2019/02/28

我が望み叶えるは我が身なり

年に数回という、
定期健診的なタイミングでいつもいらしてた、
それなりに長い付き合いのとあるお客さん
これまで自分には不要かと思っていたけれど、
やはり共に歩めるパートナーが欲しいと…
一年半前くらいから、マジメに人生変えようと
ちょっと取り組んで下さっていました

とても素直な方で、
女性特有のドロドロした感情を貯めこまれてない方なので、
(その持ち前の女性的魅力が故に、
たまにエロ親父の亡霊だとかまだご存命中の親父等の、
邪な想念をくっつけているという弊害以外には、
特に大きな障害的想念もなく…)
チャクラのクリーニングもスムーズかつ順調で、
望みのものを引き寄せるためのエレメンタルの書き換えも、
元々クリエィティブなパワーをお持ちな方だったので、
それもいい感じで

そして、一週間後に、
「こういう男性と出会いたい」と強く心に描き、
ビジュアライゼーションした条件通りの人との出逢いが
(それだけでなく、
彼女のご先祖様にも橋渡しというか、
サポートはお願いしましたけれども
※実際、ご先祖様の縁繋がりの人でした)


とはいうものの、
何もかもが意気投合して
相性抜群な文句のない相手かというとそれは別問題
出逢いは引き寄せられ、「ご縁」はセッティングされた
しかし、その後をどうするかは本人の努力次第

だって、自分とバッチリ「合う」人というより
自分が惚れる異性のタイプでの引き寄せですもの

相手が自分を「好き好き好き~!」と、
ラブラブ光線で攻めてきてくれる人なら、
これまでの彼女の人生にはわりかしいたわけです
けれど彼女はそういう人にときめかなかった
欲したのは、自分が尊敬し、
心から惹かれ愛することの出来る人

そう、
彼女が求めているのは愛されることでなく愛すること
そして求めていることは必要なこと(学び)でもあったり


さて、一年経って、その方が言うには
「一年前、アルマさんに『察してちゃんではダメよ』
とアドバイスされたんですが、
その意味が一年経った今、ようやく理解できました」…と

「そしてある日ハッと気づいたんです
 なかなかはっきり態度をさせない彼に業をにやして
 だったらもういいって、
 もっときちんと結婚を考えてくれる、
 別の人との出逢いを求めたり、
 願ったりもしたわけですが…
 私が相手に自分の気持ちを伝えるという、
 その学びを実践しない限り、
 相手が誰であっても同じことだと…
 彼との関係性において、それを実践してないから、
 だから今この状況で彼と縁は切れず
 他の新しい出逢いもないのだと…
 まずここでクリアしないと先に進めないんですね」

はい 
彼女は自ら答えに行き着きました
自分で気づきをひとつ得ることが出来ました

時間はとてもかかったけれど

いつだって その人自身で気づいて
「答え」を捜して 見つけて
自分の力で乗り越えるしかないんです

その人の人生のレッスンを、するべきことを、
変わってあげることは誰にも出来ません

そしてその課題を無視しておざなりにしたままで、
望む現実を手に入れられることもありません

欲しいものを手に入れるためには
彼女には身につけなければいけないスキルがあり
そのために逃げてはいけないことがあるんですね


答えは自分で見つけるしかないんです
みんなそうやって成長していきます

他人はヒントを与えることしか出来ません
「答え」はすでにその人がもっています

自分が何に取り組むべきか気づいたなら
後は行動するだけです
やるべきこと 取り組むべきことから逃げてはいけません
自らの弱さ故に課題から逃げ回っている限り、
その問題(課題)は永遠に付きまとうことになります

いつだって その人を救えるのはその人だけで
自分の問題を解決するのは自分自身で、
自らの望みを叶えられるのも自分自身です
自分に欲しいものを与えられるかどうか
そのカギを握っているのも自分自身です

