2020/01/01

過去記事検索機能がないので記事リンク一覧

ここのblogは過去記事を検索するための検索窓がないんです。
PCだと左にテーマ(ラベルという名のカテゴリ)があるんですけど、
スマホは最新記事しか見れないんですよ。
でもって、PC表示にしてもテーマの分類が多いから、
捜しにくくてすみません。
なんだかんだ記事数も多いですので。

なので、スマホで閲覧している人用に、
とりあえず、おそらく見えてないであろう
左メニュー(とそのリンク)一覧にして貼っておきます。

注1)別ウィンドウで開くようにしています。
注2)ラベルの()内の数字は現時点での記事数です。
注3)内容が多岐にわたっているものはラベルが重複しています。


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それとPC仕様だと、
上部にこういうテーマ・メニューもあるんですが、
スマホ版はどうなんでしょう?
一応リンクも貼ってきます。

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ホント、カテゴリを細かく分けすぎているというか、
ラベル数が多くてすみません。
とりあえず★のついている記事は、
アーカイブブログとしてのアメブロにも転載しているので、
そちらのほうが見やすいかも知れません。
但し、原文はこちらなので、
向こうだと一部削除しているところもあります。

それとビッグローブのblogから引っ越しするとき、
エクスポート&インポート機能がなかったので、
いちいちコピペという原始的な方法を使って、
こちらに記事を移動したものですから、
貼り方がヘンになっているというか、
文章が重複して意味不明になっているところがあって、
気づいた時点で直したのですが、
未だ直っていない記事もあるようで、すみません。
もし発見したら教えてくださいっっっ

とりあえずスマホの人はこのページを
全記事を見る手がかりにしてください。

ひとまずの応急的対処ですがご勘弁を。

2019/08/17

占い師としてのお仕事

今月からですが
占い師の仕事を復活させています

場所は吉祥寺
コピス吉祥寺4Fのマリーシエル占い館

今月にできたばかりの新しい占い館です
ネイルサロンのように
開放的で明るい感じの場所です

今のところ週一回程度の出勤で
今月に関しては火曜日16時から21時
(最終受付20時半)

※来月はまた変わります
 詳細は占い館の出演スケジュールを確認下さい

アルマ(Alma)の名前の方で出演しています




料金は
9分1000円
20分3000円 
30分5000円
45分7500円 
60分10000円
税別です


こちらでは純粋に占い(タロットと占星学)のみです
自宅salonで提供しているサービスとは異なりますし
salonでお受けしているような相談内容は
(霊的な事象や過去生に関する情報、相談など)
一切お受けしていません

エネルギーのリーディングやヒーリングも
もちろんしません

そちらに関しては往来通りsalonの方にお越し下さい
salonにくるまでもない
一般的な占いによる相談・アドバイスが欲しいという方は
善かったら吉祥寺の占い館までどうぞ

こちらのblogを見てとか
お声がけ下さいますと嬉しいです



現時点で2回ほど出演しましたが
占いのお店に出るのは久しぶりで緊張しまくり
でも、やはり占いも楽しいですね

根っからというか本質的に
人の相談に乗るのが好きなんだなあと実感しました

自宅でじっくり腰を据えて
お話を聞いて施療をして
一人のお客様と深く関わっていく
ディープなセッションも好きですけど

ライトにさくっと占いを通してのアドバイスも
自分は役に立てているのだと
これもまたやりがいを感じます

さてどうなりますかね・・・

ああ、あとこれもまた詳細が決まったら告知しますが
10月4日に知人主催のイベントに出演します
これまた占い師として占い提供です
価格は私の好きなよう決めていいって話ですので
10分1000円とかで考えています

場所は京王井の頭線富士見ヶ丘駅
Barなので時間帯は昼間でなくてたぶん夜のみ

お近くの方はよかったらどうぞ


2019/08/15

反戦と平和への思い




太平洋戦争が集結して74年目

戦後生まれの戦争を知らない子供たち世代ですが
両親は戦前生まれで空襲を経験していますし
大叔父は広島で被爆しているし
祖父はシベリア抑留者なので
そのような体験を身内からもメディアからも
散々聞かされて育っていますので
先の戦争に対する思いはそれなりにあります

