2019/06/15

真夏の夜の夢~夏至の瞑想会

そういえばこちらで告知するのを忘れていました


【真夏の夜の夢~夏至の瞑想会】

Summer Solstice Meditation
  2019/6/22(土)19時~21時

 参加費:2000円
 ※お茶・茶菓子込み

場所は当サロン(有楽町線江戸川橋駅徒歩2分)

★相変わらず思い立ったが吉日な告知ですが
今年の夏至が土曜日だったのでちょうどいいかもと
瞑想会開催を思い立ちました

瞑想初心者の人もお気軽にどうぞ
参加申し込みは前日まで


2019/06/04

他人のフリ見て我がフリ直す

時々ふとしたある瞬間に
まるでその当時のその空間に戻ってしまったかのように
過去の記憶がありありと脳裏に浮かぶことがあります
といっても過去生体験とかではなく
現世の、今の人生の何気ない1シーンです
それは数年前だったり10数年単位の前のことだったり

単純に言えば思い出したというだけなんですが

例えば子供の頃に見た鮮やかな海岸線
抜けるように青い空と
打ち寄せる波と白い砂のコントラスト
とても眩しい夏の日差し
いつどこで見た景色だったろう? 
どこの海だったっけ?(たぶん千葉ですが)…とか

以前一戸建てを借りれることになったときの
その素敵な家に棲めることになったワクワク感
あの頃はまだ若く希望に満ちていて
今がこうだなんて想像できなかったな…とか

風景だけでなく
その時に自分が考えていたことや
感じていた気持ちまでもが蘇ってくるのです


でもそうした楽しいこと
甘い痛みや淡い郷愁だけでなく
悲しみや辛かったことはもちろん
自分がどれほど青臭くて生意気な人間だったのか
情けないみっともない愚かな恥知らずであったのか
過去の自分のバカさ加減を客観的に見させられて
萎えてしまうというか穴があったら入りたくなり
消え入りたくなるような気持ちで
いっぱいにさせられることも日常多々あるのです

このblogでは
私の私的な体験談やどうでもいい戯言以外に

読む人に自分の身に置き換えて
あれやこれや人生や生き方について考えて頂くために
(輪廻転生やカルマのレッスン、エレメンタルのことなど)
見えない世界や霊的知識の解決も交えながら
仕事(セッション等)で知り得たことなどを
文章にまとめてあれこれ綴っているわけですが

良い言い方をすれば教訓話として
セッションを受けた人にも自分の問題を
改めて文章にされたものを読むことで
深い理解に繋がればとも
でも良くない言い方をすればお客さんや生徒さんや
周囲の人のことをネタにしてしまっていて
ともすればワルモノにして批判や批評するかのように
揶揄するように他人の秘密を晒しているとも
いえるかも知れません

書き方とか伝え方次第なのでしょうが
読む人に当人にも不愉快さを与えてしまうならば
それは私の不徳のいたすところであり
人間性の欠落以外のなにものでもありません
そういうのは文章力以前の問題で


そして何度もここでも書いているように
私自身は本当に普通の未熟な人間で
何か特別な才能があるとか資質に秀でているとか
そういうのもないですし(外見も人並み以下で)
人間力もありませんしストレス耐性も低いし
人生を達観出来るほどに精神的成熟度は達していないし
出来ないことだらけ欠点だらけのダメ人間です
霊性も大して高くないです

今でこそだいぶ
感情をコントロールできるようになりましたが
この状態に至るまでの私は目もあてられないほど
ヒステリーでキレやすく(まるで火病かって位に)
頑固で怠惰でルーズで口だけ達者の生意気で
こらえ性なく中二病+メンヘラちゃん+電波で
本当に何様ってくらいの傲慢な上から目線さんでした
(ものすごくめちゃくちゃな性格でいいとこなし)