ですから自分自身から逃げちゃダメです
自分の問題に取り組むことです
内省をして、内側を見つめて
自分の内面にある何が 
自分の人生に障害をもたらし、
問題を創り出しているのか…
しっかりと見つめて 課題を見極めて、
与えられた人生と対峙することです


当人にとっての課題(カルマのレッスン)は、
本当に向き合わなければいけないことには
私のような第三者が介入できることではありません
それを取ったり解消したりする力は他人にはないんです
誰にもその権限はありません

私みたいな職業の人間が出来るのは、
その「気づき」の工程へと導くサポートをするだけ
そちらに目を向けさせたり、促したり、
レッスンへと向かわせる過程を早める手伝いだけ
自分の課題(己の問題)と対峙する力を取り戻させることだけ
それしか出来ません

ホント無力です 
ヒーリングやリーディングなんかでは
大したことができるわけでないんです
ヒーリングなどのエネルギー的アプローチでは
攻撃的かつ霊的な想念を取り除いたり
氣を補充したり整えるお手伝いができる程度で
リーディングなどセラピーやカウンセリングでは
話を聞いて それが何なのか因果関係を解析したり
その人の思考の整理整頓を助けたり
第三者的なアドバイスと指摘をして
自分と向き合う空間と場所を提供するだけです

そこまでのことしか出来ません
あとは時間とかタイミングとか
本人が視点を変えたり行動を起こす以外に
何かが解決することはありません

私のようなワーカーが
誰かの問題を解決したり奇跡を起こしたり
何か特別なことをしているわけではないのです

いつでもその人の問題を解決するのは当人自身で、
本人が気づくべきことに気づかないことには
何も始まりません

誰も「神聖なる計画」に介入することは出来ません
その計画を立てたのはその人自身なんですから


そのためには自分自身を知ることです
自らの欠点も長所も特徴も
冷静に振り返って 人生の棚卸をして
人生や自分自身の内部にある不要なものに気づくことです


さて、下記の記事(blog)ですが、
こちらもお客さんの書かれた記事で、
うちでセッションを受けて下さったことも、
ちらりと触れる程度ですが、書いて下さってます

許可もらいましたので
自身が進むべき道や人生の方向性、
何を成すべきかどう生きるべきか、
仕事や将来について迷われている方は
是非読まれてみて下さい

第一章:人生の棚卸 〜私のこと〜


まあね
本当にそうです

私みたいな仕事の人間が出来ることって限られています
その人の人生に奇跡を起こすのは他人じゃありません
超常現象的な力でも運命でもありません
見えない世界の出来事も住人も、カルマでさえも、
生きている人の意志の前には無力です

その人の人生を切り開くのはいつだってその人自身で
未来を創造しているのはその人自身の力です
その人が望まなければ何も始まらず
捜さなければ答えを見つけることも出来ません

自分自身を知ろうとし、自分の本当の気持ちに気づき、
宇宙で一人しかいない自分の個性や創造性を活かそうとし、
素直に自分らしい人生を生きようとしたとき…

歯車はピタッとあうものです


自らが自らを知り、自分と対話をし、
いつわりの仮面を捨て、いつわりの人生を終わりにし、
自分(心)を殺さず、生かそうとするとき
魂の声に従って生きようとしたときに…

本当の人生が始まります


2019/02/27

本末転倒~得られない教訓

中世のイギリスにて、
階級社会における特権階級に育った男性がいた

しかし、彼は親と意見が合わず、
対決の結果、家を出て、外の社会に飛び出した
(いわゆる放蕩息子というパターン)

とある女性と出会い、恋に落ち、
結婚をして、子をなしたが、
彼は生きる智慧と力に乏しかった
…と、いうかまったくの世間知らずだった

所詮は温室育ちの育ったお坊ちゃん
階級意識からか人に頭を下げることが出来ない

自分が何でこんな仕事をしなければならない?と、
いまや労働者階級に身を置いているのにも関わらず、
プライドの高さから周囲を見下し仕事を選り好みし、
問題を起こしてはイヤになってすぐ辞めてしまう
自分はもっと良い仕事を与えられるべき存在であると…
こんな安い賃金でこんな雑役をしたり、
雑な待遇を受けて甘んじていい人間ではないのだと…
貴族だったときの考えや習慣を捨てられない