「戦争はよくない」
「日本は無謀なことをした」

戦後のアメリカ先導による
自虐的な刷り込み教育も受けました

でもね
「戦争」はよくないものともちろん思ってはいるし
平和が尊いものであると
戦争はどんな理由であってもよくないものとも
そのようにも実感してはいますが

先の大東亜戦争で日本が100%悪かったとは
思っていない一人でもあったりします

先のこの戦争では戦争という場において
たくさんの蛮行や悪行三昧をした人も多いし
私利私欲から自らの立場を利用した人もいるのは事実

ですが
日本がもともと軍備強化して
アジアの各所に進攻と言う名の派兵をしたのは
西洋諸国の植民地になることを懸念してのことで
そうした魔の手からアジア諸国を解放して
自分たちのアイデンティティを守り
統治権を取り戻そうとした五族共存の精神が
背景にありましたし
日本国の自国と自国民を守ろうという
そうした懸念や考えは戦国時代から
安土桃山と江戸時代にまで遡ることができるんです

キリスト教の迫害とイエスズ会の宣教師追放
その流れでの鎖国
これはみんな深い意味がありました
この時も西洋諸国は
キリスト教の布教とともに(体裁ですね)
アフリカやアジアの植民地化を図っていましたし
(公平な外交でも貿易でもなく)
さらにはたくさんの奴隷貿易も行われていたのです
日本の女性たちも鉄砲を使用するにおいて
欠かせない火薬を手に入れるために
奴隷として火薬1樽に対し何千人単位で
国外に売られていたのですから
(鉄砲本体は日本の技術力でコピー成功となりましたが
火薬だけは輸入するしかなかったので)

こうしたキリスト教国
(カソリックたるイエスズ会)の蛮行から
自国と国民を守ろうとしてのバテレン追放令です
このような事実の前では鎖国もやむなし
(とはいうものの沖縄に対しては
ポルトガルやスペイン、イギリスと
同じような酷いことしたわけですけど)

でも鎖国は黒船来航によって終わった

しかし気がつけばアヘン戦争とかあれやこれや
中国という大国もアジア周辺諸国も
西洋諸国の統治下に入ってしまったわけです

次は日本だ 我々だ
これはヤバイ

と多くの人が思ったわけです

そしてアジア全体で協力して
西洋諸国を追い出そう!
自分たちの国と統治権を取り戻そう!
五族共存だ共闘して立ち上がろう
みたいな・・・

そんな考え、大義名分を振りかざして
大東亜戦争が始まってしまったわけです

歴史というのは勝者の記録なので
日本が負けてしまった以上
敗戦国の日本は「悪」になります

日本はドイツやイタリアと三国同盟を結んでいたので
同じ敗戦国のドイツとよく比較されますけれど

確かに同盟は結んで友好国ではあったけれど
(利用しあっていたというか利害に一致があったので)
そもそも戦争をしかけた理由がまったく違います

日本はアジア全体を侵略して
統一支配しようとしていたわけではなく
それぞれのアジアの国々の人たちに
蜂起して自国の権利を取り戻してもらおうとしていました

そのような大義名分や理念があったからこそ
日本軍人には規律があり他国への尊重がありました
その結果としてお隣の国以外の他のアジアの人々は
(台湾とかインドネシアとかとか)
そのことを深く理解してくれて親日の人々が多いです
(韓国でも戦争体験者の人たちは
そのことを自らの経験から理解してくれていますが
それを口にすると反日の人から叩かれてしまうという悲劇)

もちろんそうではない
爛れて腐敗した考えの軍人も多かったし
勘違いして傍若無人な恥ずかしい行為をした人々もいます
いつのまにか戦争をすることになったきっかけ
最初のポリシーたる大義名分
「アジアの国々で手を取り合って
 西洋諸国の魔の手から自国を解放しよう」
という大望から遠く離れて
他国を支配して自国の優越を誇るべく君臨しようと
侵略としての戦争として殺戮を楽しんでいた人も
軍部の中にはいたようですし