昔の自分をなぐってやりたいと思うことは
一度や二度ではなく何度も思うことですが
そんな性分故に
本当にたくさんの人に迷惑をかけてしまいました

今もどうなんでしょう
人はなかなか変われないものですから
完全に変われたとは言い切れない部分もあります

ですから
このblogで書かせて頂いている
クライアントさんたちの問題は
実は私自身の問題だったりします

写し鏡とはよくも言ったもの

私はクライアントさんの問題を通して
私自身の問題に直面させられ対峙させられているのです
そしてクライアントさんの問題を見させられるたび
クライアントさんに対して何かアドバイスするとき
私にとっても耳の痛いことで
まるで自分のことを言われているようだ…と
「アイタタタタタタタ…」とよくなってしまいます

それはクライアントさんだけに限ったことではなく
プライベートにしても
私自身に痛い思いを与えてくれる人は
いやさそうした人たちを通して
私が与えられるその痛い思いというのは
私が過去に私に関わった誰かに
味合わせてしまった痛みであり
不快な体験で思いだったりするのです

だから私はこの仕事を通して
私自身の問題を知る機会をたくさん与えてもらっています

今の人生だけではなく過去生の私のしたことによって
誰かに与えた苦痛や悲しみ、不愉快な思いなど
様々な自分のパーソナリティ(性格)の歪みを気づかせられ
自分が過去に他人に対して何をしてきたか…
を見つめさせられてもいます

そうですね
子供を失くして狂人になっちゃったりとか
お役目放棄して自殺しちやったこととか
やっぱり現実逃避して自殺しちゃったりとか
陥れられたり殺されたことも数多いけど
それを恨みに思って引きずって性格めちゃくちゃ歪めたし
思い出せた過去生でもたくさん迷惑かけ通し


霊性が高いからとか霊能力があるからとか
他人より一段進んだ高いところにいるから
この仕事をしているわけでは決してないのです

むしろ人とはちょっと違ったこの個性や資質を用いて
私がクライアントさんのサポートをしているのは
私自身が傷つけてきた人たちへの
罪滅ぼしもあるのかも知れません
もちろん私の今生の親のカルマや先祖(士族)の
罪滅ぼしというお役目・負債も背負っているわけですが

まぁでも
私自身「変わる必要性」があり
「変わったこと」で日常や人生変わりましたし
生きやすくなったし色々な意味で楽にもなったし
「自分が変われば周囲も世界も
 人生も未来も変えられるんだよ」
っていうメッセージを込めて
かつての私自身のように
自分で蒔いた種に苦しめられている人を
少しでも助けてあげたいと力になってあげたいと
悩んだり苦しんだりした自分の経験を
他人の役に立てたいと思ってのこの仕事でもありますが

このblogで伝えたいことは
スピリチュアルなセッションの現場や知識から
学び得た教訓を多くの人にシェアすることで
それぞれの人に自分の人生や生き方や
周囲の人との関係性とかあやこれやを振り返ってもらって
自分の身に置き換えて考えたり思ったりしてもらいたいと
そして霊的知識を知る事で見えない世界と付き合い方も
知ってもらって「自分は何故生きているのか」
「どう生きればいいのか」などとかも含めて
色々なことに気づいてもらいたいなあと思いつつ
公開することが果たして良いことなのか否か
未だに良心の呵責もありつつ、公開させて頂いていますが

同時に私のようなダメダメな問題児でも
人は変わろうと思えば変われるし
自分が変わることで人生は変えられるよって
過去の生き方と決別して自分人の問題を直視して
向き合っていけるようになれば未来も好転しますよって
そんなこともお伝えしたいと思うわけです
私のどうでもいい人生の経験話が
他人の役に立つことがあるのならば…と


ちなみに
占星学上での私のホロスコープ(ネイタルチャート)では
ASC(アセンダント)に土星が乗っかっているのですが
(おまけに天王星と冥王星のコンジャクションが
それに対してオポジションという正反対の位置で
冷戦状態というか圧迫と攻撃をかけられている)
古典的な読みだと、「人生最初から積んでいる」
というか
「生まれる前から重荷背負って波乱万丈&前途多難」で
まるで地球背負っているアトラス状態なわけですけども