そんなんだからいつも貧乏で金に困る生活
当然ながら家賃も滞納、衣類も着た切り
乳幼児に満足な滋養も与えてあげられない
清貧生活を通り越して、もはや餓死寸前

家を出た当時から着ていた立派で高級な上着
これを売ってしまえばいくらかは金になるだろう
そう気づいた時にも、
それは自分の育ちの証明でもあるので、
売ることを選ばなかった
良いコート、上質なシルクのシャツを羽織る自分を、
「お前らとは違うんだと」
他人と自分を隔てる身分の証の境界線にして

すでにそれらはとっくの昔に汚れきって
穴があき、擦り切れているというのに…


ある日、彼が我が家に帰ると、
寒い部屋で妻と子が死んでいた
餓死だった 
暖房もつきた寒い部屋で
妻と子はやせ細った身体で冷たくなっていた

彼は後悔した
愛する人を亡くしたことを

そして気づいた
自分のプライドが妻子を殺したことに

早く故郷に帰って 父母に謝罪し、
借金の申し込みをすればよかった

いや、上等な自身の衣類を売って
少しでも金に換えて 
生活費の足しにすればよかったのだと…

どんな仕事でも与えられたことを感謝して
文句を言わずに働けばよかったのに…

やがて妻子の後を追うように、
飢えと渇きと絶望の中、すぐに彼も死を迎えた

その人生を振り返り
前述のようなことを繰り返し後悔するものの
同じ過ちを二度と繰り返すまいと
そのように決心するも

人が変わるのは簡単ではない



20世紀の終わりに日本に生まれたその人物は、
当然「彼」であったことは覚えてはいなかった

だが、「貧乏」を憎み、「お金」に執着し、
お金のない状態とお金を失うことに対して、
過度な恐怖心を抱いていた

そしてホワイトカラーの仕事こそがすべてであり
名のある企業に勤務することが大事で、
人様に自慢できるような仕事であるか否かが、
仕事の価値基準だった

ブルーカラーやアルバイトなどは、
人に言えない恥ずかしい仕事、ということらしい

失業している間、せめて職が見つかるまで、
短期アルバイトをしてはどうか?
とアドバイスしても、
「アルバイトなんか、自分のする仕事でない」
と怪訝な顔をする

人に見下されること、バカにされること、
とくに仕事で評価されないこと、
尊重されないことにフラストレーションを抱えており
自分を嫌う人や冷たい人を憎む傾向もあった

何故バカにされるのか…

そう、人は見た目も大事だ

清潔感のない髪型や
流行おくれの古さの目立つ服装
年齢やTPOに合わない小物
年齢のわりに子供っぽい話し方や立ち振る舞い
そして社交性のなさ

人は見た目ではないというけれど
上記のようなところで判断されるのは仕方ない
とくに女性はそういうのに厳しい
上記にあげたような恰好をしている人は
まず引かれるし あまり好かれない
性格がとてもよくて仕事が出来れば別だが

何故なら見た目に生活態度というのが出るからだ

ブランド品を身に着けているとか
高い衣類を着ていなければいけないとかそういうのはない
ヘアスタイルもファッションもメイクも、
お金をかければいいというものではない
いかな安い服でもファストファッションでも
他人の眼から見て 好感度の高い服装は十分出来る


20年以上前に買った、高いウールのコートは
あちこちが擦り切れて汚れてみすぼらしくなっていた
持っていたバッグは、普通こんなの
上場の会社のオフィスにはもっていかないだろうというもの

