2016/05/02

ルーツ~御先祖様の追悼祭

スピ話とは関係のない自分語りです。
興味のない人はスルーして下さいな。

「ルーツ」というと、アレックス・ヘイリーの小説と
それを基にしたテレビドラマシリーズが衝撃的だったし、
ものすごくインパクトを受けた。
良作なのでまだ見た事のない人はぜひ見て欲しいな。
けど、日本語版は一部しかレンタルされてないんですよね。

アフリカ大陸のザンビアから奴隷狩りで
アメリカに連れてこられたクンタ・キンテから、
現在に生きるアレックス・ヘイリーまでの
南北戦争や公民権運動、人種差別を含む代々の人間ドラマ、
アメリカの暗部、奴隷狩りの黒い歴史を知るにしても、
とても重厚で貴重な資料でもあるし、価値のある作品。

最後の最後、
子孫である著者が語り部の口伝の中に、
自分の先祖の名前を見つけるあの瞬間は、
とてつもない感動を呼び覚ましてくれるのです。


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さてさて毎年5/2から5/4まで、
山口県は壇ノ浦の赤間神宮で先帝祭というのがあります。
(とはいうものの、行ったことないけどww)

寿永四年三月二十四日
(1185年4月25日)に壇ノ浦の合戦があって、
安徳天皇はその日に亡くなったらしいのだけども、
追悼祭は何故か、5/2から5/4のGW期間中、謎です。

母方の祖父の先祖だし、何しろ830年も前の話。
あまりにも遠すぎて、アレなんですけどね。
本家筋でもないし。


家紋も蝶紋と言っても、アゲハでなくてこんなんだし。


私は昔から、家に対してめちゃくちゃ執着と憧れがあって、
マイホームにドリームを持ってたりするんだけど、
それはどうしてだろう?って、改めて考えていたのですよ。

一か所に落ち着きたい、家が欲しいって思う割には、
幼少期も三回引っ越ししてて、実家を出てからも、
6回も引っ越ししていたりするっっっ

そんなことを考えつつ第一チャクラの掃除をしていたら、
ああ、ご先祖様の意識に行きついた・・・と。
そしてちょうど、
ご先祖様の運命の分かれ道した時期じゃ~ん
と気が付いた次第。



うちの母が祖父や祖父の両親、
そしてその兄弟姉妹たちから聞いた話のまた聞きで、
だから、それが本当かどうかは分からないわけです。
代々伝わってきた伝承というやつで、
証拠の品も家系図もすでに空襲で焼け落ち、灰となり。

壇ノ浦から落ち延びて、
九州は鹿児島県の牛根(垂水市)に隠れ住み、
その後は島津家に仕える士族となったと。
して、祖父は次男だったのだけれども、
長男と叔母が家屋敷を勝手に売り払い
その金を持って関西に逃げ、一族は屋敷から追い出されて、
家財道具一式をもって放浪し、国分に落ち着いたと。

私が聞いてたのはコレくらいだったかな。
あと、

屋敷から持ち出した家財道具は親戚一同で分けたらしく、
祖父の姉妹(母からして叔母)の家には、
壇ノ浦以前の京都の屋敷から持ち出した、
雅楽の楽器があったのだけども、「燃えた」とかとか。
家紋入りの箪笥とか道具箱とか長持ちとかも、
大きくて邪魔だし、戦時中に薪にしてしまった・・・とかとか。

母方の家はヒジョーに貧乏だったので、にわか信じられず、
(見た目はどうみても田舎者なノーミンぽいし)
士族って言っても刀も残ってなかったですしね。
西南戦争に参加したとか、そういう話はナッシングだし。

まあ、ここまでは全国あちこち何処にでもある、
平家落人伝説の一つに過ぎないのですね。

(そして困ったことに私は判官贔屓で木曽義仲・義経ファンさ)


して、去年かな。。。

「落日後の平家」(永井彦熊著)って本をゲットしたとですよ。
50年前の研究本を。

著書の方、ご先祖様が壇ノ浦から流れ着いた、
牛根出身の人だったりしたのです。
なのでちょっと祖父の生まれ育った土地のこと、
判るのかなーって興味本位で。

昔の本だから、読みにくくて大変だったっっっ

だけど、コレを読んで、
ああ嘘じゃないんだな、本当だったんだな、と。

祖父が住んでた牛根には祖父の苗字と同じ人たちがいた。

ここに辿りついた落人たちは、
新しく住み着いた土地を平安京と同じ升目に区切り、
懐かしい京都の通りの名前を付けていたりした。
~小路とか、京都嵐山にある地名とか・・・。
安徳天皇を祭る、居世神社を作ってもいた。

(そして横溝正史の「八墓村」と似たような話があって、
鎌倉の追手と間違われた7人を祭る塚もあったりした)

彼らは月を眺めて楽器を奏で風流を嗜み、
二度と帰ることの出来ない京の都を懐かしんでいたという。

だとすると祖父の家にあった雅楽の道具がソレなのか。
(琵琶は薩摩琵琶ではなかったそうな。
でも、壇ノ浦以前のものがそんなにもつのか??)