心理占星学とか最近の占星学の読みの方からだと
土星は運命の整体師さんなんで
この人生でのテーマは「人間性の徹底的鍛錬」
という暗示で「徹底的に今回は性格矯正やるど~!」
ってな感じになります
出る杭(欠点)をモグラたたきのように土星に叩かれまくり

まあ太陽も海王星も8ハウスで
ASCはボーダーな魚座で月もここですから
自分という器があやふやで不安定なので
しっかりと自分という器を作らんかい!なんですよね
自分の枠組みと芯を同時にしっかり作れと

何しろ自他ともに認める霊媒体質(憑依されまくり)で
ミディアム(ミーディアムではありませんっっ汗)ですから

だからこその過去の失敗でこの気質
この人生はつくづく
こんな自分には必要なものであったと痛感します

そういう意味で誰もが自分を育てるために生きている
成長しないことには痛みからも課題からも逃れられず
クリアしなければ終わらないダンジョンなのです

私はこの人生によって育ててもらっている最中です

そのためにたくさんの人に出会い
育ててもらいました
私がこんなで発展途上でしたから
せっかく出逢えたのに良い出逢いとはならず
お互いにイヤな思いをする結果になってしまったり
一方的に傷つけてしまったり失礼をしてしまったり
その関係を大事にしたり関係性を育むことが出来ずに
相手を消耗品のように扱うことになってしまったり
若さゆえの過ちと片付けるのは単なるイイワケで
決して若くはない最近のこともあるわけで

今の私だったらもっと違ったやり方があったろう
もっとうまく対処できたろう
別の言い方や接し方が出来たのではと思うことも

とにかく過去の自分のエゴイズムを思い出すとき
吐き気というか眩暈がするくらいに辟易しますが

過去にご縁があって出逢ったすべての人たちには
ただ感謝するばかりなのです
それがどのような出逢いで関係性であって
お互いにとってどんなに不愉快で悲しい別れ方
ご縁の切れ方をした方であったとしても
そのような出来事から私は多くのことを学ばせて頂きました
皆さんは私にたくさんのことを教えてくれた教師でした
そして私に様々な経験を与えてくれ
多くのものをプレゼントしてくれた人たちです
皆さんの存在、出逢いによって
私という人間は育ててもらいました

今の私があるのは皆さんのお陰です
本当に心から感謝していますし
当時の私達の関係がどうであったとしても
どのような問題があ互いにあったとしても
私のことを恨んでいたり嫌っていたり
私のことを思い出すだけで苦痛で
気分が悪くなる人もいるかも知れませんが

それでも私は皆さんの幸福を心から願っていますし
この人生で出逢ってくれたことやご縁があったことに
深く感謝しています
それぞれに意味のある出来事でした

頭ではもう許してはいても
心のわだかまりというのはなかなか溶けないものだから
今の人生では和解や再会はないでしょうが
いつかまた別の人生で出会ったときには
笑顔でお会いして良い関係を築きたいものです

そして今の人生でも
もしも私が貴方たちのお力になれることがあるのなら
出来るだけ私はサポートをして差し上げたいと思っています

でも私もまだまだ発展途上で
未だに克服できていない欠点もたくさんあります
忍耐もまだまだ足りません
やり方を間違えてしまうこともあるかも知れません
それだけご容赦くださいませね


