2020/02/15

愛の争奪戦~対人関係の問題の根源

前回書いた内容
ちょっとホカホカな内容なので
ムカムカまだあります

てなわけで今
私は怒りを経験しているわけなのですが
問題はこの怒りのエネルギーを
どう処理するか…ですかね

こういう時は瞑想は集中できないし
(こんな日は霊的エクササイズなんて出来ん)
しても逆効果だったりするので
別の方法で感情を処理する必要があります

不快さを抱え
悪くなった自分の機嫌を如何にとって
平常心に戻すか…

①カラオケに行って
ハードロックやヘビメタをデス声で歌いまくり
雄叫びを上げながら絶叫しての発散

②やけ酒とやけ食いに走る

③友人知人に愚痴を言いまくる

④コンフォートでラグジュアリーな空間の中
 肉感的に気持ちイイことを自分に与える
 (あ~ん♪…じゃないほう)

⑤お金を使って欲しいものを買いまくる

⑥くだらなくて面白くてバカバカしくて
 お腹を抱えて笑えるものか
 自分が大好きな作品の世界に浸れる
 映画とか動画を見る

⑦モノを破壊しまくる

⑧家中を掃除しまくる



③は友人知人にネガティブを伝染させる迷惑な行為となり
えんえん不満を言葉にすることになるので
邪気の言霊創って負の連鎖を創ることだからパス
②は身体によくないからパス
⑤は後悔するお金の使い方だからこれもパス

①は今の時間帯はヒトカラ無理だし
夜は金額が高いのでパス
⑦は非生産的というか
壊したほうがいい不用品が今ないのでパス
⑧はこの時間からやるとご近所迷惑なのでまた今度

残るは④か⑥

てなわけでお風呂入ってリラックスして⑥です


怒りを感じること自体は悪いことではないです
大切なのはその感情の処理の仕方
負の感情や怒りの感情との付き合い方でしょうか

怒りは訪れてはやがて去っていくもの

いま私は怒りを経験している
怒るということを経験している

それだけです

でも胸に石炭を抱えている状態は
誰でもない自分にとってよくない状態だから
なるべく早く立ち去ってもらわないといけない

そのために何をして
このエネルギーを解消するか…
このエネルギーをどういった別のエネルギーに
変化させようか…というだけです

自分に生じてしまった
感情的反応という化学的反応を
(自分の内側で起きているエネルギー的化合反応)
どのように解決・処理すべきなのか
このような体内エネルギーを抱えてしまった
自分をどのように扱うべきか

それだけです

問題そのものと
自分自身と切り離して考えるのがベスト

何故なら
前述の企業の対応に関しても
過去のショチョさんに対しても
相手の対応-立ち振る舞いに対して
反応してしまって怒りを感じているのは

私のエゴイズムだからです

起きた出来事に対して反応して
意味づけをしているのは
いつだって私自身のエゴイズムです

私自身の外で起こることはいつだって中立で
そこに善も悪もない

私の感情や思考が何かに反応して
それにより後付けの意味をつけて
どう受け取っているかだけなんですね

今日起きたことと昔起きたこと
その二つに対して私が不快な思いをしているのは
私自身が相手から尊重されず
ないがしろにされたからって思ってるからです
存在を尊重されるべきなのに尊重されなかった
取るに足らない存在としてあしらわれた
赦せないってそういう気持ちがあるから

気持ちありきというか~
エゴイズムがあるからそういう気持ちになる

私の中の成分であるエゴイズムが
外の出来事に対して化学的に反応しているわけですw
キィ~! 許せなぁ~い!って
納得(消化)できず事実を受け入れられず
ショートして火事が発生しちゃったってところ

火災は早めに鎮火しないといけません

火は人類にとっては必要なもの(元素)ですが
燃やすものを間違えるとエライことになります
ボヤのうちに収めましょう

まっ
しょうがないです
自分の中にこういうエゴイズムという生き物
(化け物/モンスター)が存在しているのですから

このエゴイズムは
私の過去の経験から誕生してしまったものです
生まれてしまったものは仕方ないよ
それだけの経験してるんだからと自己弁護

完全に撲滅すること
退治は出来ないのだから
対処法を知って
眠った子をなだめすかし
起こさないようにするだけです

一言で言うなら
エゴイズムとの付き合い方は
サーカスの猛獣の調教です



さて
人間関係にて生じるほとんどの問題は

愛の奪い合いによって生じている

というのが如何せん真実で真理だったりします

別の言い方で言えば
愛の主導権の奪い合いかな
正しさの証明での勝利者争いとも言えるけど



前述した私のことで言えば

私をもっと尊重しなさいよ~!
私の言うことの方がアナタ達より正しいのよ~!

この言葉の裏には

私を大切にしなさい! 愛しなさい! 
私は愛されるべき人間で
大事にされて然るべき存在なのに
なんで私のことを大切にしないのよっっ!
私に愛を与えないのよぉおおおっっ!

っていうのがあるのですね

これを自分イズム 
すなわちエゴイズムという

エゴは自我という意味で
エゴとエゴイズムは別の意味です
エゴ自体は悪いものではない
イズムがつくとよろしくない
エゴイズムいこーるジャイアニズムかなw


人間関係でマウント取ってくる人も
自分の意見押しつけてくる人も
男と女 女同士 親子兄弟姉妹の
主導権争いも力関係の構図も
嫉妬もコンプレックスもイジメも
モラハラもDVもケンカや対立の原因も

あらゆる人間関係は

「私のほうがあなたより
愛されて(許されて)当然の人間なんだから
私のことを優先しなさいよ(愛しなさいよ)
私を愛をくれないあなたが悪いのよ~
私の方があなたより愛されているんだからねー
ふんが~!」

って
愛の欠乏(飢餓状態)による
その愛の取り合いが原因

どうも
より多く愛されている側の方が正しい

っていう観念があって

「だから愛されている私の方が正しい
 正しさは愛されていることの証明
 ふふふン♪(自慢)」

みたいに自分の正当性を主張して
被害者意識が生まれちゃう

じゃあ一体
誰から愛されているっていうのよさ
より多くの愛ってどこから来てるのさ
なんで愛されないといけないのよさ

ってのもあるんだけど

やっぱ根底には

私を愛してくれないアナタが悪いんだもん

というエゴイズムが発端であり
すべての根源はソコだったりして

自分を愛してくれない人は
自分を傷つける人だー
私を傷つけたお前ワルイヤツ
赦すマジ…ってか?

承認欲求と言えばそうで
コントロール欲求でもあるけど
何故承認されたいのか
物事も周囲の人をもすべて
コントロールしたいかっていうと
結局「愛されたい」「もっともっと愛をよこせ」
という世界中人類からの愛をくれという
究極の業突く張りな欲張り欲求があるから


世の中の人すべてが
アナタを愛さないとダメなんですね?って
そうでないとイヤなんですね?
自分に愛をくれない人に対しては
怒りを感じてしまって
そして憎んだり恨んでしまうのですね?


まぁ エゴイズムってそんなもん
複雑に見えて実はケッコー単純です

だが仕方ない

コイツはそんなヤツだ

腸に巣くう悪玉菌と同じように
存在するのは仕方ない
悪玉菌が存在している意義も意味もあるし
存在そのものを撲滅しようとしても
それは自然界と体内のバランスを崩すこと

ようするに主導権を握らさせなければいい
エゴイズムいこーる自分(自我=エゴ)にならず
エゴイズムに支配されて乗っ取られないように
すればよいだけのこと
逆にこのエゴイズムを上手く操って乗りこなして
利用できるようになれば御の字

エゴイズムによって発生してしまった
着火式あるいは湿気たっぷりのエネルギーを
どのように有効活用して再利用すべきか
別のモノに等価交換すべきかーでゴザイマス

ってこれがまた難しいのですけれどもね
(地味なトレーニングが必要なので)

自分の中にどんなエゴイズムがあるのかを
ちゃんと理解していることが大切デス

そのためには自分自身をよく知る必要があります

自分という器 世界でたった一つの乗り物たる
荒馬をどう乗りこなすかですね
自分のトリセツを創っていくことが大事というかー




もし
vs人同士の問題 誰かとの関係でトラブルや
感情的な反応が沸き上がってきたときには

自分の中にある何らかのエゴイズムが反応しているのだ

という風に理解することも肝心ですが

そこに自分もしくは相手の

「私はもっとあなたから愛されたいんだ」
「私の方があなたよりも
 もっと多くの愛を与えられるべき存在なんだ」
「私の方があなたなんかよりも
 色んな人に愛されているンだからねッッ!」

という要求が
そこに隠されているのだということを考えて
その角度からその問題を捉えて分析してみると
相手側のことはおいておいて
少なくとも自分に沸き上がった感情の始末をつけたり
整理することはかなり簡単でラクになるかと思います