あの戦争は正しかったのか・・・

と言われると
正しかったとは言えないと思うし
けれども間違っていたとも言えないと思ったりします

あの戦争がなければ日本という国は
イギリスやオランダやスペインなど
どこか西洋諸国の植民地になっていたかもしれない

アジアという地域は他国の畑になり下がって
国という形を持つ場所はなくなっていたかもしれない


ではどうすればよかったのか・・・
あの時、日本はどのような道を選ぶべきだったのか

この答えはたぶん一生わからないと思います


でも
21世紀の今の時点で
全世界のすべての国において
他国の植民地になったことのない国が
わずか日本一国だけ
というのは紛れもない事実なのです
(戦後アメリカに統治はされましたし
分割して植民地化される話も出ていたようですが)






それでも戦争は正当化されていいものではなく
大義名分があり正義のための戦争であったとしても
その中で破壊があり非道も生まれ
生命に対する罪が行われるのは事実で

崇高な目的を持って気高い行為をする人ばかりではなく
これ幸いとばかりに己が本能を剥き出しにして
人が人に対して行うもっとも最低なことを好む輩に
格好のステージを与えてしまうことにもなる

自分のために一人殺せば殺人だが
国家のために何千人と殺めれば英雄となるのが戦争

あってはならない悲劇だが
戦争によってしか守れないものもある矛盾
戦争によって行われ、守られる正義など
もはや正義ではないとも言えるのだが


話し合いによって国同士の問題が
解決される見込みのない現代では
戦争のない未来、永続的な和平など
まだまだ楽観的な夢であると言えるので

それほどまでに私たちはまだまだ成長せず
霊的進化のレベルで言えば
動物並みの本能で生きるレベルか
無意識に操られるレベルで止まっている
発展途上の未開人なのだ


本当に人類は何億年何千年と生き
その間にたくさんの文明を誕生させ
歴史を繰り返しながらも
争いを愚かな過ちと学習せず
いつまでも何度でも繰り返す

生まれては死に、死んでは生まれて
たくさんの人生を後悔しながら
怒りや悲しみ、別れの苦しみ
愛する人を失うことの痛みを経験しながら

争うこと殺しあう歴史をやめようとはしない

戦争と人殺しが長く行われなかった文明は
縄文時代(縄文文明)くらいで

早くこの負の歴史が終わることをただただ望むのみ



(ここまで書いてわかった人もいるかと思いますけど
日本が大東亜戦争に至った国のカルマは
鎖国政策に至った経緯の中にあります
このこと、時代の波に合わせて
自らのカルマのレッスンに取り組もうと
転生して取り組んだ人たちもいるわけです

ドイツが戦争に至った国や地域のカルマと
日本という国のカルマとはまた別なんですね
ここではいちいち説明しませんが)





関係ないですが
私は「サイボーグ009」という作品がすごく好きです
最初は白黒のアニメからファンになり原作漫画へと
実はファンクラブに入っていた時期もありましたっっ
なので石森プロに行ったこともあります

石森先生の特撮ものは
仮面ライダー(但しV3まで)やキカイダーや
ゴレンジャーとかの戦隊モノとか好きですし
手塚先生をはじめとして
トキワ荘出身の漫画家さんの
アニメを見て育った世代であります

多国籍なキャラが出てくる作品であるのにも関わらず
世界に誇るジャパニメーションの中で
いまいち人気が出ないのは
キャラクターのステレオタイプ的に描かれた
デフォルメが極端すぎて受け入れられないのかも

でも最近 
こんな感じにキャラが現代風になったものもあるようでして
(見てないけど)
原作ファンからすると違和感ありありですが
世界中の人にこの作品の主題テーマとか良さを
知ってもらうにはいいのかなーとも思ったり





手塚先生の作品は反戦的なテーマのはなくて
人類みな兄弟的なものとか「いのち」の大切さとか
人間そのものの葛藤とか欲望とか村社会の閉鎖性とか
「ひと」に焦点が当てられているものが多かったのですが

石森先生のはたぶん当人の過去生での
恐怖や戦慄体験が影響していたのだろうと思うけど
「戦争」「改造人間(人体実験)」「悪の組織」
「人種問題」「家族を殺される」
なんかが色濃くテーマに出ていましたかね

私が「サイボーグ009」を好きだったのは
戦争と平和そして人種差別というテーマを
扱っていたからだと思います


キャラクターたちの中には
人種差別や偏見など戦争の被害者がいて

主人公のジョーはGHQの兵隊と日本人の混血児で
人種差別に悩む戦争の落とし子でしたし
(戦後の混血児の置かれた立場や問題に関しては
エリザベスサンダースホームの問題などを
ぜひ検索して調べてみて欲しいです)