これでは「うわ、何この人」と思われても致し方ない
それを指摘しても
「これ、ブランドものだから」「気に入っているから」

しかし、他人から白い眼で見られるのは許せない

でも、どうみても、浮浪者とまではいかないけど、
貧乏人って感じで、勤務先とギャップがあるんですよ

ダサいとかセンスが悪いというはともかくとして
清潔感ってホントに大事なものなので

買い換えたいといいながら、
「ちゃんとしたものでないと買いたくない」といい、
「ユニクロとかは絶対にイヤだ」という
「自分はファッションにこだわりが強いから」
「安物だったら着たくない」と…

そのくせ、お金がないから洋服が買えないと言う
いやさ ユニクロや安い服でもいいでしょう
清潔なセンスのよい、
自分に似合う年相応の衣類を買えば…
何万もするコートを買おうとするから買えないんですが



そんな感じで
結局 人というのは何世紀を経ても…
どれほどの痛みを人生で味わってきたとしても、

なかなか
人は学ぶことが出来ず、変われないものです

愛する人の命を、
大事なものを自分のそのプライドのせいで失っても

一文の得にもならない己がプライドで
奪ってしまったという後悔の涙を流して
慟哭した日々も 

喉元過ぎれば熱さまで、で…

すべて忘れ去ってしまう


どれほどの痛みを味わっても 後悔しても
なかなか人はエゴイズムを捨てきれず
変われないものです

そうやって何度も繰り返し繰り返し、
似たようなレッスン(人生)と直面し、
変われるチャンスを与えられてもなお、

変わることを選べない

「助けて下さい」といい
「なんで私がこんな目に」といい

世を恨み、人を恨む


お金が悪いのではない
世の中が悪いのではない
お金より大切なものがあることを
選べないことが悪いのです

職業を差別し、
人の間に垣根を作る、その心(エゴイズム)が悪いのです

それを学ぶための今の人生です

2019/02/26

おしゃべり泥棒と遅刻魔とデモデモダッテちゃん



 人間の悩みはすべて人間関係の悩みである
  by アルフレッド・アドラー「嫌われる勇気」


おしゃべり泥棒というのは、
他人が話している時、
その話題を横からかっさらって、
自分の話にすり替えてしまう人のこと

いつでも自分が話の主役でないと、気が済まないタイプ?
そういう目立ちたがりならまだわかりやすいけど
無意識的にそれをやっている人もいたりする
(構ってちゃんもこの部類か)

こういう人いました
その人は他人の人間関係も欲しがる
知人や友人の話をすると、
「私、絶対その人と気が合うと思うんだ~」
会ってもいないのに、相手が拒絶するかも知れないのに
なんでしょうか、この自信

そのクセ、
複数人でいると、必ず誰かを会話の中から排除してハブる
3人いれば 1vs1で話し、1人を無視してイチャコラ
4人以上ならば 必ず1人を空気扱いして無視する

ようするに自己愛性人格障害のもっともたる人なワケだ

常に他人の関心を得てないと死んでしまうとばかり
同時に仲間外れをするのは
最下位を作っておきたいからなんでしょう

まぁ、こういう人は必ずボーダーも入っていますし…
他人の領域に土足でヅカヅカ入ってくる
ようするに厚かましい人です

他人から何かされることが当たり前で
してもらってもお礼はしない もちろん感謝もない
自分からは何も与えようとはしません
言葉では言うけど口だけです 行動は伴いません


 この世の中、見方によっては、
 すべて人と人との約束のうえに成り立っているといってもよい。
 友人との待ち合わせの時間の約束から、金銭物品の貸借の約束、
 さらには社則や国家の法律というものも、
 おたがいの生活を秩序だて円滑にするための、
 一つの大事な約束ごとであるといってよい。

 約束はおたがいの信用の上に花ひらく。
 だからこれらの約束を守るか守らないかは、
 人間の精神の高まりを示す一つのバロメーターであって、
 道義とか道徳というものも、
 こうしたところにその成果の如何をあらわしてくる。