………って

急に「どうしたんだ!」というような
お便り口調になってしまいましたが

何て言いましょうか
私がされたのではなく
してしまったた方の立場で
過去に色々とイヤな思いをさせてしまったり
迷惑をかけてしまったり
申し訳ないことをしてしまった人に対しては
その人に直接お詫びをしたいと思うのは
単なる自己満足ですから
ではどんなことが過去の償いになるのかというと
やはり私がまともな人間になることかと
きちんと過去の自分を反省して
同じ過ちを繰り返さず
人として成長してスジの通った生き方をすること
社会に貢献できる人になること
そして
今出来ることをきちんとして
問題や自分の弱さから逃げずに
自分に与えられた仕事に取り組んで
全力で自分の人生を生きること
目の前の人間関係を大切にしていくこと

だけかなって思います

今の私と友人知人でいてくれる人
繋がってくれている人たち
まだ見ぬご縁の方たち
これから出会うであろう人たち
こんな私を信頼してくれるクライアントさん
これから訪れてくれるクライアントさん
そういう人たちと真摯に向き合っていくこと
誠実にそしてそのご恩にや気持ちに報いれるように

とにかく自分自身を鍛錬して研磨して
心のケガレやエゴイズムを取り払って
人として正しい生き方が出来るように
日々修養していくしかないです

2019/05/31

料金のお話

先日お越し下さったお客様が
こちらのブログ(サイト)はもう数年前から知っていて
セッションに伺いたいとずっと思っていたのだけれど
経済的理由でなかなか来れなかった
とお話して下さいました

そう仰って頂けるのは嬉しくも有り
逆に申し訳なくもあり

料金体系については
以前にもやはりどこか過去記事に書いたと思うのですが

占い師として占いの館などに出ていたときは
20分2000〜3000円が代金の相場でしたし
今の様に自宅でのサロン形式にした時も
普通の派遣OLさんでも支払える金額にと
低価格で設定させて頂いていたのです

でもそうすると
自分の問題にきちんと向き合うというより
それではうちが提供しているサービスの主旨とは
ミスマッチングだしちょっと違うんじゃないか
という方の来訪が多くなり
お客様を選別する意味でも値上げさせて頂いたのです


理想としては
困っている人や行き詰っている人こそ
手を差し伸べたいし低料金に設定したい
とそんな風に考えていた時期もありましたが
私のセッションでお伝えしている過去生のこととかは
そんなに簡単で気軽に提供してよい情報でもない
というのもあるのです

ただしヒーリング(気功)だけとか話を聞くだけなら
また違うのかな
サロンとは別の場所で
ふつーの占いとかヒーリングだけをするなら
低価格な料金の設定は可能になります
(自宅だと短時間できっちりが難しいので)

まあ単なる占い師として働けそうな場所とか
ヒーリングだけができそうな場所があれば考えてみます
問題はそういった場所が見つかるかどうかですが

確かにたった20分の会話(やりとり)で
具体的にヒントを見つけて切り替えられる人もいるけど
何時間も話しこまないと・・・という人もいたりして
こちらが各自に合わせてというのは難しく
お客さん自身が今の自分にはどういったサービスが
必要であるのか、自分が必要としているのは何か
というのを考えた上で選んでもらうしかないのです

経済的にどん底だから助けて欲しいけど
血路を開く為に何とかしたいのに
病気で働けなくて治りたいけど原因不明で
借金を抱えててどうにかしたいけど

そんな理由でお金がないという人も多く

私自身も色々ありましたからわかるんですけど
でも高みに達していない私には
まだ他者に対してそのような
霊的なボランティアができるほどの
現実的にも精神的にも豊かさが足りてないので
今はまだできないなと感じています

そういう人には自力で努力する方法を
こうしたブログとかアルファーの魔女ブログの方とか
ネットで流す無償情報を提供させて頂くしかないです
今は

自分でセルフカウンセリング(セラピー)をしたり
セルフヒーリングやワークをしたり
悪い習慣を絶って運気を好転する方法とか
お金をかけずに自分でという方法を
こちらでも紹介できたらなと、はい
少しずつですが