髪型はモヒカン族なのにアパッチ族の名前なジェロニモは
アメリカの先住民であるのに
侵略者たる子孫の白人たちに差別される立場

ケニア出身のピュンマは奴隷商人に売られ
アルベルトは冷戦下で東西ドイツの壁を越えようとして
恋人を無くした過去を持っていたり

チームの頭脳たるイワンは
マッドサイエンティストで毒親な父親に
虐待とも言える人体実験をされ
母を殺された孤児になるのかな

ベトナム戦争や麻薬カルテルのこと
戦争の仕掛け人たる武器商人とか
当時の世相的テーマがてんこもりです

ただ昔の漫画だし読みにくいかもですね
途中から古代文明とか宇宙人とか出てくるし
少し路線が変わったりして

でも
この作品からはたくさんのことを教えてもらいました
いろんなことを考える機会を与えてもらいましたし
良い意味で影響を与えてくれた作品のひとつです


原作にはない話だけど
一番最初の白黒アニメの「太平洋の亡霊」って話は
ものすごく考えさせられたなあ
もろ昭和っていう作品ですけど
あの時代の作品はドラマなんかでもみんな
あんな感じでした

良い意味でも悪い意味でも
反戦に偏っていたというか
戦争はよくない
日本は悪いことをした国だ
・・・みたいな


戦争はよくない
戦争は正義ではない

けれども

当時、日本という国がした選択は
本当に悪いことだったのか?
日本は本当に悪い国であるのか?

終戦記念日に
一人でも多くの人に考えてもらいたいことでもあります

2019/08/12

動物は子別れ人間は物別れ

子供たちに惜しみない愛情を注いでいた親狐が
まるで縄張りを荒らす敵に攻撃するかのように
手塩にかけた子供たちを巣から
容赦なく追い出すのを見たのは
確か「キタキツネ物語」だったように思う
(映画館で見た。サントラも買った)

ノンフィクションということで
その物語は野生の動物たちのおかれた現実
自然の厳しさと無情さというものを
強烈なインパクトとともに教えてくれた






その道の先輩で
著名な占星術師でオカルティストの某氏は
研究会のようなものを立ち上げては突然に終了させ
また別の場所で似たようなことを始めてはまた壊し
その都度メンバーは入れ代わり立ち代わりというか
残る人もいるし卒業していく人もいる

私自身はご当人とお会いしたことはないのだけれど
友人知人が関わっていたり参加者の中にいたので
聞いたことがあるという程度

そんなんでご当人の考えや詳細は知らないのだけど
なんか分かるような気がする…という話

理想としては
師匠と弟子 先生と生徒みたいな
教える立場と教えを乞う立場であるときに
一生そのよき関係が持続できればよいのだけど
それぞれが対等な立場での集まりとは異なり
カリスマ的な存在に対して
憧憬や崇拝的な気持を抱いているファン心理の人や
依存傾向の強い人が一定数混じっての集まりだと
なんていうか妙な雰囲気が生まれてしまったり
変な方向に流れてしまうことがあるから

なんていうのかしら 
時間が経てば経つほど水は淀んでしまうというか
腐敗したものが涌きやすいというところかも
(マンネリ化とは違うもののよう)

なので
どこかで時期を見てリセットせざるを得ないというか
「はい、ここで終わり!」
としたほうがいい場合もあったりする

そりゃ お商売として考えたとき
長く通い続けて頂いたほうがいいわけですが
生徒(教え子)を一人前にするという観点からは
ある程度の知識を習得してもらったならば
独り立ちして巣立っていって頂く…
というのが望ましいことなんですよね

「いつまでも頼っていないで、
 あとは自分で頑張んなさい
 それだけのことは教えました」

と自立を促すのも師たる先生の仕事

まるで子供を群れや巣から追い出す
野生の動物たちのように




切りたい縁などそうそうないけど
切らなくてはならない縁はそれなりにあります

とかくこのような仕事においては

いつまでもこちらに
寄りかからせておくわけにはいかないし
返る場所 頼る人がいる環境が
本人にとって毒になる場合もある

一定の時期が来て 
学ぶ姿勢に難ありだったり
依存的な関係になりそうだと感じたり
信頼関係が築けていなかったり
あらゆる面で望ましくない影響下にあると判断したなら