 自分に都合が悪くなったからといって、
 平気で約束を破るというのは、これはまさに動物の世界。
 人間だけが、おたがいにかわした約束は、
 これをキチンと守るという
 天与の高い精神の働きを持っているのである。

 もしもこの精神が力弱くなったら、
 その影響は社会生活のあらゆる面に
 物心とものおおきなマイナスとなってあらわれてくる。
 単に待ち合わせの時間を ムダにするというようなことだけでは
 事はすまないであろう。おたがいに、約束は守りたい。

 by 松下幸之助「道はひらく」


こういう人もいました

時間にルーズな人
遅刻、ドタキャン当たり前
その理由はたいてい寝坊です

体調が悪いっていうけれど
得てして自覚というか性根であり意識の問題
自己管理が出来ていないといえばそう
生活も不規則で仕事でもミス多く
色んな人に迷惑をかけてもその場限り
職場で不興を買っていても
自分のそうした、ふてぶてしさや生活態度、
性格的ルーズさからとは当人考えません

約束を破るということ
時間を守らないということが
どういうことなのか…
まるでわかっていないのです
自分のしていることが相手をないがしろにし、
他人の時間を奪っているという自覚がないのです

こういう人は他人を自分以下に見ているのです
他人に迷惑をかけてもいいと思っているのです
自分に比べて相手はとるに足らない存在だと
行動で示しているのです

だから遅刻して他人に迷惑をかけても平気なのです

気が乗らないのなら最初から約束しなければいいし
朝が弱いなら、確実に起きれる時間を設定すればいい



 解決策がわからないのではない。問題がわかってないのだ。
  by ギルバート・ケイス・チェスタトン「ブラウン神父の醜聞」



構ってちゃんや察してちゃんも厄介ですが
一番困るのがデモデモダッテちゃん

悩みを訴えて、
延々と己が立場の不条理さや周囲の理不尽さを語るものの、
周囲がアドバイスをしたとしても、まず聞いてない

「でも・・・」「だって・・・」

ようするに共感だけして欲しいわけです
お説教はノーサンキューときたもんで
自分の気に染まないことを言われると、
ぶーたれて子供みたいにふてくされる

同情されたい 心配されたい
可哀そうにって、言って欲しいだけなんです
自分でその問題を解決するための、
ヒントを求めているわけじゃない

ああいえばこういうで、
いつだって相手が悪くて自分は悪くないと言う

解決策を提示しても
「それは難しい」ばかりを連呼して抵抗し反発する
自分に都合の悪いことはすべてスルーする
自分の欠点や問題は見ないふり




 必要であればあるほど拒まれるものがある。
 それは忠告だ。
 それを余計に必要とする人すなわち無智な人々からいやがられる

  by レオナルド・ダ・ヴィンチ



自己愛性人間の特徴として、
時間や約束、人間関係にルーズであるというのがあります
あわせて被害者意識の強さ 自己弁護力の高さ

そしてコンプレックスを剥き出しにするという、
一見して自己評価が低いように見せかけながら、
実のところ「私を認めろ!」っていう気持ちが強いんです
そんな承認欲求

すべて甘えの構図です

今の自分のままで愛されたい 受け入れられたい
甘えさせて欲しい 許して欲しい
認めて欲しい 評価して 尊重してほしい
自分のことを大切に扱って欲しい

単純に言って、批判されたくないんですね
だから批判や批評にものすごく弱くて
否定されることに敏感で
何かというと「傷ついた」と大騒ぎする
他人の善意でさえ悪意に取る

でも努力は大嫌い


誰だって欠点はあるし、完璧な人なんていやしないし、
誰しもが成長途中で発展途上ではあるけれども…

如何せん許容する方にも限界やキャパがあります




 過去の経験は今の姿と関係ありません
  by シーザー・ミラン




私のサロンで行っているようなセッション、
すなわち
非科学的な角度から問題の考察を図り、
アプローチを行っているようなところを訪れる
上記のようなタイプの人(に限りませんが)の多くが、
自分の問題を外部に求める傾向にあります