2019/05/20

君子は和して同ぜず小人は同じて和せず


以前というより何度か書いたことがあると思うのですけど
私には同業の友達がほとんどいません
ほとんどというより皆無に等しいですね
程よい距離で長くおつ付き合いしているのは
アルファーのローズマリーさんくらいかな
(彼女はホント素敵な人でいつも助けて頂いてます)

この世界個性的で変わった人が多いので(私を含めて)
趣味や会話の面で共通項目のある人が少ない
といったほうが正しいかも知れません

というのも
私はいわゆるスピ話というのに興味がなく
プライベートは完全に俗物なんですね

私自身、十分に電波系なのですが
だからといってすべての電波さんと話が合うとは限らず

たぶん私は
スピリチュアルなことを教えてはいるけれど
ジャンル的傾向?としてはスピ系の人よりは
オカルト系とか魔術話とかそっちの方の人との方が
話が盛り上がったり合うことが多かった気がします

たぶん視点も異なっていて
ベースにある知識も違うからなのでしょう

お互いに視えているもの視ているものが違うから
会話が噛み合わず成り立たないのです
それだけのことです




以前こんなことがありました

とある、自宅の一室を解放して知人に貸し出し
ワークショップなどを開催している人がいたんですが
室内を思い切ってリフォームするとのこと
ですが、その部屋では今まで
たくさんの集まりがあったので良いエネルギーの和
とってもグッドなグループエレメンタルがあったんですね
全面改装するとなるとそれって壊れる可能性が高いから
こうしたことを説明した上で
「このGエレメンタルは4次元の別なとこ移しておいて
 リフォーム終わってから戻すといいよね」
という話をしたんです
同じ知識のバックボーンがある人たちだから
(私よりも長く学ばれてるし)
それで通じたと思い込んでた

(ちなみに
神社の本殿の改装とか移築とかでも
行われている昔ながらのスタンダードな方法です)

ところが彼らは
室内にある家具は買い替えずに(レンタルルームに)保管して
リフォームが終わってから戻すといいよ
という風に理解をしていたのでした

私の説明が悪すぎたとしかいいようがないのですが

「あれっ? どうしてそーなった??」

とちょっとした衝撃だったんです

同じ知識を同じ場所で学んで(私よりももっと古くから)
当たり前のようにエレメンタルの話をしていたから
エレメンタルのこと解っていると思ってたのに
エレメンタルの話が通じてない

なので同じ知識を持っていても理解度は異なるもので
相手も同じものが視えているとは限らず
同じ世界に捉えているとは限らないのだと
改めて痛感した出来事でして
言葉もですが伝え方って難しいなと


そうしたことも含めて
霊的な信念体系や価値観が異なる同業の人とは
捉えている世界や視ているものにギャップがあるので
話が噛み合わないってことも出てきちゃいます

他者や情報交換に否定的なつもりはないけど
互いを尊重し合える対等な関係を築くには
接点や共通点がないことには
始まらないなってのはありますよね

そういう意味では私は日常において外の世界に
スピリチュアルな情報を求めてはいないので
(無関心というか触手が伸びないというか)
スピ仲間を求めている人に対しては
私はちょっと違います、ごめんなさいという感じです

まぁリゾート感覚で瞑想村に行ったり
心身を鍛えるために滝に打たれに行ったり
神社やお寺にも行きますし
そういう場所で知り合った人と
その場限りのおしゃべりや
一期一会の出逢いを楽しんだりもしますけど
なんていうか積極的に「お仲間」を
求めているわけではないのです

もちろん意気投合して仲良くなれる人がいれば
それに越したことはありませんし
そうした出逢いを拒絶してはいません
なかなか出会えませんが


話は変わりますが
私は決して友人は多くないほうですけど
私の友人は私の仕事のことは知っているけど
私が仕事としている分野の助けを
必要とはしない人たちばかりって感じです
もちろん彼女たちにも悩みはあります
人生に問題がないわけではないのですが
友達に相談はしても
占いだとかスピリチュアルなことに頼るようなことは
考えない人たちですね
そうした話もほとんどしないし
私がすれば聞いてはくれるけど(愚痴とか)

