというか、正気の保てないときに、
自分の妻殺してるし・・・それで結局は殺されたみたいです。
表向きは病死? 
当時は脳腫瘍なんて病名なかったし、判りようもなかったでしょうし。

それから、他人のことを「呪った」先祖もいたり。
あとは女系で作ったエレメンタルとか、いろいろ種種雑多。

だぁーーーーーーーーー


あ゛ーも゛ー 
どいつもこいつも、子孫に変なもの遺しやがって!!


と、いう気分になるくらい(笑)

でも、お互い様といいますか、
私も何度か生きている中で、その都度、
そのときの子孫に「お残し」を押しつけていたりしますので、
人のことは言えた義理じゃありません。

そうした「家」に生まれたのも、縁あってのこと。
私自身のカルマの解消にふさわしい場なのですから。


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はっきりいって、向こうにいっている間は何も出来ず。
めちゃくちゃダメージ受けてしまったこともあり、
その後はもう、なすがまま、くっつけるがまま、
まさに霊媒一直線! 憑依体質大全開状態でした。トホホホ


その翌日は、知覧平和記念館に行ったり
(特攻隊の若者たちは心根や精神の格が違うというか、
覚悟の戦死だったせいか、清清しいくらいに成仏率高いのですが、
平和記念館という慰霊の地の特性のせいか、
供養のエネルギーに引かれて集まってくる
戦争被害者たちがゾロゾロっと・・・
で、結局、少し押し付けられたというか、テイクアウトが・・・涙)

西南戦争の跡地に行くことになってしまい、
そこでも、テイクアウトが増え・・・涙
(また、おっさん連中や。若いのもいるけど)

その後で、礒庭園に行く途中、何故か外人が多数・・・

どうやらイギリス人のにーちゃん(謎)ばかり。

何故? なぜ、鹿児島にイギリス人が???

どーして? 鹿児島にイギリス??


・・・って、キミタチ、海軍さん?

そうです。「はっ!」と気がつけば、そういや薩英戦争。

150年も成仏してないんかい? 成仏できなかったんかい??

でも、アメリカ人ほどでないにしても明るいイギリス人たち。
(イギリス人って、ドイツ人の次に暗いイメージあるが。
東京に来たとき、ものめずらしそうに・・・でも、楽しそうだったなー)。


で、竜ヶ水の事故のあった現場を通り・・・

さらに増えていく、テイクアウトが・・・


もう、涙ちょちょギレでした。

か、か・・・・体が重い! 

背中がっっっっ背中があぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!



単純に墓参り行って、先祖供養と思っての帰省だったのに・・・

なんで~! なんで、こんなに見ず知らずの人たちまで、
しかも、東京にお持ち帰りせなアカンのっっ!!

こんだけの数、いったい、何日掛かるの! 

誰か、

教えてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ~!

でした。


・・・って、父方はまだ手付かず。


あ、とりあえず帰省して三週間たち。
とりあえず、東京に持ち込み? テイクアウトしたものは何とか・・・
なっているはずなんですが、どうでしょうねぇ。

でも、そのお陰でうちのガイドさん数人はしばらく死んでいました。
(あ、もう既に死んでるのか)
メインガイドさんは、まだほうけていますけど・・・

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