そして
「別にこの人に対して
 私は私自身の正しさの証明をしても意味がない」
という何が無意味で価値がある事柄なのか
…ということにも気づけるかと

「別にこの人に愛されてもなー」
「なんでこの人に"愛してLove me"と
 愛をクレクレしないといかんのよ私」

とハッとさせられたりとかね

別にこんなヤツに愛されなくていいじゃん



ていうかー


その人からの愛を欲しがるって段階で
その人よりも自分の方が
持っている愛の量が少ない
だからよこせーって

相手が所持している愛の量より
自分が所持している愛の量のほうが
少ないってことを負けてるってことを認めてて
だから

「お前のぶんをぉぉおぉおおを
 およこしぃぃぃぃいいいィッッ~!」

な妖怪になっちゃってるってことでゲス

つまりは相手に勝ちたいんですよ

でもね

そんなゲーム
無意味なんです

そんなゲームからは降りた方がいい

愛を奪い合っての取り合いゲーム
より多く愛を勝ち取ろうとしなくても
他人から愛を奪おうとしなくても

私たちは存在しているだけでそれだけで
十分この宇宙から愛されているし
姿かたちある人間からわざわざ愛をもらわなくても
あなたがあなた自身のことを愛していれば

他の誰かから愛されなくても

別に…

なんですから

愛は誰かからもらうもんじゃないし
誰かから与えてもらわなくても
自分の中にすでに存在しているんですから
それさえ見つけられれば無敵なんですよ

愛とは他人に愛されることではなく
他人や自分を愛する心の中に存在してますから

ニセモノのマガイモノの愛なんて
間に合わせの愛なんて欲しがる必要は
どこにもないのです

愛は奪い合うものではなく…
与えることの中にこそ存在するのですから

でもあげたくない人にはあげなくてもいいですけどねw

2020/02/14

ユニバーサルデザインと偏った市場



さて私は4年前に網膜剥離を患っていて
さらにドライアイで傷もついていることから
正常な人と同じように視覚的なものを
見ることが出来なくなっているのですが
この問題に関しては
このようなハンデを抱えることになったお陰で

「物質界たる三次元に存在するものであっても
 すべての人が同じように
 視覚的に視えるわけではない」

ということを学べているので
(あと社会的マイノリティや障害者の立場もですね)
これはこれで良い経験をしたと思っているのです
もちろん治療は現在も継続していますけども

網膜剥離は過去の交通事故とか衝突事故が遠因ですけど
ドライアイの方はPCを長時間見続けた結果ですね
仕事でもプライベートでもPCを使い続けましたから
(ブルーライトカットで解決できる問題でもないです)

不自由はものすごくありますよ
視野に死角があるので歩いていても
突然人が現れるからよけられないこともあるし
危ないので自転車ももう乗れないですね
向こうからしたらなんでこの人よけないんだろ
って思ってるでしょうね(ゴメンねん)

いずれにしても年を取ったら白内障とか緑内障とか
何かしら視力の問題は誰でも向き合う問題だし
私の場合ははるかに他人より早いけど
この見え方に慣れるしかないので
不自由さとは折り合いつけて生活してるって感じ

すべての文字が歪んでいて圧縮されていて
さらにアニメーションのように動いて見えるし
(グルグル回ったりジャンピングして見えるww)
真ん中あたりは文字がくっついて見えるし
10文字並んでいても左右の7文字くらいしか見えないし
背景に色がついていたり薄いトーンの文字は見えません

だから瞬時に見て判断することが出来ないんですね
文字を判読して内容を理解するのに時間がかかる
見落としもものすごく多いですよ

紙の文字はもうきついし
単行本とかはまず読めませんね
新書版もキツイ 洋書は字が細かくて無理
フォント12以下はキツイw
行政関係のものとか色んな郵便物届いても
色が薄い文字で書かれてるし文字も小さいから
まったく読めない
それを訴えても対処してはくれないですしね

カード会社さん(オリコ)だけは理解して
拡大してくれたもので対処してくれたけど
どこもかしこも
説明してもほとんど対応してくれませんね

文字を黒(できれば太字)と白とだけのものにして
フォントの大きいもので欲しいって
それだけなんですけど

まぁあくまでこちらの事情で要望でしかなく
一個人のワガママといえばそうです
こっちで何とかしろって話でもありますから
(拡大鏡使うとか他の人に読んでもらうとか)
こちらとしてはこうして欲しいなーって
希望を伝えるまでです 
期待するのはお門違いで間違いだよって話

メガネも使い分けしていますけど
メガネで解決できるものではないのです
あくまで補助的なものですよね
ないともうどうにもならないのですけども
そして老眼ももちろんありますが
老眼が原因での現象ではないので
なかなか理解してもらえないですね
友人知人でさえも話してもみんなわからないですよ
でもこれは仕方ないこととあきらめています
それを求めたり期待してはいけない

いっそ失明していたら
他人からしてもっとわかりやすいのでしょうけど

こんな風に弱視の人とか色覚以上の人とか
皆さん苦労されているのだなって思います
自分がこのような問題を抱えるに至って
そのような立場の方たちのことを
ようやく理解できたっていうのは
人として恥ずかしいことですが

いやでも知らないより
知ることが出来てよかったですよ



こういう理由から私はスマホを使えないのです
画面が小さいし視覚で捉えることが出来ないし
(ipadminiが限界でしたね
でもつい先日とうとう昇天してしまった涙)



いやね 
こういうことをなんでまた改めて言うのか
っていいますとちょっとありまして


視覚の問題のことを説明して
「こういう事情なので
 あなたが薦めてくれたこのやり方は
 私には無理なのですよ」
とお話したんですが

「眼精疲労を防ぐ方法はあるし
 色々工夫をすればクリアできるはず
 あれこれ試してもみないで…」

みたいなことをおっしゃられるんですね
それは一理あるんですが

眼精疲労と視覚問題(異常)は同じじゃないんですよ
ってのがまずあるわけです

こういう無理解とか視野の偏りによる決めつけは
アレルギーは甘えだ!好き嫌いだ!
宣いまくる無知な人と同じだなーと思いました

なんか色々と残念なことだと感じつつ

そういえば以前
滝行をお願いしようと思った宿坊に
アレルギーがありますので
この食材に関しては食べれませんので予めすみません
(食材を無駄にしたくなかったので抜いて下さいと)
と食事に関して事前にお断りを入れたらば
好き嫌い言わずに食べたらいかがですか?と
お叱りを頂いてしまったことがあります
結局そこはお断りして別のところに伺いましたが

まあそのようなことを仰られる方たちからは
学べることはほとんどないのだと知るばかりです

自分の知らないことであろうが
同じ立場を知らない人であろうが
その経験をしていなかったとしても
相手の立場になって考えることが出来ない人からは
何も学べることがありませんのでした





話は代わりますが少し前に
とある仕事(本職でなく)で絡んだ
30代の若い社長サンとのやり取りにて

私がWindowsのPcを使っていることに対して
Pgrしてきたんですね

「今はみんなMac使ってますよ」
「今どきブラウザはGooglechromeでしょう
 explorerなんてありえない
 そんな時代遅れのものを使っている人はいない」

いやそれは違うんですけどね
スマホだとiphoneのuserは多いでしょう
プライベートでもMacやipad使っている人も
確かに多いかも知れません

特にデザイナー系アート系制作系
動画を扱っている人はMacですよね

ですがそれ以外のoffice(一般企業)では
Windowsのほうが主流というかノーマルです
98%くらいWindows(未だXpなんてとこもある)

私は25年間派遣社員として
官公庁や行政や財団 大手から中小に至るまで
内外のあらゆる業種の一般企業で
お仕事させて頂きましたけど(100社くらい?は)
Mac使ってたとこは2社だけだったんですね
1社はDTPの会社 
そこは化石のような古い端末も
オアシスもWindowsもmacも
全部あるとこでしたが(デザインの部署以外はwin)
もう1社は海外留学の斡旋企業で
社長の息子がMac好きだったから

某大手出版社も某大手新聞社もWindowsでした
行政だと未だDos使ってたりします
個人のデスクにはWinもありますがね
Netscapeは消えちゃったけど
IEは未だ健在だしGoogle-chromeと
併用して使い分けているとこも多いんですが
Outlookもなんだかんだ使っているとこ多いし<企業

世界的に見てありえないけれど
日本では未だFax使っているとこも多いし
ファイルのやり取りもメールでの添付ファイルとか
ディスク保存とかもある(フロッピーはさすがに)
社内の共有のネットワークとかも
Googleやネットのサービス使っているところは
ベンチャーとかデザイン系はあるけど
他はセキュリティの問題からそんなの使わないし


何を持って自分が世の中のすべてのことを
知っているのだとそう勘違いできるのか
無知なのか自惚れなのかただの世間知らずなのか
(世間知らず以外のナニモノでもないか)

そのシャチョさんが
お父さんとお母さんに分離していた頃から

タイプライターを使ったり端末と言われていた頃の
Dosの黒い画面でワープロ入力をしていて
Macがまだ日本に五本の指以下しかなかった頃に
そのMacを触ったことがあって
インターネットが普及する前から
ワープロ通信をやっていて
携帯が世に流通する前のポケベルとかPHSとかの
カスタマーサポートをやっていたおばさんに…
インターネットが普及しようとしていたまさに
その時にプロバイダのカスタマーサポートも
やっていたおばさんに…

オアシスの親指シフトも
PC98のキーボードのことも知らないのに
一太郎もlotusも知らないのに

Macが世の中のスタンダードで
これが出来て当たり前って
マウス使っていることすら馬鹿にして

若いときと違って
瞬時に画面を見て判断することがもう出来なくなって
老眼だったりなんだったりで即座に反応出来ない
新しい物事を理解するのに時間がかかる
(逆を言えば昔のやり方や往来のネットワーク構築や
古いスタンダートなシステムに慣れすぎているから
今の新しいやり方が理解しにくく置き換えに時間がかかる)
色んな能力が衰えただけのおばさんのことを
なんでまたそんなにプゲラできるんだろう???