問題の本質が、

・心霊的な現象なのか
・カルマ的な学びとして起きているのか
・過去生の記憶に由来する心理的外傷なのか

とかとか

原因を見つけて 知るべきを知って
根本の根を断ち切り解決を図ることが
本来この手のアプローチ、テクニックの目的なんですが、

ただ自分以外の「何か」のせいにするために…
"心霊的現象"や"過去生"を言い訳や理由にしたいがために、
スピリチュアルなことに答えを求める人は減りません

そういう自己愛の強い人には、
スピリチュアルな知識も説明も、害悪にしか成り得ません
だってイイワケの材料にされちゃうだけですもの
その人の人間的成長を阻害する知識以外の何物でもなく、
中二病的な妄想を誘発して現実逃避させるだけで、
何の解決にもなりません

エゴイズムを増長させるだけです
(こういう場合、過去生も心霊的現象も冤罪の対象か!)

そんな人をたくさん見てきました


今のその人が現していることがすべてで
その人が「いま」どんな人間であるかだけがすべてなのに、
それがすべてを物語っているのに…



目に見えない事象のせいにすんな!


と私は言いたい



一言でいえば、「性格」なんですよ

すべては


過去生に起きた出来事だって
性格の問題や考えの誤りや思い違いや
選択ミスやら人間性の欠如の問題が発端となって
起きたことなんだから
今の性格の問題さえ修正すれば、
それで解決することなんです

今の自分の考え方、思い癖、
生きる上での姿勢とかとか
大体その歪みが
人生の歪みとして表れているだけなんだから

今生で日々を真摯に生き、
人として成長していきさえすれば
過去なんて知る必要なんてないです

まあ、過去生を知る意味がないってこともないですけど…
理由のわからない感情的反応で苦しむ人にとっては
その感情的反応の由来を知るのは
意味があるし、有益なことだから
そういう意味ではお役に立てていることもたくさんあります

て、いいますか
本来そのために、
スピリチュアルなテクニックのアプローチがあるんです

決して、己が責任の所在を
"見えない存在"や"心霊現象"や"過去の人生の出来事"や
"過去生の自分"や自分以外の誰か、に押し付けるために
心霊的な施療や過去生セラピーやあるわけじゃない

心霊的な知識もヒーリングもリーディングも全部、
そんなことのためにあるわけじゃないんです




自分以外のところに原因を求めたい人にとって、
眼には見えない事象、非科学的な要因に
問題解決というよりは単なる責任の押し付けをしたい人には、



過去生や
心霊現象のせいにすんな!!

すべてはその性格だ!
あなたこそが原因だ!
問題の核そのものなんだ!



と言いたい


というわけで新宿区のはしっこで叫んでみました


ええ、たいていのカルマのレッスン(人生の学び)は、
「今」起きていること、
現在に起きているトラブルに真摯に向き合うだけで
それだけで乗り越えられるますのよ

自分の内側にある問題を内省して見つめれば

外側の事象は、
内在している問題を投影されたものであって、
痛みを与えてくれる人物は、
その人の欠点や問題点をディフォルメされた
キャラクターを演じることで教えてくれてるだけだから

うん
人は自分以上の人に出会うことは出来ないし
自分の頭で考え、思い描いたこと以外の現実には出会えない

痛みを与えてくれる人は「過去の自分」であり
今、自分が感じている「痛み」は、
まさに自分が過去に誰かに与えた「痛み」そのものだから

過去の自分であり内在している
自分の問題を表している人物と出逢っているだけだから

そして人は自分が与えたものしか与えられることはなく
得ることも出来ない
今自分が受け取っているのは、痛みも悦びも含めて
すべて他人に与えてきた「感情」だから
与えないことには何も得られない