手を放して 突き放すべき時もある


まあそれ以前に
「期待外れだった」
「ちょっと違う」
「こんな人から教えを乞うのはゴメンた!
 (教わりたい人間じゃない)」
と学ぶ側がそうした判断で立ち去ることもあるでしょう

でもそれはそれで必然なんです

そういう人は
「教わりたい誰か」
のところに辿り着く旅が必要なんですから
色々と巡り巡る必要があるわけです

反発も反抗も結構
子供にも反抗期があります

そして疑問を持たなければ人は成長しません

与えられた情報を鵜呑みにする人は
それ以上は伸びないんです
自分で考えて感じて行動して
始めて知識というのは身に付くし
智慧になっていきます
人生の糧になってその人の実になるんです

何事も経験しないといけません

そして自分で経験するまでは
どんなことも信じてはいけません

誰々がそういっていたから
先生にそう教えられたから

人の言葉を借りて自分のものとしているうちは
そんな知識は何の役にも立ちません
学んだことにもなりません
それでは言葉を繰り返すオウムと一緒です

疑うことは大事です
猜疑心は捨ててはいけません

「私を信じるな
 私の言うことを信じるな
 私が教える知識は信じても
 私という人間をその知識とイコールと思うな
 私の人間性と教えている内容は別物で
 絶対に一緒のものと考えてはいけない
 だが
 私の事を信頼することができないのであれば
 あなたは何も学ぶことができないだろう」

教えの始めにお伝えしていることです

この矛盾の気付くことが出来る人でないと
知識を本当に理解したことにはならないのです


グループレッスンは集団での学びで
エソテリックな知識や
サイキカルなテクニックを学ぶところではありましたが
人との関わり合いを通じて協調性や社会性
人間関係を一番に学ぶところ
慈悲と慈愛の精神 助け合いと奉仕の精神
仲間意識を超えた共同体意識を育む場所

なぜならスピリチュアリティの基本は人間力で
スピリチュアルな能力を伸ばしたいなら
そしてそのような本当の叡智を身に着けたいなら
人としてのエゴイズムを捨てるための「お試し」
洗礼のような最初の振り分けを
通過儀礼として通り抜けないといけないから

それが白いロープを身にまとう資格


そこに至るまでに
自らのエゴイズムと直面させられて
自滅していく人は数あれど
謙虚に向き合える人は極僅か


その過程で起こってしまう決別は
「巣立ち」という自立であるのか
「絶縁」という物別れであるのか

さてどちらなんでしょう





そうですね
生徒さんにしてもクライアントさんにしても
精神的にも人間的にも健康になって
通院やケアサポートが
不必要な状態になるのか望ましいわけですから
いつまでも通っている状況は望ましくありません

問題が解決したり状況が改善されて
自分で自分のことを解決できるところまで
自分の力を取り戻したならば
あとは何かあったときにという程度で
「便りがないのは元気な証拠」という距離か
ベストだったりします

健康的な利用の仕方ができる人や
依存ではない学び方やメンテナンスであれば
ビジネスとしては拒む理由なく大歓迎ですけど
そうではなく不健康な距離を維持しようとする人には
自立を促すためにも
突き放すことはよくあります(私の場合は)

2019/08/06

神様のマーキングとその土地独特のエレメンタル


昨日は月に一度の女子会でして
(女子といっても40代と50代の集まり)

その時に出た話題をば

まあ、都内でダメな土地とかの話から
海外の恐怖体験とかな話になりまして
(夏らしく納涼話?)