自分の年齢以上の年月を社会で過ごして仕事してきて
PCのない時代の古いやり方も
PCが誕生して使われる過程も
その両方のやり方を経験している
おばさんおじさんの過去の知識を
時代遅れと思うのならいざ知らず

そういう人たちを前にして
自分のほうが何でも知ってるわかってると
自分に絶対的自信を持っていて
勘違いしている姿には

ただただあんぐりとしてしまうしかなかったです

まあその方もいつか
年を取ったら時代の変化についていけなくなり
その時に気付くのでしょう

自分の知っていることだけが
世の中のすべてではないことに

そして自分が常識で当たり前と思っていることは
自分だけの当たり前であり
そのスタンダードは一部の世界だけのスタンダードで
世の中のスタンダードではなく
自分が井の中の蛙であったことにやがて
気付く時も来るのでしょう

自分がどんなにモノを知らない人間なのか
どれほど狭い世界のことしか知らない
限られた情報しか持っていない人間なのか

他人の言葉から(相手の立場を理解しようともせず)
想像できない(しようともしない)以上は
たぶん経験から学んで理解するしかないのでしょう

でもある意味オオモノなのかもしれん<その人




日本は外国人や文化の違う人に対する受け入れ態勢や
バリアフリー化が進んでいっていると言われているけど
一部の購買層をターゲットとした
マーケディング理論で市場もデザインも動いていて
健常者を中心として作られている社会であることに
違いありません

先日のことですが
事実なので企業名だしちゃいますけど

TDポイントカードの特典サービスで
今までハガキなどの郵送で届いていたのが
スマホのアプリに代わってしまったのです

私は前述の理由でスマホを持っていません

スマホを所持していない人向けへの
対応はしていないのかという問い合わせをしました
(例えばPCすなわちWebの会員ページから
 該当サービスのページを印刷できなかものか等)
その問いには壊れたテープコーダーのように
「アプリからお願いします」の
同じセリフの繰り返しだったので

すべての人がスマホを所持しているわけではないし
(私のような事情でスマホを持てない人もいるし
私の周囲にもスマホを所持していない人は結構多い)
スマホ利用者以外の人向けにもこれまで同様
このようなサービスを提供する
機会や方法を検討してほしい
せめてPCの会員ページでの画面印刷など
そのことをクレームまたは要望としては
聞く耳がないのですか?とやり取りしましたら

「個別に対応することは出来ません
 それが会社としての回答です」と
クレーマー扱いされましたww

てかーイマドキの世って
消費者としての要望を伝えるだけで
クレーマー認定されちゃうのね

てか私の伝え方 
説明の仕方が悪すぎるのかもですが
なぜ個別のスペシャルな対応をキボンヌと
誤解され賜ったのでありましょうや

少なくとも東京ドームシティという
会社からしたら
会員が要望を伝えることはクレームとして
判断・処理しますってことなのでせう



なるほど東京ドームシティという会社さんは
すべての人がスマホを所持している使えるという
前提でのサービスしか提供したくない企業さんで
スマホを持っていない人は利用者として不要で
うちを利用してくれるなということなんですね
御社はそうした年配者や視力に問題を抱えている人に
対して差別的な企業なんですね~
というイヤミを言えちゃうかも

まあ私個人の心象の問題で
だったらTDポイントカード使うメリットもないし
要らね! 
こんな企業さんの商業施設で買い物したくねーし
儲けさせたくないし他のポイントカードもあるし
他の優良企業のポイントカードで買い物すんべー
ドームシティなんて二度と利用しないぜ

…なだけですが 

今はどこもそうですね
スマホとかアプリとかそれが使える持ってることが
すべて前提になってきている

それ以外の人はすべて弾かれている

それしか使えないというサービスも増えている

消費者側として
社会全体での選択肢が減っているのです

それが主流になるのは致し方ないけれど
ガラケー命の人がいるのに
ガラケーなんて使うの辞めましょう的に
携帯会社も動いている

そもそも携帯会社が3つ(4つ?)しかないことが
独占禁止法に違反してねくね?ってのもあり

これだけモノもサービスも豊富な世の中でありながら
選択肢が少なくなっているという世の矛盾

右利き社会の中で
左利きが異端であるのと同じがごとく
スマホが使えない人がいるなんてありえないって感じに
スマホありきの世の中になってる

なんかおかしくね?って感じ

少数派の人のための間口も残しておくべきでは?
と思ったりするのです

こっちに合わせろこっち側を基準しろって
決して言っているわけではなく
利用者のすべてが
同じ条件のもとにあるわけではないので
様々な条件のもとに生活をしている人がいて
身体能力もすべての年齢層が同じではないので
標準以外の人にとっても使える間口を
ほんの少しだけ残しておいて欲しいと
そう思ったりするでゲスよ


まあそれを「差別だ!」と騒ぐ気もないですが
実際差別でもありますけどね
何を持って差別とするか否かでもありますが

高齢化社会とはよく言うけれども…
年寄りにとっては
色んな意味で衰えてしまったものにとっては
対応できないことも多い社会になりつつあり
まして家族と同居ではなく
単身世帯が増えている昨今
(それを見越した住居プランのマンション建設ラッシュ)
今までは家族の誰か若い人にお願いできて
難を逃れられたものの
個人情報にあってはどう対処していくかって
問題もたくさん出てくるのでしょうね
これからの世の中は


そして同時に
「そのようなご意見ご要望がありましたこと
 前向きに検討し善処するように努めます
 貴重なご意見ありがとうございました」
的な建前でも言っておけば
企業イメージを下げることもないのに

昨今の企業はホント対応の質が下がりました
人間なのに対応が機械以下というのかなー
これだからAIの方が仕事できるってマジ
コミュニケーション能力の問題なのだと思うけど
サービスの質の低下って
対人スキルも含めて全体としての
コミュ能力と相手の話の内容を理解する力とか
文章の読解力とか
知能地数の偏差値が下がっているからじゃね?

大丈夫か? 明日の日本っっっ

と思ったりするのでした

てなわけで愚痴みたいな内容でございました

2020/02/12

氣の充実と瞑想とヒーリングの恩恵




私たちの3つの身体が
生命活動をして生命として存続するためには
そのうちの1つの身体たる肉体が
酸素・水分・栄養素としての食物を
必要としているだけでなく
プラーナとかマナとかエーテルバイタリティー
とかフォースとか宇宙エネルギーとか
様々な名称で呼ばれる「氣」というものが
必要不可欠だったりします

「氣」は3つの身体を維持・管理し
修復したり生命活動をするためだけでなく
私たちの記憶の元となるエレメンタルを生成したり
それらをコントロールして使っていくためにも
欠かすことの出来ないものです

私たちは大気中に存在するこの氣を
体外から体内に取り込んでエーテルダブルに
蓄え循環させるとともに分解させては
再構築して必要な部分に充てて
それぞれの身体を維持管理修復しています
そしてその時の身体的反応や感情の動き
思考の状態に合わせた質と量の想念体
すなわちエレメンタルを随時生成したり
既存のデータとしてのそれらを読み込むための
エネルギー源となり原材料としています

困ったことにこの「氣」というのは
ある種の栄養素やビタミンのように
備蓄があまりできません
そして体内に備蓄出来る量というのも
無限ではなく容量が決まっていたりします
(胃袋が包括できる容量や
膀胱が蓄えられる尿量に限界があるのと同じ)

日中に大気中から私たちは氣を取り込み
一日の間で取り込めた量を消費することで
私たちはその日一日の活動をしますが
一日の過ごし方や感情や思考の在り方によっては
その氣が「足りなくなってしまう」
ということも間々あります

当人に蓄えられた氣を消費するのは
困ったことに当人だけではないというのもありますし
その日にいつもとは違うこと
(初めてのこと)を多く活動したり
感情や思考の激変を経験したりすることで
氣はものすごく消費されるからです
とくに悲しんだり怒ったり破壊的で攻撃的といった
ネガティブな感情を持った日には
氣はハンパなく消費されることになります

そして人工的で人口が密集した地域では
氣不足というも問題もあったりします

それは狭い室内に一人の人がいるのと
数十人もの人がいるのとでは
酸素が無くなるのが早いということと
空気が汚れるのがあっという間である
ということを考えれば理解できるかと

そして当人以外に氣を必要とし消費するもの
まず当人の所有物ですね
棲んでいる家と家具や室内にあるもの全部
持ち物から衣類まで さらに電化製品
電気製品は氣を食べてしまいます
というか壊します
とくにスマホやPC 電話や通信機器など
これらは氣をパクパクと食べる
パックマンのようなものです

で極めつけがエレメンタル
毎日創ったり読み込んだりするときに
自分がエレメンタルの電源になるわけです
そればかりでなく
これまでに創ったすべてのエレメンタル
過去生からリアルタイムに生産しているものまで
他人に送ってしまったエレメンタルも
自分が創ったエレメンタルは
電源の入っている電化製品かのように
待機電力としての氣を消耗します
まるでペットと同じでエサが毎日
掛かるわけですね

エレメンタルが潜在意識そのもののことで
それは未開の荒れ果てたジャングルか
一度も手を入れたことのない産業廃棄物置き場
のようなものだとは先日の記事でも書きましたが

その場所代と置かれているゴミにも
あなたのエネルギーは吸い取られているわけです
あなたがそれを知らずとも

エネルギーは消費量であり電気代に例えると
エレメンタルひとつひとつにお金がかかり
顕在意識も倉庫たる潜在意識のスペースにも
その広さ大きさに応じて維持費と管理費がかかり
そしてネガティブなものほど維持費が高額で
(だからこそ潜在意識の掃除と整理整頓は大切)

三次元に存在する物質的な所有物にしても
モノが多ければ多いほど氣の消費量は増しますし
家も広ければ広いほど居住者の氣を必要とします


なので氣が足りなくなると
3つの身体で色々と弊害が出てきてしまうのです
慢性的に氣が欠乏すると3つの身体のうち
いずれかが健康を損ねてしまう
そんなことになってしまいます