私達は蒔いた種に日々出合っているだけなのだから



2019/02/25

改めてのお願い

【ギフト・差し入れに関して】

訪問の際に手土産を持参するのは、
日本人にとってはごく自然な当たり前のマナーでありますし、
美徳的な気遣いだと思います。
私も友人宅を訪問する際には、そうしています。

とはいうものの、
当方にお客様(サロン利用者)として来ていただく際には、
お気遣いなきよう、手ぶらでお越しくださるよう、
よろしくお願い致します。

地元の名物・名産を食べて頂きたいとの、
お心遣い、そのお気持ちはとても嬉しく思っております。

ですが、すみません。
体質的に食べられないものがたくさんあるのです。
好き嫌い苦手もありますが、アレルギー体質で、
避けていたり食べてはいけないという食材もあります。
共に生活している家族がいれば、
家族でありがたく頂くところですが、
なにぶん単身生活者で、
消費できる量にも限界があるのです。

そのような事情から、
差し入れはご遠慮させて頂いております。

このように、
webサイトや予約の際の案内等でも記述していますが、
それでも気を使って下さり、持参下さる方がいます。

アナフィラキーショックを起こすほどの
ひどいアレルギーではありませんが、
蕁麻疹が出たり、下痢や嘔吐を起こす食材などがあるのです。
(ちなみに、鰹、イチゴ、パイナップル・アレルギーです。
父親が小麦粉アレルギーなので、
私も一週間のうち、食べる量を制限しています。
そして、嫌いなもの苦手なもの、たくさんあります。
お茶やハーブティーでさえ、嫌いな種類もありますので)
昭和の人間ですので、食べ物を食べずに、
無駄にしてしまうことにとても抵抗があるのです。


どうぞ、ご理解のほど、お願いいたします。

皆さまのお心遣い、お気持ち、心から感謝しております。
その気持ちだけどうぞ頂かせて下さい。

クライアントさんの問題が解決して、
生きる力を取り戻して頂くことこそが、
私にとって何よりのご褒美で臨時ボーナスなのですから。


【遅刻・連絡などに関して】

交通機関の遅延、乗り遅れ、乗り間違いなど、
想定外のことが多々あるとは思いますが、
予約の時間に遅れる際には、
必ず一本お電話を下さるよう、
お願いいたします。
私がふだん使っているメールアドレスは、
PCのアドレスですので、当日の連絡は、
メールでは確認できないことが多いので、
電話にてお願いいたします。
(ショートメールなら可)

また、私はガラケーユーザーで、
スマホを使用しておりません。
ネットの閲覧は自宅のみとなっております。
(たまにipadを持ち歩くときもありますが)
ですので、問い合わせ(メールフォーム含む)を頂いても、
外出時はすぐに連絡出来ないことが多いです。
仕事中のときもそうです。

手紙世代であり、
もともとメールの返信もゆっくり目の方で、
オンラインでない限り、
頂いてすぐに返信を出せるというわけではないことを、
どうぞご理解下さいますよう、お願い申し上げます。

それから、携帯に直接お電話を頂いた際、
着信履歴がありましても、
留守番電話にメッセージがない限りは、
こちらからは折り返し致しませんので、
折り返し連絡を希望される方は、
必ずその旨、吹き込んで下さるよう、
お願い申し上げます。


【その他】
個人セッションでの入室は、5分前からでお願いしております。
それ以前のお越しは近隣にて時間をつぶすなり、ご自身で時間調整をお願いいたします。準備などありますので、誤解下さい。
なお、防犯上、鍵をかけておりますのでノックして(チャイムがないため)、こちらがドアを開けるまでお待ちくださいませ。
※ドアをガチャガチャされますと、故障に繋がりますので。

また当方の施設としてトイレはお使い頂けますが、洗面台などはお貸しすることが出来ません。歯磨きや手洗い、うがいなどはご遠慮下さい(おしぼりはお出ししております)。
アチューンメントやレッスンなどで食事休憩がある場合、外食をお願いしております。1時間取っておりますので、時間通りにお願いします。早めに外食が終わってしまった場合、外で時間調整をお願いいたします。