みんなアクティブで外交的で
人間的に自立しているというのが共通点でしょうか
専業主婦も子無も子持も孫持ちも独身もバツイチも
うんと年下もうんと年上(70代80代)の友人もいますが
協調性があって社交的ではあっても
群れることなくおひとり様も平気な人たちばかり

だからこそ長く付き合えている
何かあったら助けてくれるけど
寄りかかりすぎず頼り過ぎず
互いの負担にならないちょうどいい距離で
悪く言えば甘えられない程よい距離感w

ホントにフツーの友達です
家族のこと人生のこと仕事のこと
将来の展望や不安、心配ごと
好きなことや興味のあること
昔話やどうでもいいことことから深い話まで
色々話はするけれど
たわいのないおしゃべりがとても楽しく
素のままの自分
タダのオバサンでいられる時間は
人としてとても大事だと思ったりします


クライアントさんや生徒さんとして
出逢った人と仲良くなって
仕事抜きで長いお付き合いになることも稀にあります
ですがそれは
きちんと「わきまえて」くれる人とだけの話です
今のところそれはほんの数人だけですね

仕事の依頼とプライベートを分けて
公私混同せずに関係性を築ける人との間だけ
それ以外の人とは距離は置かせて頂いています
(レイキのレッスンなどで地元を案内がてら
ランチをご一緒することはありますが)
皆さんで、という一対一にはならないときなら
ご飯に行ったりしますけども

お互いに気持ちよく健康的な関係でいるために
必要以上に距離を詰め過ぎないよう
親しくならないように気を付けてはいます


このような仕事をしていますが
私はプライベートでは漫画を読んだりゲームをやったり
一人でカラオケ行っちゃったり
カフェとかでまったりお茶したり
美味しいものを食べるのが好きで
ぼっーとだらだら過ごすのも大好きで
運動音痴ですが阪神タイガースファンで
モルツドリームマッチに毎年行くのが楽しみで
和楽器バンドのFC入ってて新年会が楽しみで

ネットサーフでまとめサイト読んだり
Youtubeでミュージックビデオ見たり
(ハードロックやプログレ、ブリティッシュロック好き)
鉄道系や飛行機系YouTuberの動画見たり
歴史系や史実系、しくじり企業やゆっくりボイス
ナショジオの番組や犯罪や事件記録
シリアルキラーものやプロファイリングものとか
んな動画や資料を読むのが大好きだったりして

そのように普段は
「スピリチュアル❓ なにそれ 美味しいの❓」

みたいな感じの
スピリチュアルとは全く縁のない趣味つーか
日常を送っている根っからの俗物でございます

2019/05/17

隣人の残留物

以前に書いた記事
「家族を守護する家のオーラ~空き家は魔の巣窟」
でもちらりと触れましたけど
家や建物、土地などには
そこに住んでいた人のエネルギーの残留物が
居残っていることがかなりのケースであります

長く住んでいれば住んでいるけど…でもあるし
住んでいた人が強烈な人であれば
(良い意味でも悪い意味でも)
短期間に滞在していただけでも居残るものはあるし
まして「事件」が起こったとなると
そうした残留思念も土地が出来事を記憶するかのごとく
いつまでもそこに存在することになります

賃貸でもそうですが家の持ち主として住んでいたり
先祖代々その土地に住んでいたなんてことなら
なおさら土地に居ついている残留物としての思念
すなわちエレメンタルの総量はハンパないです
それこそ汚部屋や汚屋敷の比ではなく…

事故物件でないからって安全というわけではないのです

ただ、良い土地、良い物件というのは
基本的に居心地が良いので人が動かず
家や土地自体も「住人」が気に入ったら
バックアップするかのごとく支えてくれますから
入れ替わりは自然と少なくなりますね