そうならないためには

1.氣の無駄遣いをしない
2.感情や思考をニュートラルに保つ
3.氣の不足を招かないように充足を図る
4.自分の氣を無駄遣いしているものを減らす
5.不足を感じたら早めに対処する

を心掛けるといいですかね


呼吸法や瞑想をマスターするというのは
1から5の問題に対処できる方法ですが
それは後述するとして

1に関しては
破壊的で否定的な思考をやめて
建設的な思考を多く持つよう意識をシフトチェンジする
後ろ向きな思い癖を無くすため心の在り方を変える
常にワクワク楽しいことを考えて良い気分で過ごす
自分の機嫌を常に取ってあげる
好きなことや楽しいこと気持ちいいことを
たくさん自分にさせてあげる
好きなことや愛しているもののことを常に考える
人生や生活を楽しむ


2は1もそうなんですけど
自分に起きている物事をニュートラルに見れるよう
心の反応や思考の在り方や視点を変えるための
習慣を持ったりトレーニングをすること

自分一人でそれを行うのが難しい場合は
専門家に思考や感情のコントロールが出来る状態に
なれる状態にまで手伝ってもらうのがいいかと
あと定期的な運動をするのもいいですし
瞑想を毎日行うことはとても役に立ちます


3は定期的に氣の補充を行うことですかね
朝早く日の出と共に起き
太陽光を浴びる生活をすること
夜は早くに寝て睡眠をしっかりととること

地産地消の飲食物を取ること
新鮮な果物や野菜の多い食事をすること
(食べ物にも氣が含まれているが数日で無くなる
電子レンジや電磁調理器を使うと氣は0になる)

氣が天からも大地からも湧いていて
充実している場所に定期的に訪れる
(最低でも2時間はいないと補充出来ませんし
補充しても2、3日しか持ちません)

スマホやPCなどの通信機器を体に密着させず
使用時間を減らすようにする


4は物質的な面でも
心理的かつ精神的な面でも断捨離をすること
持ち物や部屋の中の不要物を減らす
本当に必要なもの大切なもの以外は捨てる
とくに要らないものどうでもいいものは捨てる

潜在意識のお掃除と整理整頓をする
過去や現在の問題と向き合ってそれらを手放し
自分の人生を望まない方向性に貶めている
エゴイズムの支配下から抜け出すことをする

不要な人間関係を整理する
とくにエネルギーバンパイアな人との縁は切る
一緒にいて楽しくない人疲れる人はCOかFO

イヤなことを止める
嫌いな人と付き合わない
好きではないもの嫌いなものや人のことは考えない




5は1から4までの対処でほとんど何とかなります
けれども想定外のことで氣を消耗して
なかなか自力では回復できない難しい
と感じたならば休養を取ることですね
とにかく寝るとか…心に栄養を与える
美味しいものを食べる
好きなもの愛するものに囲まれて過ごす
心身ともに気持ちのよくなることをする
ボディトリートメントを受けたり
スパにいってのんびりしたり
心と体が喜ぶことをとことん追求しまくる
人の少ない大自然に囲まれた癒しや
パワフルなエネルギーに満ち溢れた場所で
長期間滞在して養生的に過ごす

それでも無理ならばプロに頼る
プロの手を借りて氣を補充して
自力で何とか出来るレベルに回復するまで
エネルギーフィールドの問題を修復してもらい
併せてメンテナンスを図ることです

どういう人って言ったら
マグネティックヒーリングの施療者
気功師とかエネルギーヒーラーですね
ちなみに
このマグネティックヒーリングに属するのは
レイキとクォンタムタッチとか
その他だと何があるかなー
まあ氣の施療家は
他人への氣の譲渡が出来る人ってことです

そして氣をいじったり刺激を与えたり
イメージを使ったり氣を取り除くことをする
サイキカルヒーリングに関しては
氣の極端な不足があったりエネルギーフィールドに
問題がある場合はしないほうがいいです
よけい悪化しますから
ある程度改善して落ち着いているときにするべきです

その施療家さんがちゃんと
その人のエネルギーフィールドの問題を
視覚的あるいは感覚的に捉えられる人であれば
話は違ってきますけれども
時にエネルギーフィールドに問題を起こしている
元凶をまっさきに何とかしないと
不足や欠乏を生じさせている原因そのものを
解決することが出来ない場合には
サイキカルヒーリングのテクニックを
併せて使うことは必要不可欠ですが
基本的にはマグネティックヒーリングが
出来る人であることが前提で
トータルに施療できる人であればという話です

それと氣を譲渡する人って
その人自身の氣ではなく
宇宙の氣を流すとよくいいますけど
(レイキもそうですね)
ふだん私たちの身体が取り込んでいる氣より
波動/振動数が高い氣を取り込んで
流せている人も方法もあるけど
その宇宙エネルギーが100だとして
人間という物質的媒体を介した時には
40%は確実に削減されるから
マックスで60%しか流せないわけです
それは量だけのことではなくて質もそうです
確実に下がります
その下がったものを譲渡することしか
人間である以上は出来ないのです
まんま100%そのままで流すことは出来ません

下手したら60%のうち1%しか
他人に譲渡できない元のエネルギーより
低くなってしまったものしか渡せない
そういう人もいるのです

そして純度100%だったとして
無色透明なそのままで一切のケガレのない状態で
この氣を譲渡出来る人というのも
ほとんどいないのです
まず皆無といっていい

必ずその施療者の霊性というか波動の状態
影響を受けちゃうんです
その人の色が着いちゃうっていうのかな
中にはその人が創ったエレメンタルも
おまけで着いてくるってこともあります

なので
これまでレイキにせよ単なる気功にせよ
これまで氣の譲渡的ヒーリングを
受けたことのある人ならわかると思うのですけど
同じ「レイキ」のヒーラーさんでも
人によって流れてくるものの
体感的な印象や感覚が違うってのはそういう理由です

あと前回のにも書いたけど
自分より振動数/波動が高い人か低い人か
同等の人なのかってのでも差というか違いが出てくる

パワーが強い 体感できるものがあるってのとは
ここちがいます 
その人の手や身体から出てくる圧力が強いってのは
その人の氣の強さ/パワーの証拠にはなっても
エネルギーの質や量や波動の高さの証明にはなりません

何故かというと粗いエネルギーほど
人は肉感的に体感することができて
繊細で微細なものほど感じにくいから

いずれにしても
その人と一緒にいて気分がよくなる
その手に触れられて気持ちいいか否かが
その人にとっての自分が必要な
氣を持っている人の目安になります

あと言葉も波動ですから






さて
私は職業柄において瞑想の指導者でもありますが
瞑想は一部の氣の問題や消耗に対処することの出来る
誰でも簡単に出来て習慣化できる最適な方法だと思います

呼吸法と瞑想は切っても切れない関係にありますけど
それぞれ別々にマスターするトレーニング法もありますし
両方を同時にマスターしていくやり方もあります

呼吸をコントロールすることは
感情のコントロールをすることに通じます
なので呼吸法をマスターすると
感情のマスターになることが出来ます
自分の感情をなだめることが上手になるんですよ

呼吸法は仙道とかヨガとか西洋のやり方とか
色々ありますけれども
日本人は西洋のやり方より日本古来の
呼吸法から入るのが一番弊害がないというか安全です

瞑想も禅とかヨガとか神道のやり方とかTM瞑想とか
武術や合気道とかこれもまた色々ありますけど
自分に合ったやり方とっつきやすいものからがいいかと

瞑想は心を鎮めて落ち着かせるのによいんです
座禅の空を追及する本格的なのは戒律が厳しいし
人間修行がベースになってるし難しいから
初心者には勧めませんけど(私は)

外の情報やノイズをシャットアウトして
自分自身と向き合って自分の心と対話して
心を感じて心が今どこにあるのか
あるがままの「いま」を体感する
あっちこっちいつも飛び跳ねて
過去に行ったりまだ来ぬ未来を心配して
上がったり下がったりしている心を
とにかく今自分のいる「ここ」に引き戻し
身体の感覚を感じたり体の声を聴いて内観する

そういう意味でも瞑想は
自分の本当の気持ちに気付いたり
自分を取り戻すのに最適です


なので瞑想はオススメ
一回の瞑想は15分がベストで
一日に30分以上はするものではないですが
毎日継続すると色んな意味で
感情のふり幅が減って心身が安定していきますよ
(波動が安定していくんです)
ずっと続けてないと効果に気付けませんが

瞑想中寝ちゃう人も多いですけどねw

瞑想中は氣の充足も図れます
その瞑想のやり方にもよりますけれど



そして私のところでは
ショートセッションというメニュー名で
ボディヒーリングを提供していたりします

基本的には氣の譲渡たるレイキヒーリングだけですね
場合によってはエネルギーフィールドの問題を
整えることもするけど(オーラの修復とかゴミ捨て)

こうした人の手を介した氣の譲渡による氣の充足は
その人の状態にもよるけど
最短で3日 最長でも一週間くらいしか
持たないですれど

慢性的な不足が続いている人にとっては
立て直すよいきっかけになるかと思います
メンテナンスという意味では
一か月に一回受けるといいのかなって思いますけど

お近くにレイキやクォンタムタッチの施療者や
良い気功師の人などがいましたならば
(見つかるのであれば)
こうしたサービスを利用することも
ぜひお薦めしますですよー