ご理解・ご協力のほど、お願いいたします。

2019/02/11

近況報告とイベント告知

気が付けば、最後のUPから3か月も経過しています。
とりあえず生きていますので生存報告。

最低でも月に一回は書こうと思っているのですが、
時間がまるっとあって、心にゆとりがある時でないと、
私の場合、blog記事をまとめることが出来ません。

せっかくTwitterもアカウント取ったものの、
まったく活用していないし、やはり放置しているし。

実は年末年始から咽頭炎でダウンして、
治ったと思ったら扁桃炎を併発し、
長引いてしまって、ちょっと大変でした。
(40度の熱出て動けず、話せず、食べれず、
3週間寝たきりになったので筋肉衰えて固まって、
顎関節症やら坐骨神意痛になるわで、痩せた)
インフルの検査もしてもらいましたが、
相変わらずインフル未経験更新中です。
(自己免疫疾患持ちなのに何故移らないのか謎)

blog書いてない期間にも、
私生活でも色々あり、
上記の事情でノックダウンしている時にも、
意識朦朧としながらも、
様々なこと考えていまして、
書きかけている記事も勿論、
書きたい事もそれなりに溜まっていますので、
来週ぐらいからぼちぼち書いていきます。
今日も時間ありましたが、結局書けず。


さて、来月の3月21日(祝日)春分の日に、
「魔女のお茶会」を久し振りに開催しようと思います。

セミナーやワークショップのようなテーマは敢えて設けず、
ヒーリングやスピリチュアリズムや霊的真理とか、
参加者の方の質問や知りたいことに応えていくとか、
(blogに書いていることとかについて)

後は、4月以降に
「スピリチュアリズム講座(初級入門編)」を
再開させようかと目論んで?いるので、
それのプレ的な説明会みたいなものもさせて頂こうかと。

「魔女のお茶会 in春分」
日時:2019/3/21(祝) 14時~16時半
参加費:2500円(お茶・茶菓子代込)
最小開催人数:2名
場所:有楽町線江戸川橋駅徒歩2分 新宿区山吹町
※Skypeでのビデオ通話による参加も可能です
その場合、お茶やお茶菓子なしです。ごめんなさい。

申し込み・問い合わせはメールにて
rasverry★yahoo.co.jp ★を@に変えて下さい


でもって、今平日の夜に開催している勉強会は、
いったん4月で終了させて頂きます。
仕事帰りに気軽に参加して頂ければ、
と考えて平日夜に設定していたのですが、
意外と難しいようです。

ですので、4月以降は(今のところまだ予定)
月1回あるいは2回日曜日の午後開催で、
前払:振込の月謝制にしようと思っています。
月謝は1万で時間は休憩入れて4時間くらい。
※Skypeでのビデオ通話による参加も可能
※病欠や忌引などやむを得ない事情で
 休んだ場合、振替受講も可
(平日開催は今のところ未定。要望があれば考えます)


安いからちょっと行ってみよう、と思われる方でなく、
何しろ深い知識ですから、本腰入れて、
真面目に学びたい、知りたい人という、
学ぶ意欲のある人に学んで欲しいと思いました。
いやさ、そうでなければ伝授できる知識ではないし、
当人も理解することも難しいし、
身に付く知識ではないからと教える側としても
痛感致しましたので。

基礎・初級は、霊的な知識を学ぶ意欲のある人は、
誰でも大歓迎ですが、それ以降、その先に関しては、
自らのエゴイズムと向き合って自己成長を遂げたい等、
スピリチュアル(人間的)な成長を自らに望まれる人とか、
そのような方いれば、中級以降も考えます。

とはいうものの、需要があるかどうかが問題ですが。
企画倒れになった場合にはすみません。