とはいうものの
土地も家も自然の摂理の中で
太陽の「光」と「氣」の循環による自浄作用で
遅かれ早かれクリーニングされてはいくのだけど
風水の観点から見て
よろしくない土地や物件というのは
得てして氣の循環悪くこの自浄作用が上手く働かない
いつまでたっても「ケガレ」が居残り
なかなか消えない「ケガレ」によって
新たな「ケガレ」を周囲から引き寄せて
貯めこんでしまうところでもあったりするので
キレイにするためには
人工的な働きかけが必要になってしまいます


さて前置きが長くなってしまいましたけど

先日のことですが、10年以上お付き合いがあり
スクールの元生徒さんでもあるクライアントさんが
体調を崩されてなかなか回復しないとのことだったので
遠隔ヒーリングをさせて頂いたんですね

ふつーのレイキのマグネティックヒーリングをしていて
さて部屋の掃除をするかーと…そうしたらば
ふと壁際から飛び出して乱入しようとしてきている
ある奇妙なモノがたくさんいることに気が付いたんですね

その姿カタチを見て

「ラ、ランゴリアーズ?」

と思ってしまいました

スティーブン・キングが好きな人なら
わかると思うんですけど
(TVドラマ化はされたけど映画化はされてなくて
日本でかなり以前にNHKで放映されたかな?)

うんとー こんな感じ


似てるってだけでまったく同じでないです
こんな風にとがった歯はなかったけど
唇が分厚くて、こんな風な口から
舌が蛇みたいにでろーんで飛び出してた
で、こんな感じに同じものがたくさーん

想像されると気持ち悪いでしょw

ええ、皆さん視えないだけで
人が作ったこういうもの
たくさんそこいらに存在していますよ

皆さん視えなくて幸いだと思います
それでもまだこれはマシなカタチな方かな
もっと気持ち悪いものたくさんあるから

ちなみにその方はこ洒落たテラスハウス風の家に
住んでらっしゃるのですが
このGWにお隣さんが転居したとのこと
はい、このランゴリアーズもどきのエレメンタルが
侵入しようとしている壁の方のお隣さん

壁一枚で繋がっていますから
たまに口論していたりなど
「もしかしてDV?」と思うようなことがあって
心配はしていたそうなんですね
(でも人付き合いを避ける感じの奥さんだったみたいで
そういう声掛けが出来る雰囲気ではなかったらしく)

どうもDVっていうよりは
モラハラ旦那さんだったみたいです
このランゴリアーズもどきを見る分には

エネルギーをくれていた主が
転居でいなくなってしまったから
エネルギーを求めて暴れていて
かつまた隣人宅に侵入しようとしていたみたいっっ汗

入ってこられたら困るしガードするしかないですが
こんなのが隣家にうじゃうじゃいて
壁一枚の距離で暴れまくっていたらば
直接に接していなくても悪い影響を受けそうです

そういえばGW明けて治っていたと思っていた
風邪がぶり返したのもドンピシャなタイミング


まあそうですね

言葉のエレメンタルは良いものは「言霊(言魂)といいますけど
良くないものはどれもこんな
ランゴリアーズみたいな口のお化けですね


人の悪口や噂話をしている人の周囲にも
こんなエレメンタルはたくさんたくさん大量にあります
そしてこういう形の生霊が相手の元に飛んでいきます

悪意があろうとなかろうと
他人に対して口うるさくあーだこーだ言う人
人を批判する人、言葉で口撃する人
こういうエレメンタルを毎日大量生産しています
しかもマジンガンのように連続発射で
その人の口から実際に出てくるんですよ
このランゴリアーズが

見てるだけで吐き気がしますけど



このストーンズのロゴみたいなモノもありますけど
(これはまあカワイイ?のかな?)