お金かけたくないなら
自分であれこれ上記で紹介したことを試してみてね



あ…肝心なこと書くの忘れていました

氣を充足させることの恩恵ですけれども

3つの身体の健康を図れるってことですかね

自己治癒力の向上と免疫力強化です
回復力を高めて病気に負けない
良い状態を心身にもたらすってこと
心身の調和-バランスが図れるということは
そういうことですので

あとは霊的な防御ですね
波動が安定していて氣が充実していると
そうした外的な攻撃的な存在からの
(目には見えない敵)
ダメージを受けにくい状態になるってことがあります
万能ではないですけど

憑依体質や不幸体質の改善とか
前回の浄化とヒーリングクライシスでの症状とは別で
ヒーリングを受けてエネルギーフィールドの問題を
解決したことで人生に変化が起きたり
悪習が改善したり考え方が前向きになったり
過食拒食の問題が解決したり
タバコやお酒 中毒になっていることを止められたり
風邪を引きにくくなったり便秘が治ったりとか
そういうこともあったりするんですよ

波動が切り替わっていくからその結果でしょうね




2020/02/11

浄化とヒーリングクライシス

浄 化(じょうか)
浄めること。浄くすること。奇麗にすること。
不正や悪弊を取り除き、正しい状態にすること。
カタルシス。

Healing crisis
直訳すると「癒しの危機」



ボディヒーリングを受けられた方から
その後に質問を頂きました

頭痛(頭の芯の部分が痛い)が出てきて
一週間くらい顔がむくんでしまったとかで
「これって施療と関係あるんですか?」とのこと

はい あります
こういうことは結構ふつーにあるのです

エネルギーヒーリングとは氣の施療になります
中でも氣の譲渡マグネティックヒーリング
氣をいじったり練ったものを入れたり取ったり
イメージを用いての施療はサイキカルヒーリング

注意)スピリチュアルヒーリングは
人間が行うヒーリングのことではありません
文字通り霊が行うヒーリングのことなので
そしてサイキカルヒーリングは
基礎としてのマグネティックヒーリングありきの
テクニックであり施療になります

他人という媒体を介しての氣の流入にしても
パワースポットなどでの森林浴のような
氣のシャワーを浴びることの氣の流入にしても

今の自分の波動(3つの身体内に蓄えられた氣の波動)
とはまったく異なる周波数/振動数の氣が入ると

とくに今の自分の周波数よりも高くて細かい氣
それが入ってくると3つの身体に蓄えられている
もっとも周波数の低い氣(それに属するもの)が
反応するんです

とある周波数の中に
それよりも高い周波数の氣が混入すると
全体としての周波数が少し高くなります
(平均値が上がる)
するとそれまで平均値を下げていた
一番低いものが弾かれていくというか
その環境に耐えられなくなるのですね
低いものにとっては居心地が悪くなるわけです

このことを水温と水棲生物に例えて話してみましょう

平均0度の水温のところに5度の温度の水が入り
全体としての水温が2度くらいになったとします
すると水温0度までは耐えられるというか
その0度という水温が生息限界の生物
(魚とか貝とか海藻とか)にとっては
とっても住みづらい居心地の悪い環境になります
すると水温のより低いところを探して移動したり
適応しようとするものも現れるかも知れませんが
下手をすれば死滅するものも出てくるでしょう

とにもかくにも
環境としての水温が上昇したことで
全体あるいは一部で変化が起こるわけです

ちなみにそれが短期間なら
一時的に彼らが苦しむ時期があり
数が減ったりするだけで適応するものもいたり
再び水温が下がったりしたときには
元の数まで戻るかもしれません

別の言い方で言うならば
淀み停滞していた水の中に
綺麗な水を流入させることで
滞っていた水に流れが出来て動きが出ます
それによって攪拌が起こり
底に沈んでいた汚泥やゴミなどが浮上します
それまで分離して動かなかったものが混じり合い
一気に水の汚れや淀みが増します
こんな感じで
氣の流入があると氣も攪拌されるのです
攪拌によって色々なものが動き
底に沈んで停滞していたものが動くんです
そしていったん全部に汚れが回る

こういった現象です

とはいうもののこれは例え話ですので
理解するための話として流してください

そんな風に周波数/振動数が変わるということは
それまで違和感なく受け入れていたもの
環境の一部として溶け込んでいたとあるものが
体内の中で異物として弾かれていく
そういう現象が起こるということです

そして肉体には自然治癒力があります
自然治癒力こそヒーリングそのものです

元の形へと
本来あるべき状態に戻ろうとする力
異物を排除して健康的で
恒常的な状態になろうとする免疫力

人間にはその力があり
氣を活性化するとその力も賦活します

好転反応と言われる症状がその良い例です


ちなみに今回の方は
今はかなり緩解していますが
過去に双極性の鬱病を患っており
長期間かなり強い薬を服用していました

その時にかなりネガティブな考えに取りつかれて
頭痛も酷かったらしいので
その後遺症というのかな(たぶん憑依されてた)
脳とか頭の部分に溜ってた良くない氣が
色々と反応したのでは…と思ったりします

幸いなことに気持ちはすこぶる上向きで良好で
頭痛も耐えられないほどではないとのこと
少し様子を見る…といいつつ
一週間で頭痛もむくみも治まったようです


この方のように身体的な異変
具体的な症状として出ることもありますし
抑圧していた感情の爆発といったことで
出る場合もあります

やたらめったらイライラしてしまい
ヒステリーを起こして
モノや人に当たりちらして暴言吐きまくり
貯めこんでいた感情をぶちまけてしまう人とか
(その後スッキリするそうです)

身体的な症状が出る他のケースとしては
一番多いのが
やたらと眠くなって一日中眠い…とか
身体がだるくてお風呂や
温泉から出た後のようなけだるい疲れを感じる

熱っぽく風邪かインフルみたいな症状が出た
という人もいますし
昔傷めた部位(手術したことがある箇所)が
痛くなってその時の疼痛が出るとか

後はトイレが近くなる人も多いですね
翌日お腹を壊して便秘スッキリな人も

やたらとお腹が空いて食べまくる人もいれば
お腹がまったく空かないで小食になったとか
お酒とかタバコとかの嗜好品に手が伸びないとか

施療後、急に具合が悪くなって(痛みや強い症状)
病院に行ったら初期の病巣が見つかった人もいたり

メンタル的なものにしても肉体的なものにしても
だいたい1日2日とか
長くても1週間くらいで収まるようです
場合によっては一か月くらいある人もいますが
そのような人は稀です

酔っぱらったようになる人もいます
二日酔いのような状態になったという人もいます
精神的にハイになって舞い上がる人もいるし
もちろん何も起きない人もいます

とくにこれといった変化もなく…
という人の方が多いかな




…というわけで
これらがいわゆる
エネルギーヒーリングを受けた後に
デメリットとして起こるかも知れない反応
ヒーリングクライシスとか浄化とか
よく言われる民間療法における好転反応の1例です

デトックスともいいますね

一箇所に滞っていた悪いものがほぐれて
体外に排出される一連の循環
(老廃物の除去という浄化作業)の過程において
全身に毒素が巡って全体としての健康状態が停滞する

それが目には見えない
エネルギー(氣)の体という領域でもおこるわけです

いずれにしても
改善される前には
症状がひどく悪化するようなことがあったり
一見それを受けたことで悪い結果に導かれたかのような
最悪とも思える状況/状態が訪れることもある

ということです

肉体的な問題ではなく
人生の現象でいうなれば
光明の前の無明とでもいうのかな



そしててなわけで
氣による施療を受けるときは
良い変化を期待するなれば…

自分よりも高い周波数の氣を持つ人から
それらは受けるべきなのです
自分よりも低い周波数の人から
氣の譲渡を受けたとしても
状態が「良く」なっていくことや
状況の「改善」は期待できません

自分を上に引き上げてくれる人
氣の周波数の平均値を上げてくれる人から
施療は受けるべきであり
そのような場所を自分のパワースポットとすべきです
(他人にとって良い人や一般的に良いと言われる場所が
必ずしも自分にとって高い氣の人や場所とは限らない)

そして身体の自己治癒力はその恒常性を持って
健康な状態に戻ろうともするけど
同時に怠惰な存在でもあって
長く慣れ親しんだ状態にも同時に戻ろうとするから
周波数/振動数が少し上がったからといって
その高い状態を
ずっと維持できるというわけではないのです

もとの低い状態に戻ろうとする反作用も大きくて
戻るときはあっという間です
一気に上げると一気に下がってもしまう
だから少しずつちょっとずつ
毎日の積み重ねてあげていくのが良いのです

氣の施療を受けて
自らの氣の波動の平均値が上がったと思ったら
そこで満足せずそれをキープするために
自分なりにその状態を保つ努力と習慣を持つべきです

エネルギーフィールドの周波数/振動数を上げるのは
簡単ではなく時間がそれなりに掛かります
継続が大事というのは本当

でも下がるのはあっという間です
戻るのはホント一瞬なんですね

一歩進んで二歩下がってまた二歩進んで一歩進んで
そんな前進と後退を繰り返し
ちょっとずつ波動というのは上がっていきます
まさに継続は力なりです
インスタントに身に付くものなど一切ありません

病院にいって薬飲んでるから治るって
病気が治ることってそんなことではないことくらい
皆様もお解りですよね


人の身体が…肉体含む3つの身体が
完全に恒常性を取り戻して
異常や問題のない本来の状態を取り戻すには
良くなったり悪くなったり一進一退を繰り返し
少しずつ回復して一休みしながら
無理のないように適応しながら元の状態に治っていく