「土地のモノ」の話になりましたので
ついでにこちらでネタにしよう

幽霊の話ではなく…


例えば、沖縄出身者の霊的なトラブルって
本土の人間(霊能者とか呪術者)は
基本として手を出せないんですよ

一言でいうと系統が違うのね

その逆で
ユタさんとかノロさんとかが
本土の人の霊的な問題を解決できないかというと
まったくできないというわけではなく
見極めるのが困難でわからないことの方が多いらしい
(あくまでらしいという話)

たぶん霊的ルーツが異なるといいますか
神様や自然に対する考えとか
死後の世界についての認識の違いなんだと思います
一口に言うと信念体系の相違
知識のバックボーンの違いですかね
死んだあとに形成されている霊的世界が違うので
このあたり言葉で説明するのがとても難しいです

沖縄とか島の人たちって
本土の人間たちが古くから信仰してきた
八百万の神々への信仰とは違うものを持っていますので
つまり神道の信念体系に属していないってこと

八百万の神々たちへの信仰が定着する前は
本土には山岳信仰やまつわろぬ神への
信仰なんかもあったわけですが
あまりにも古いし
そのあとの神道や仏教の歴史が長くなったので
今はもうまぼろしで上書きされてしまったのか
その形跡はたまに見つけられる程度です
(影響はもちろん生きていますけれど)

私は沖縄には行ったことないので
それがどんなものか実際に肌で触れて
体験して感じていないわけですけども

「沖縄出身です」
「沖縄に行ってきました」

みたいな人を深く見ていくとき
明らかに違う"何か"をそこに見ることがあります


それは海外に行って帰ってきた人もそうですね

いちいちそんなアンテナ立ててはいないけど
トラブル的なものやダメージ受けてます等の相談で
チェックしてみると

「なんやこれ?」っていう
独特の形態をした謎なモノを見つけることが時折

日本のモノではないもの

形骸が変わっているというか
見たことのない異形のもの

まあ結局エレメンタルなんですけど

現地のものをお持ち帰りしたって感じですかね

とくにバリっていうのは
他の東南アジアとは系統が違うなーってものが多いです
バリに行ったことのある敏感な人が言うには
(アテクシまだ行ったことありませんっっ)

なんかマーキングみたいなものを
みんなくっつけられるというのかな
とても小さなものでさほど害があるってものではないけど
遠い昔に現地の呪術者たちが
自分たちの祖国を守るために作って(セコム?)
異国からの来訪者に対してソレをした結果かなーと
そういうものがあるのです

日本にまで持ち帰っている人いるのですから
まるでお土産ですよねww

一緒に飛行機乗ってきたんかーいってw


お土産というと
現地のモノの中にはたまーに
危ないものが入っていることがあります
日本で骨とう品とか古道具買うときも同じですけど
ヤバイですってものたまにありますね

とくに人形とか人の形したものは入りやすいですから


そうそう
たまに海外の神様に魅入られてしまう人もいます
宗教や信仰に関する施設や場所って観光地でもあるので
ツアーなんかでも立ち寄ることも多いわけです
好かれる、というのならいいのですが
魅入られるってちょっと怖いことなんです

知らず「契約」成立になってしまうと大変です
こういうのはレアケースなんですが
「お願い」してしまったばかりに
守ってやるよとついてこられたケースもあったりする
神様とは便宜上で呼ぶものの
実際には神様ではなく
そのように作られたものです
(どれもこれも結局エレメンタル)
でも力強いですから 対処は難しい


そうならないためには
必ず日本の神様とのつながりを作っておくことなんですね
普段から氏神様や祖霊神とかご縁のある神様のいる
神社に定期的に詣でている人ならいいんですけど

適当にお正月やイベントや観光
願い事のある時しか行かないような人は弱いかな

出来れば氏神様には定期的に詣でるのがベストなんですけど
せめて海外旅行に行く前にご挨拶に伺って
旅行に行きますのでとこのときばかりは
旅の安全・守護をお頼みして
それで出かけるのがいいかもです

すると
「このものは我が国のもの
 我が氏子で我が守護するもの」
というマーキングがつくので
それが優先順位にもなる
(ちょっと意味不明な説明ですね)

なんていうか
すでに誰かのものですよって話

神様という存在にも縄張りがあるのです

信仰している神様仏様がいる人はそれでいいけど
宗教に入っていない人の場合は
とりあえず自分は
「どこどこの神様の管轄のものだから」
って刻印を押してもらっていると
(いやさ眼には見えませんが<刻印)