この本を読んで、どうして祖父の一族が、
ひとつの家に一家族ではなく、兄弟姉妹の家族まで、
大勢が一緒に住んでいたのか、その秘密もわかったりした。
平家って大家族主義なんだってことで。
あと、純血を保つために平家一門子孫での
婚姻を繰り返して、地元の人と隔たりを持っていたとかとか。

ここいらはちょっとなー だけども。

あと、鎌倉の追求を逃れられたのは、
島津家が好意的で守ってくれたからだとか・・・


なんかでも、この時のご先祖様は本当に
京都の町が恋しかったんだなあって思ったりする。

子孫の私は京都の町に興味はないけれども(笑)
(それよか奈良が好き)

そんなに恋しかった「家」はどんな家だったんだろう。
ちょっと興味があったりする。
京都の何処だったんだろう?って。
地名としてつけていた「~小路」なのかしら?

いやさ、家というより、当時の暮らし、
平和で満たされた暮らしを懐かしがっていたのかも。


そして息をひそめて暮らして、
150年後には鎌倉幕府が滅亡して、
怯えなくてもよくなったとはいえ、すでに子孫の時代。
京都には戻ることなく、そのまま島津家の配下になり、
平和は500年くらい続いたのかな?

尊王攘夷で明治維新、戊辰戦争や西南戦争があって、
士族の身分を解かれて、単なる平民になり、
でも祖父の代になったとき、その土地も追われた。

そして祖父が亡くなった後、
牛根を追われた後、祖父が自ら建てた家、
母が生まれたその家も、20年前に追われることに・・・。


帰りたかった・・・あの平和な時代、平穏な暮らしに。
ずっとずっとあの街で暮らし続けていたかった。


そういう想いが
私のDNAにも受け継がれてるような気がする。

土地や家に執着してもしょうがないし、
時は過ぎ行くし、永遠なんて望むのは愚かしいのだけども。



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太平洋戦争に出征した祖父は満州からシベリア抑留へ。
約五年間向こうに居たそうだ。

一緒に住んだことがないので、
当時の話を私が祖父から直接聞いたことはない。

知覧特攻平和会館に母と叔母と行った時、

「お父さん(祖父)が帰ってきたときに
持ってた水筒と同じだ、こんなんあった、あった」

みたいな話を聞いたくらい。


祖父がシベリア抑留者であったことを
私が知ったのは、実は数年前のこと。
それまでは他の人の話と混同して誤解してしまっていた。

もしそれを知っていたならば、
学生時代アルバイト先に良く来ていたご老人に、
もっともっと話を聞くことが出来たかも知れない。

その人は
「シベリアでは友が、仲間がたくさん死んだ。
生きて帰れたのはキセキだったよ」と言っていた。


「凍りの掌」というコミックがあって、
これを読むと祖父が経験したであろうことが、
ほんの少しだけ想像することができる。


去年某省庁での仕事をしたとき、
ヒマなとき、ネットサーフは出来ないものの、
勉強のため、関連するサイト内のページだけは
見ることが出来たので、色々と見ていたら、
「シベリア抑留者」に関するページも未だにあって。

それで普通の帰還兵の軍事恩給とは別に、
特別給付金があるということも知ったのだけど、
どうも祖父はもらっていなかったらしい(笑)

シベリアで5年間働いた労働賃金は無給だったということで。
しかも出たのが65年後かよっっっ ついこないだじゃん


軍人恩給も軍人年金も手続きしなかったらしい。

なんちこっつ~!(と訛ってみる)

田舎の人間だから、面倒臭かったのかな。
結構、行政っていい加減なもんだなー
一人ひとりにちゃんと告知ってしないものなんだー


まあ、もう祖父も祖母もとっくに鬼籍だから、今更ですが。

でも少しでもあれば、お墓代くらいには出来たのかな。


そして、祖父の軍歴っていうのかな?
どの部隊に所属して、どの戦地に行かされたとか、
そういうのも何とかかろうじて孫の代(私)までは
調べることができるってのもわかった。

知りたい気もするんだけど、
姻戚証明をとるってのが、面倒くさいなあ・・・と、
ちょっとそこで躓いていたりする。

知ったからといって、どうなるものでもないのにね。


なんていうのかしら。
祖父とは一緒に住んでなかったし、
生前も会ったことは数回しかないし・・・
無口な人だったから、話もほとんどしてないのに、
何故か祖父の霊を見ることが出来るのが私だけで、
靖国神社でも会っちゃったしなあ。。。
(祖母の霊には身内だけでなく、他人も遭遇してたりする)

だからちょっと気になったりするのです。


そうね・・・そうやって、両親の両親がいて、
そのまた両親というようにどんどん逆に枝分かれして、
たくさんのたくさんのご先祖様がいて、
そして私がいるんだよなあ、と改めて。


で、ご先祖様の写真が残っている生徒さんは、
その写真のご先祖様と「恐るべし、DNAの力!」って
誰もが爆笑するほどに似ていたりするので、

私の今の顔も、
たくさんいるご先祖様のうちの誰かに、
似ていたりするのかなーっと思ったりする。

自分と同じ顔の人、似た人がいたかもって
思うと不思議だけども。

とはいうものの、
今の私の顔は2000年前の前世の顔に似てる。
そして母方より父方の顔だなー 
母方の顔ではないんだな、これが。
(そして父方の先祖には興味ナッシング)

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