慢性的で全体的な症状が出ている人とか
よくない状態の人ほど
回復期と言われるデトックス的段階の
ふり幅は広くその期間も長くなります

エネルギーヒーリングやセラピーの現場でも同じです
氣をいじることでもまったく同じことが起きるんですよ

だから
一度や二度の施療で結果を期待しすぎないでください
その時のヒーリングクライシスやデトックス症状を
怖がったり恐れたり否定しないでください
むしろデトックスとして表れている
その状態や現象自体に対処したり向き合うことの方が
施療を受けている間よりも大切なことだったりします

治るためには…
良くなっていくためには
前より良い状態に物事を改善して
生まれ変わるためには
その前の段階の不活発な状況や停滞
前よりも一時的に悪くなる状態も
同時に受け入れないとなのです



潜在意識の掃除と整理整頓/エレメンタルの創造とエゴイズムの邪魔

※しまったタイトルがとても長くなってしまったっっ汗

潜在意識とか脳とか引き寄せとか
自己啓発的な成功哲学とか
マーフィーの法則とかエイブラハムとか
苫米地さんとか小林正観さんとか
その他もろもろウンチャラかんちゃら
そっち関連の書物とか動画とかを
ここのところ見ていまして
(視力に問題のある私としては動画は大助かり)

潜在意識へのアプローチとして
あれやこれや薦められている方法に関して
それぞれがとても有効な手法だと思いつつ
同時に盲点というか
この方法はとある全体性の法則の
あくまで一部分を抜き出して
焦点を当て拡大しただけの手法であり
ある段階にまで進んだ一部の人たちには
とても有効で即効的に効果が出る方法だけれども
そうでない人たちにはとても困難な方法で
こうした方法に取り組む以前の問題があるかと

(一部分の知識を抜き出したものを例にするなら
西洋占星学でいうところの太陽占星学みたいなもの
太陽占星学っていわゆる星座占いのことだけど
全体としての占星学の1/1000程度の情報)


不完全なテクニックというよりは
もっと大きな知識の中の一部の知識の
さらにその一部の知識を基にしたテクニックだから
シンプルにまとめられててわかりやすいけれど
欠けているところがたくさんあるので
これだけの方法論に多くを求めてはいけない
そう思った

でもまあ その全体としての考え
バックグラウンドにある理論や
全体性としての知識を知る必要もないんだけど
このようにシンプルにわかりやすく
伝えられていることにこそ
意義と価値があるわけですから

ちなみに
ロンダ・バーンズの「シークレット」なんかは
もともとユダヤ人に伝えられていた
カバラの教えから願望実現の法則と手法を
抜き出して書かれたものだし
カバラ自体が古代の叡智から
やはり一部分を抜き出されて(盗まれた)
後世に伝言ゲームで伝えられた不完全なものだし
謝った解釈は若干あれど
人々の幸福のために実用的かつ役立っているのなら
さもありなん

世俗的な欲望の実現に
向けられてしまっていることだけが
アレですけども


「潜在意識を書き換え(操って)して
 セルフイメージを上げれば引き寄せは思うがまま!」
みたいな思想ややり方に欠けている要素としては
蒔いた種の刈り取りというカルマのレッスン
人間的成長と霊的成長のための学びの関連性
そのあたりの法則のことになりますよね


だからそこをきちんと理解した上で
個人個人によって異なるこの問題を鑑みた上で
その人の霊的レベルと魂の計画(ブループリント)に
添った上でその人に適した課題に取り組む形にすれば
誰もが手軽に自らをマインドコントロールする
とても手軽で効果的な方法になると思われます

マーフィー博士は相手との短い会話の中で
その人が何に囚われているのか
その人の思考のクセや
感情的な反応(思い癖)や人生に対するこだわり
自分のことをその人自身がどう評価しているのか
そういったところを見抜いて
顕在意識と潜在意識のギャップを知り
的確で適切なアファメーション(祈り)を
与えているのがすごいなあと思いました
博士自身の洞察力と長年の経験なのでしょうが
キリスト教徒だからこそ使えるテクニックかなと

日本人には日本人独特の物の受け取り方
思考の癖がありますから
欧米人には当てはまっても
日本人には工夫して応用しないと
使えないものもあるようです


さてそうですね
自己暗示(自己洗脳たる刷り込み)というのは
スピリチュアリズム(心霊科学)と
その大源である霊的真理の観点から言えば
ポジティブエレメンタルの創造なのですけど
これだけでは本当に不十分なのです

そもそもネガティブエレメンタルにしても
エレメンタルというのは死なないから
人間の力では消滅させることが出来ないんです
でも弱体化させたりスイッチをオフにして
主導権を別のエレメンタルに移らせることはできます

その主導権を握ってもらう
ポジティブなエレメンタルを創造することが
潜在意識の書き換え(アファメーションとか
セルフイメージUPのためのワークとかセラピーとか)
になるわけですね

でもエレメンタルは
ポジティブなものにしてもネガティブなものにしても
力が強いものと弱いものがあります
長年使われてきたものはとてもパワフルで手強いです
(とくに何代も遡っての過去生から使われてきたものは)
今生のほんの数日間や数週間でインスタントに作った
新参者のにわかエレメンタルでは叶わないです

このパワフルで強烈なネガティブエレメンタルは
悪魔とも悪霊とも言えるような
精神病や人格障害を引き起こすような
ものすごい破壊的なレベルの力を持つものから
単純に否定的で厭世的かつ悲観的で自虐的な
人生の歪みを創り出すものや
本人の望まぬ方向性に人生を導くだけのものまで
ピンキリではありますけど
(基本的に他人に対してしたことは
すべてカルマのレッスンになりますし
思ったり考えたり行動したことはすべて
良いものにしても悪いものにしても
エレメンタルになります)


少し話があちこち前後してしまっていますが

潜在意識とはようするにエレメンタルのことです

潜在意識と顕在意識 
表層意識と深層意識
意識と無意識
色んな言い方がありますけれど
全部エレメンタルです

エレメンタルとは
私たちの3つの身体(肉体・感情体・思考体)から
創られるものです 原料は氣です

肉体…行動したこと(言葉にしたこと)
感情体…思ったこと
思考体…考えたこと

から
想念体としてのエレメンタルが出来上がります

エレメンタルは記憶であり記録であり
私たちを動かすデータでメモリーチップです
レコードとも言えますね

普段意識して使っている
データたるエレメンタルが顕在意識
普段無意識で使っている深層意識に沈んだ
データたるエレメンタルが潜在意識

そんな感じ

エレメンタルには様々な種類があって
質も大きさも異なり形も色も臭いもあります
(見たり嗅いだり触れたり出来ないだけで)

身体の中(チャクラの中や筋肉)にあるもの
エネルギーフィールドにあるもの
それらが主にその人に影響を及ばしますが
そこにあるものばかりではないのです

霊ー魂ー人として一人の人間になり
人生を地上でスタートさせた時からの
すべての人格(パーソナリティ)と
その時に創ったエレメンタル
すなわち全部の過去生で作った膨大な記憶と記録
今生の人生で毎日創っているもの
他人から埋め込まれたもの刷り込まれたもの
拾ってしまって自分のものにしてしまったもの

その量はものすごい膨大な量です

全部が必要なものかというとそうではありません
ほとんどがゴミと言っても過言ではない…な人も
中にはいます

とりあえず本人が自覚出来ている
顕在意識の部分と言われている
意識的に日常使いしているエレメンタルは
置いておくとして

無自覚に使用している潜在意識の部分の
エレメンタルは

いやさ潜在意識のことを
所有している本人が所有していることを
忘れている「倉庫」としましょう

ここには過去の何百もの人生で
使用したもの作ったもののすべてが
収納されています

倉庫たる潜在意識のことを忘れているということは
年に何回かとか定期的に掃除が入ったり
しまうたびに(一つの人生が終わるたびに)
綺麗に整理整頓されてしまわれたりすることはなく
その都度乱暴に荷物がただ放り込まれている
そんな状態です

でずっと放置

これが現実であったなら
ゴミ屋敷よりも劣悪なゴミ置き場です
産業廃棄物置き場って感じでしょうか

虫が湧き放題だし何が棲んでいるのか分かりません
キノコならいいけどカビとか生え放題かも知れません

この倉庫の状態と中に仕舞われているものたちが
当人によろしくない影響を与えているわけです

霊的真理の学びの場では
この潜在意識たる未開のジャングルを
整理整頓することがまず大切だと
最初に教えられます

その前に今日これから毎日創っていく
エレメンタルの創り方や書き換えの方法
無駄で不要な使い物にならないエレメンタルを
創らないで有益なエレメンタルを創る方法を
学びますけれども
(過去のものよりこれから創るものの創り方)

潜在意識というジャングルのお掃除と整理整頓

はっきりいってものすごく根気のいる作業です

何年何十年という年月で
生産され積み上げられたものではなく
何百年何千年何万年単位だったりしますから
鬼が出てくるか蛇が出てくるか
恐ろしいものでいっぱいです

一回や二回の過去生ヒーリングやセラピー
チャクラヒーリング一巡したって正直足りない
数十個の過去生を思い出す程度で
簡単便利に片付くものではないのです
むろん一生のうちに終わるものではなく
意識的に生きることを初めて
霊的成長のとある段階に達したならば
さほど倉庫にしまわれているエレメンタルの
悪影響を受けずに生きられることになりますし
それらの整理整頓も一気に進みます

でもケガレというか汚れものが多い人
そして霊的成長の段階が
本能や無意識の段階の人は
なかなかはかどらなくてムズイですね
潜在意識という倉庫の扉を開けて
中に入っているものを観るのも辛いし
片付けをして捨てるという手放す行為も
精神的負担の大きいことでしょうから