その系統以外のものに
魅入られる(目をつけられる)心配が減ります


まあなんていいましょうか
海外には未だ生き残っている邪教的な
古い信仰から作られた「何か」が
たくさんあったりするんで

やたらめったら手を合わせたり
お礼参りもできない場所で願いごとは
するものではないのでした


2019/08/01

学びは一生




長くこの仕事をしていると
マンネリや慣れだけでなく
慢心や驕りといったものも出てくるもので

なので時々
お客さんからの何気ない言葉に
ハッとして反省させられることも多いのです

例えば
レイキのアチューンメントとか
丸一日のレッスンとかの日には
受講生の方とランチをご一緒することになりますが
その時には世間話を多くするもので
あとはお店を決めたりするときに
土日の江戸川橋は
あまりランチをやっているお店がないもので
(神楽坂や早稲田に出ればてんこ盛りですが)
どの店にしようかというときに
眉間に皺が寄ってしまうのです

するとそれを見て恐縮されてしまった
相手方の反応と言葉に
「ああ、私ってそんな顔(表情)をしてしまっているんだ」
と、その方に対してとった態度ではないのに
(心の中で「クソッ!土日は店がないぜっっ!」との呟き有)
その方を恐縮させ不快にさせてしまう態度や表情を
ロコツにしてしまっている自分に気づかされたり

後は
あるお客さん同士知り合いの方に
「〇〇がこの間、真秀さんを
 イライラさせてしまったと言ってました」
と伝えられ
「(え゛え゛え゛)いやいや怒ってなんかなかったし
 イライラしたりもしてなかったですよ?」
なんですけれども

その方にはイライラして眉間ピキッとなり
激おこな私に見えてたってこと??

なので、それはそれで
そういうつもりはないのに
そのような怒りのオーラを感じさせてしまう
自分に対して海より深く反省するのみ


そうですねー
話し方って難しいです
言葉の響き 話し方
伝え方というのですかね
学ばないといけませんね

とはいうのも
先日にコールセンターでの派遣で
一緒だった友人と会ったのですけど
彼女はお客さんを丸め込む?のがうまい人で
ほとんどクレームにならず
お客さんのあしらいがとても上手い人だったんです
私は話が長くなるとお客さんを怒らすことが
けっこー多かったんでっっ
そのあたりの思い出話をしていたなら

「相手に理解してもらおうと一生懸命になると
 自然と早口になって一気にまくしたてちゃうからネ」

と友人が言った言葉にああそうだよなー
それは私の悪い癖だと改めて反省

対面での接客ではありませんが
電話だとそうなってしまうケースがあり

とはいうものの
自宅で1vs1で仕事をしていると
自分のやり方を見直す機会ってそうそうないもの

「私はこのやり方です!」って
開き直っていてはいけないわけです

そして実は先月
新しくオープンする占いのお店に応募して
面談に行ってきたのですね
実際の鑑定のテストを受けたのですが
(道具を使った占いをするのはブランクがあるので
めちゃあがっりまくっていたというのもありますが)
色々と指摘されたことがあったりしました

でもそれはそれで納得もいくところ
まっさらな状態で見て頂けるのはありがたいことです

何しろ過去にお勤めした占いのお店は
スカウトしていただいたり知人の紹介だったりで
面談とかテストとか受けたことなかったので

自分の欠点とか直すべき点とか
色々と知ることができました

そんなわけで
カウンセリングやセラピーの手法にしても
クライアントさんとの接し方も対応も
もちろん施療にしても占いの知識にしても
話し方とか伝え方とかリアクションとかetcetc...
学ばなければいけないことはたくさんあります

今までやれてきたっていう事実に
胡坐をかいてちゃいけないんですよね

自分の何気ない態度や表情
言葉のトーンとか選び方とか
相手にどう伝わるのかどういう印象を与えるのか
「見せ方」とかそういうのも含めて
今一度考えないとなあ…と

ゆっくりと簡潔に丁寧に
気持ちを押し付けることなく
わからせようとするのではなく
きちんと傾聴することから…ですよね

とにかく初心に一度返って
新人になったつもりで頑張ります


追伸
てなわけで来週から週に一回だけ占い師復活します
場所は吉祥寺です
詳細はどこかに書きます(そのうち)