潜在意識という名の倉庫の中に仕舞いこまれている
このエレメンタルですが
性急に片付けようとしてはいけないのですよ
書き換えというアプローチにしても
弱体化にしてもいずれにしても
いくらネガティブで当人の人生に陰を落とし
問題を創り出している元凶だからといって
一度にあれこれと
すべてを取り除こうとしてはいけないのです

なぜならばエレメンタルは他のエレメンタルと
複雑に絡み合い相互関係を持って存在しているからです
記憶っていうのはそういうもんです
人間の記憶は本当にデリケートなんです
潜在意識のクリーニングというのは
そんなに単純で簡単に考えていいものではないのです

アプローチするなら段階的に少しずつ少しずつ
慌てずゆっくりと行うのがいいのです
でないと
心的かつ精神に深刻なダメージを
与えてしまうことがあります
(当の本人 問題の解決と手放し
人生に変化を起こしたいクライアントからしたら
一気にすべてを片付けたいという逸る気持ちは
あるでしょうしその気持ちは解るのですが
一度にごそっと…というのは
心身にも精神にも霊的にも害でしかないのです)

そしてこれらの潜在意識というエレメンタルですが
彼らをどうこうしようというとき
膨大なエネルギーが必要になるんですね
新しいポジティブなエレメンタルを創るにしても
古い頑固な汚れたるネガティブエレメンタルを
弱体化してミイラ化するにしても
十分な氣の補給をしながら行わないことには
肉体も消耗して悪影響が出てしまいます

(やたら眠くなり不活発になる程度ならいいのですが
やる気が失せて思考も停止して心がマヒするとか
情熱が萎えてしまって目的意識を見失い
無気力状態になって一年位何も出来なかったとか
そんな鬱状態とか心神喪失状態に陥ってしまった
ケースとかよく聞きます)

それは外科的手術の際に輸血や点滴などの
体液の補給が必要なのと同じです

ここを理解していないと
過去生ヒーリングやセラピーを受けた
クライアントのフォローが出来なくなります
受ける側も受ける際の心構えとして
理解していたほうがいいことです


だからまあ
そうしたエネルギーの補充行為を含めた
エネルギーフィールドの問題をまず整えてから
(自分由来以外のものを取り除いたりとか
他人からの干渉を取り除くのが先)
ネガティブエレメンタルの切り離しと弱体化
そうしたことと並行して
それらネガティブエレメンタルに対抗できる
もっとパワフルに主導権を握ってくれる
ボジティプエレメンタルを新たに創造するために
一般的に流通している潜在意識の書き換えと
セルフイメージや心の在り方を
変えていくためのセラピーやワーク
そういうのに同時進行で取り込んでいくと
効率的なのかも…と思いました

もちろん焦らず少しずつがよいわけです
穏やかに変化を受け入れながら
急がず長期的に取り組むべきこと

それと当人にとっての必要な学びの部分
今生の課題とか魂の計画や
当人がいま霊的成長のどの段階にいて
成長の方向性がどっちなのかっていうのも
まったく無視できないから
それを当人が理解した上で取り組めれば
もっとベストなのでしょうね

天命に反した方向性にいくと障壁あるし
過去に望んだ結果が今という未来(現実)だから
過去のリクエストやオーダーを片付けるのが先だし
過去に撒いた種(負の遺産/負債)も
支払うべきというか片付けないとだし

本人が望む未来というのは
その望む未来を手にするのにふさわしい自分
にならないことには現実化できないので
このあたりのギャップも知らないとだしね


そして忘れてはいけないのがエゴイズム

エゴイズムはあれやこれや邪魔をしてきます
耳元で悪魔の囁きをしてくるといいましょうか…
このエゴイズムの抵抗と邪魔が物凄いんですよ
手強いなんてものではないです
当人と同じ知恵と力を持っていますからね
(下手すれば当人より賢くてパワフル)

ドリームキラーでもありノイズたる思考でもある
本人を迷わせ罠に掛けてがんじがらめにする

エゴイズムもネガティブエレメンタルなんですが
当人が当人に掛けた呪いのようなものです

他人からマインドコントロールで
植え付けられたエゴイズムもあるけれど
それを受け入れているのも当人のエゴイズムなので

このエゴイズムたるヤツ
潜在意識の書き換えのときに必ず邪魔してきます
さも自分が正しい理性的な思考だといわんばかりに

顕在意識が邪魔をするって言い方をするけれど
顕在意識の中に
当人が受け入れているエゴイズムがあって
このエゴイズムが全力で新しい考えを
否定・批判・抑圧してくるわけです

だから顕在意識の中のエゴイズムを探し出して
(自らを分析して)
自分を支配しようとしているエゴイズムを知って
それを理解してこれに騙されないように
するってのも大切なトレーニングだったりします

自分のエゴイズムへの対処法を学ぶってことですね

エゴイズムを自分と切り離して
考えるようにするといいわけなんですけれども
これはなかなか難しい 一人ではとくに

ようするに汝自分自身を知れ!です

本当(真実)の自分と
偽物の仮面たるエゴイズムを知って
エゴイズムに自分の主導権を与えない
与えないために真実の自分の望みや
魂の望みや霊的成長の方向性に添った
建設的なボジティプエレメンタルを創って
それを育てていくことをして
その上でネガティブエレメンタルという
悪い種や雑草たちを刈り取って撲滅させて
潜在意識のジャングルを片付けて掃除をする

それが多分一番いいのかも知れません

2020/02/09

我が願い,祈りの鐘が響くとも

ここのところ投稿頻度がマメです
途中まで書いて
放り出して貯めて置いたものを
今一気に書き足して放出しています

書けるときに書いておかないと
勢いがあるうちに書いてしまわないと
そのまま寝かせたままに
なってしまいますから



さて去年夏から
自分自身のある問題に取り組んでいるとは
先日のどこかの記事に書いたと思います

その過程の中で自分自身と対峙して
改めて思い知らされることや新たな発見やら
様々な気付きがあったのですが

その中で
「自分が社会に貢献したい事」
「私自身の本当の幸福」
「本当に価値を感じるもの」
これについて改めて自分自身に問い直し
心の深淵まで下って考える機会を持ちました

そこで出てきた感情は

「戦争はもうイヤだ!
 人と人が争って
 殺し合い傷つけ合う
 そんな世界はもうイヤだ!
 イヤだ!イヤだ!!
 絶対にイヤだ!」

っていう叫びにも似た悲痛な想いでした

人種だの民族だの宗教だの身分だの
そんなことて差別して相手を格下に見て
人を人とは見なさず残酷な刑罰を与え
残虐で非道な扱いをしたり殺戮したりする
戦勝国だの敗戦国だの
他国を侵略して領土を奪って統治して
先住民を奴隷にして文化も暮らしも滅ぼして
自分たちの利権を貪るために
人々を殺戮して女を凌辱し赤ん坊まで殺す

平穏で幸福な日常すべてが一気に破壊され
家族や愛する人と引き離され
親しい人や昨日までの隣人が敵になって
牙をむいて恐ろしい悪魔に変わっていく

そういう人間が時代が移り変わって進んでも
繰り返し無くならない愚かな所業に対して

もううんざりだ!! 冗談じゃない!!

これ以上の悲劇や苦しみや憎しみの連鎖はごめんだ!

っていう嗚咽と慟哭が出てきたんです

戦争に対する憤り 犠牲になってきた人々の哀しみ
血に染まった大地や河 累々と築かれる屍の山

そんなのはもう見たくない!
繰り返されたくない!

そうした負の連鎖を終わらせたい

動物並みの本能や無意識のレベルに留まったままで
エゴイズムに支配されて悪に操られて
低次元に囚われている人間の意識を変えたい


それが私の根本的な欲求で動機なんですね
この仕事をする意義というか理由でもある

何度も逃げ腰になりながらも
辞めたくなって逃避しても
やっぱりここに戻ってきてしまう理由


私がやっていることは
政治でも経済でもないし思想的なことでもない
この世を変えられるような財力もないし
そんな権力も知恵も影響力も何一つ持っていない

私はヒーラーでセラピストで
一介のスピリチュアリストでオカルティスト
魔女とかシャーマンとかユタとか
霊媒とか占い師とかな肩書しかないし
人の意識を変える力なんて持っていません

私が出来ることは本当に小さいこと

個人セッションでクライアントさんの話を聞いて
背景にどんな問題があって
どのような影響が出ているのか
因果を読み解いて現象の理由を推察して説明したり
氣の補充をして整えて波動を上げて
クライアントさん由来ではないエレメンタルや
手放すべき時期が来た不要なエネルギーを
除去するなどのアプローチをすることとか
せいぜいその程度

後は霊的波動を上げるためのアチューンメント
(イニシェーション)を仲介することと
難しい霊的知識や真理の教えを噛み砕いて
多方面な知識と統合して教えることくらい

だけどその小さいこと
個人個人がより良い人生を生きるための
手助けをすることこそが大事なんだと信じてる

誰か一人の波動を上げることは
その人自身のみならずその人の周囲にとっても
恩恵を与えることに繋がるし
結果として地域や社会
そして人類や地球の波動を上げることになる

一個人の問題を解決することは
その人の問題のみならず
周囲にとっての問題を解決することで
世の中や社会そして人類全体と地球の問題を一つ
解決することにも繋がる

その人の過去生の問題にアプローチし
哀しみの記憶を癒したり
負のエネルギーを解放することや
自らや他者を許す道を創っていくことは
その人を癒すばかりだけでなく
その周囲の人を癒し関係性を癒し
そして社会や人類全体 地球の哀しみの記憶を癒し
負のエネルギーを正のエネルギーに変えて
グループエレメンタル
(悪のエネルギーの塊)を弱体化させて
その記憶が埋め込まれた場所を浄化し
地球全体を綺麗にしていくことにもなる

そしてたった一人の人であっても
その人の精神的かつ意識の目覚めを促進し
霊的成長をサポートすることは
やがて百一匹目の猿運動のように
いつか人類全体の意識の目覚めを促進して
全体を助けることの礎になるって
そう信じています

私が出来ることはとても小さな力で
私が伝えられることは本当に僅かで
私が助けることが出来る人
お手伝いをしてあげられる人に出会うには
私の時間はさほど多くは残されていないけど

私は私の出来ることを通じて
私の魂の切実なる願いごとを叶えるべく
一人ひとりのお客さんと真摯に向き合って
一期一会でその出会いの一瞬を大事に
誠実に仕事をするだけなのです

もちろん何よりも私自身が
日々成長し進歩していくことが
優先課題ではありますが

(まあ
そんな大層な願望(野望?)が
深層意識の中にあるものですから
だから以前スクールを開催していた時には
ヘビーでハードな過去生を持つ方が
多く集まって下さったのですねっっ汗)




すべての人から涙が乾いてすべての人類が心穏やかに安らかに
平和な生活を笑って過ごせる毎日を
助け合って互いを尊重し合って
調和的に生きられるそんな時代が来ることを
ただ夢みて

その理想を叶えるために
私はたぶんこの仕事を細々と続けていくのです

私がこの仕事を続けている理由は…
過去生セラピー(ヒーリング)をしたり
チャクラヒーリングをして
潜在意識というジャングルのお掃除をしたり
スピリチュアルセッションで
エレメンタルのお掃除をするのも
霊的な知識をお教えするのも
すべてその目的と理想に向かっての
切実なる願いと欲求があるからなのです

自分がそれにふさわしい聖人君子や
人から尊敬されるような人格者や
霊的素養に抜きんでた人間ではなく
欠点や問題だらけの社会不適合者だと
承知していてもなお
解っていても
ドロドロした醜い感情も
不健全な考えもまだまだ抱えた未熟者だけど

こうしたことへの貢献をするために
私はこの仕事をこれからも続けるでしょう

そりゃその
たった一人のクライアントに対して出来ることも
対したことはできないというか
ほんの少しの手助けだけで
私が出来ることなんて小さなことで
そしてたった一人のクライアントさんの
過去を癒しても地球全体の比を考えれば
それはオーストラリアの大火災に対しての
ハチドリの一滴程度のほんのわずかな水滴で
地球を癒すことには届かないかも知れませんけど

そんなことは無駄なことだよ
まったく何の効果もない
意味のないことだよって
誰かに言われてしまうかも知れないけれど

それでもその僅かがいつか波紋となって
全体を覆う広がりの一つになることを
ただ祈るばかりなのです

だから何度生まれ変わっても
私はこの仕事をし続けるでしょう

2020/02/08

失われた言語と滅びた国

復活祭(イースター)の朝 
谷をくだり町へ向かう途中で
騎兵隊の列が私を追い越していった
笛も太鼓も鳴らさぬまま
霧の中 アンジェラスの鐘がリフィー川に鳴り渡る

戦いの旗がダブリンの町に誇り高く翻る
異国の地ではなくアイルランドの空の下で死ぬのだ
ミースから駆けつける強者たち
霧の中 野蛮なイギリス軍がやってくる

戦いの旗がダブリンの町に誇り高く翻る
異国の地ではなくアイルランドの空の下で死ぬのだ
ミースから駆けつける強者たち
霧の中 野蛮なイギリス軍がやってくる

闇夜に響く銃声 
よろめく不実のアルビオン(イギリスを揶揄する表現)
鉛の雨の中 銃剣にきらめく銃火
一振りごとに捧げる祈り「アイルランドに忠義を」
夜明けの霧の中 戦いの旗はなお翻り続けた

イギリスがワイルド・ギース
(アイルランド人傭兵)を戦争へ駆り出し
彼らの亡骸は異国の地で葬られる
ああ
イースター蜂起の英雄らとともに戦ってくれていたら
彼らの名は我らが受け継ぐ 
フェニアンの戦士が眠る この霧の中で

勇敢な者は倒れ 鎮魂の鐘が哀しく鳴り響く
春めく復活祭の季節に命を落とした者たちのために
恐れを知らぬ精鋭たちに世界は括目した
深い霧の中 自由の光が輝くまで 戦いは終わらない

谷間を戻りながら悲嘆に暮れた
勇敢な男たちとの永遠の別れに
夢の中どこに行こうと ひざまずき祈ろう
深い霧の中 隷属を破った栄光ある犠牲のために

アイルランド民謡「Foggy Dew」




上記は英語バージョン
下記はアイルランド語(ゲール)バージョン



今ではアイルランドにおいて
もともとの言語であった
ゲール語を話せる人はほとんどいず
敵国の言葉であった英語が国の言語になっている

そしてかつての敵の言葉で
敵と戦った反乱軍の歌が歌われている

これは何とも言えないことですね


日本と韓国の関係もそうですが
隣国と仲が悪いというか軋轢や確執があるのは
世界中どこにでも見られる状況のよう
領土の侵略や奪い合いすなわち覇権争いや
国益の問題が絡んでいるので
歴史的にみて何もない国同士の方が珍しく
痛ましい事件や悲劇的な出来事が絶えません

インドとパキスタン イギリスとフランス
トルコとルーマニア アメリカとメキシコ
アイルランドとイギリスの関係もそうですね

アイルランドもイギリスもどちらも好きな国なので
両国のことを想うと胸が痛みます

過去生のことで言うならば
アイルランド人であったことも
イギリス人(スコットランド)だったこともあるので
自分の好きな国であり思い入れのある国同士が
このような関係性であったことに
とても複雑な思いを抱いてしまうのです
どちらの側も経験しているので
とはいうものの
イギリスに生まれた回数のほうが多いから
そいう意味では侵略する側の立場に偏りやすいかな

でもね
それを言ったら 私だけでなく誰もかもが
どの国の人間でもあったことがある

私もアメリカ人だったりイギリス人だったり
フランス人だったり中国人だったり
エジプト人だったりインド人だったり
ロシア人だったり中東や中南米や島にいたり
もうあちこちの国に生まれて
今はもう名前も残っていない
歴史に埋もれて地図から消えてしまった
亡国の人間であったこともあったりする

だから敵国の子孫に生まれてしまっていても
そんなことは大したことでない
かつて自分が滅ぼしてしまった国の
後にできた国に生まれていたり
地に染めてしまった土地に生まれていても
それはちっともおかしくないこと

かつての故郷 愛すべき自国
大切な人や身内と暮らし繁栄を誇り
自分の子孫が脈々と続いている国が
今の自分にとって敵国や侵略者である
ということも珍しくはないこと



さて今 新型肺炎が中国を中心に流行っていて
日本でもあれやこれや問題が起きていますが

武漢って昔の楚だったところなんですよね

はい始皇帝に滅ぼされた楚の国です
三国志よりは古い時代かな
映画化された「レッドクリフ」で描かれた
赤壁の戦いで有名なとこも武漢の一部

そして
私は楚の国の人間だったことがあるわけです
そんな明晰な記憶があるわけではないですけども

かつての故郷でもあるわけです

戦で滅ぼされていく
荒廃した状況下での人生でしたので
辛く悲しい事ばかりで
郷愁や思慕の気持ちというのとは違いますけれど
今回のニュースを聞いて
なんか当時の哀しみが蘇ってしまうわけです

今は当時の敵だった秦の国も民もなく
すべてが中華人民共和国で同じ国民です
かつては他国たったウィグル自治区も
チベットも侵略併合されちゃって

その人生でも子孫は残していないものの
どこか別の人生でご縁があった人たちが
あの場所に生まれて生きているのかも知れない

そんなことを想った日には
どの国の出来事であろうと他人事ではないと
思ったりします
だからといって
私が出来ることなんて何もないんですけどね

ただ日の本の国にいて
今日の自分に与えられた仕事をして
自分の人生を一生懸命生きて
今回のことに関しても
ただ祈るばかりです


でね
そんな風に

あなたからして 関係のない遠い国の話だと
縁のない国だと そう思っている国のことでも

遥か遠い昔にその国その場所に生まれて
愛する人たちや大切な人たちと心を通わせて
二度とは帰らない時間を重ねて生きて
かけがえのない日々を送った人生の想い出が
眠っている国なのかも知れません

その国の人間として生きて 
誰かを愛して 大切なものを築いて失くして
泣いたり笑ったり怒ったり喜んだりをして
隣国を侵略して攻撃したり逆に侵略されたり

自分が色んな立場を経験して味わった
無関係ではない場所なのかも知れないのです

今泣いて苦しんでいる人は
今生まれた人そして死んでいく人は
その時代のあなたの子孫だったり
逆に今のあなたの人生でのご先祖様だった人で
あなたの国を批判している人は
あなたがかつて親と呼んだり
愛し合った誰かなのかも知れないのです

この地球上においては
どの人も無関係な他人なんていないのです
血の繋がりだけが私たちの繋がりではないのです

あなたは次の人生で
今日のニュースで報じられても心が動くことのない
スルー出来る無価値とも思える無関心な国に
その生を受けることになるのかも知れない

そして
あなたが今憎んだり嫌ったりしている民族に
生まれることになるのかも知れない

その時に今生まれて恩恵を受けている自国
この日本を憎み偏見を持つことになるのかも知れない

国や民族や歴史に左右されるのは本当に愚かなこと
それで人を判断したり分類したり
敵と認定するのもとても愚かで意味のないこと