2019/07/31

魂の道しるべ~恐怖という指針



「恐怖体験」というと
トラウマの要因として知られており
重篤になるとPTSDを発症してしまうのですが

時に軽度のトラウマ的出来事が
当人にあることを「知らせて」いたりもします

警告というか「運命の道しるべ」として

もちろんPTSDを発症するほどの体験ではなく
心に強いインパクトを与え
後々まで忘れられないような強い印象と
人生に影響を与える出来事という程度の体験のことです


例えば先日クライアントさんから
子供の頃に芥川龍之介の「六の宮の姫君」を読み
このお話をとても「怖いお話」だと受け取り
この姫のようになってしまったらどうしよう…と
後に尾を引く強い恐れをずっと抱いてしまったと
そう伺ったのです

実はこの恐怖心こそが
この方が今生に生きる上での
「ヒントと警告」だったりするのですね

この「六の宮の姫君」については
過去記事でも引用したことありましたけど

今回のクライアントさんの場合も

「自分からは何もしない
 受け身の人生を送ってはダメだよ

 誰かや何かに依存して生きるのではなく
 そして誰かや周囲や運命のせいにすることもなく

 自分で考えて感じて 
 自分から進んでリアクションを起こして
 その行動に自らが責任を取って

 生きることを積極的にしないとダメだよ」

ということを
過去の人生から得た後悔と反省として 
自らの心に深く刻みこんでいたのです
それはもう戒めのように

なので
「六の宮の姫君」を読んだとき
我が事として
「姫君」の人生に恐れを抱いたのですね
 
再びの人生としてこのような人生を
生きることになったらどうしよう
また同じことを繰り返してしまったらどうしよう

というように


ある意味でこの物語を読むことになったのは
偶然なのかも知れないけれど
(教科書に掲載されていてたまたまかも知れませんが)
必然でもあったのですよね
主旨が同様のお話や類似のテーマを扱ったものも
本以外に映画とか他にあるのかもしれませんが

記憶としては憶えてはいないけれど
自分に必要な「なにか」を思い出させるために
人生の早い段階で選択して「読ませた」
意志の意図がそこには介在しているのです

それは第三者ではなくて
その人自身の本質たる本体
いわゆるホームグラウンド
母体であり故郷として存在する魂のこと

そこにはすべての情報と記録がありますから


そんな風に
人生の早い段階において
心に深く刻まれるようなインパクトある出来事や
強い印象を受けた事象
トラウマになるような恐怖を覚えたこと

それは魂が今生のテーマとかミッションについて
道を示唆するヒントを与えてくれているのです
埋もれている記憶を呼び覚まそうとするかのごとく

「これだよ」
「この中にあなたのとるべき道
 進むべき方向性へのヒントがあるよ」
「このことにあなたの今生のレッスン
 (ノルマやタスク)が隠れているよ」
というような


だから「恐れ」というか恐怖を抱いて
乗り越えられない壁のように感じてしまう
出来事というのは実のところ
それさえ克服して克服してしまえば
これまでの自分の枠を超えて大きく成長できる道で
抵抗するのをやめて降参して
そことさえ向き合うことができれば
生きる上での人としての大きな力も手に入るし
なかなか手に入らない欲しいものも手に入るだろうって
そんなレッスンだったりするのです


だからまあそうですね

人生が思うように上手くいかない人は
子供のころから自分が抱いている「恐怖」
昔から自分が恐れていること…や
これだけはイヤだって思っていることについて
自分が抵抗して目を背けていることが何なのか
一度考えてみるといいと思います

心に強い印象を残した出来事はどんな出来事だったのか
いつまでも忘れられないインパクトのある出来事や
それらについてどんな風に考え感じているのかも併せて
そんなことについて振り返ってみると
見えてくるものが色々とあると思います


極端な話
仏陀(ゴータマ・シッダルダ)が
ヒンズー教の階級制度(カースト)に疑問を持ったり

「私はそれが悩みなんです
 老・病・死、これが解決されなければ
 何のために生まれてきたのかわかりません
 死ぬために生きているようなものです
 これを解決するために、城を出させてください」

と"四門出遊"を悩んだように


「疑問」を抱いたり
心に苦悩をもたらす出来事と事象のすべてに
自分が向き合って追及すべく
その人の課題があるのです

さすれば道は開かれん…と


#魂 #ブループリント #トラウマ体験 #恐怖