生霊として相手の元に飛んで行っても
最終的には必ず作った当人の元に帰ってくるから
このランゴリアーズに喰われてしまうのは
その人自身ですけどもね

その数が多ければ多いほど後始末が大変そうです


しかしモラハラな人のこういうエレメンタルに
毎日口撃されてたらば感覚が麻痺して
奴隷乙になってしまうのも解るような気がします
洗脳をする人というのはやっぱ皆
こういうエレメンタルを作って
対象者のオーラやチャクラに埋め込んで
エネルギーを奪っていくのだなあと
実際に大量に放棄された引っ越しゴミとしての
エレメンタルを視て、そう思ったのでした


遠隔だとちょっと弱いから
今度なんとかしに行きますけどね
それまでこのランゴリアーズに
侵入されないように頑張ってねっっ
(って今その体力がないっちゅーの)

2019/05/10

女の望みは神の望み

※タイトル→(諺)女性は一度思い込んだら
何が何でも自分の欲望を満たすものだの意

それが恋愛にせよ結婚にせよ
パートナーたる相手のことを
自分の望みを叶えてくれる
道具か何かと勘違いしている人がいます

ほとんどの人はそんな風に
自分が相手のことを
「自分の願いを叶えるための存在」
として捉えてしまっていることに
まったく気づいていません

「結婚して、二人で協力し合って
 一戸建てを持つのが夢だった」
「彼と結婚して、
 彼の子供を産み、家庭を作りたい」

そのような願いを持つことは悪いことではないし
誰しもが描く、ささやかな将来の夢だと思います

ですが、それはあくまで
「その人自身」の個人の夢です

肝心なのは相手も同じ夢を持っているか否か

お互いが目指して思い描いている
将来設計の方向性が同じなら良いのです
まったく同じではなくても
共通点や類似点が見いだせて
妥協してすり合わせていくことが可能なら
そして愛情が緩和剤となるならば
譲り合って何とかなるでしょうし
同じレールの上を旅することが出来るはずです

需要と供給のバランスが合っているかどうかですね
(互いが互いを利用し合っていたとしても
互いがそれを承知で利害が一致していれば
結果オーライでそれでよいのです)

ある人が個人として、叶えたい夢や
理想の未来像を持っているように
そして絶対に譲れない条件もあるように
他人もまた同じように、叶えたい夢や希望
理想の未来像を持っているものです
絶対に譲れない条件なども合わせて

だけどほとんどの人が
自分の条件を優先してもらうことを相手に望みます
何よりも先に自分が幸福になる条件を
相手に叶えてもらいたがるのです
その前には相手にとっての幸福や望みなど後回しです
といいますか
どうでもいい知ったこっちゃないみたいな人多すぎ


恋愛(交際)中はお互いを知る期間ですが
結婚は契約関係です
子供を産む産まない
産まれたら子育てをどうするか
産まれなかったらどうするか
お互いの親の介護問題
結婚してからの家計や親戚づきあい
住居問題から老後のことまで
あらゆる結婚後の生活プランについて
価値観などすり合わせて話し合ってからが理想です
でも肝心のそこはおざなりで
「とりあえず結婚する」
ということが第一の目標で目的となっていて
結婚後に「こんなはずではなかった」
と理想の結婚生活との相違に文句を言う人ばかり

まあ、100%合う人なんて
自分以外にはこの世に存在しませんので
誰かと関わっていくこと、家族になることは
妥協とすり合わせの連続ですけどね
決して容易な道のりではありません

ひと昔前の結婚は女性にとっては就職でしたけど
今の時代は自分で選んだ道
人生の選択肢のひとつです
パートナーもお仕着せではなく
自ら選ぶことが出来て拒否権もあるのです
誰かと一緒に生きることを選ぶのなら
自分一人だけの都合ばかり考えてはいられません
(一人ひとりせ選択肢が与えられた結果
結婚しない人だけでなく出来ない人も増大しましたが)

その辺りはちょっと置いておいて

結局のところ
惚れて「この人」と思った
大好きな相手と結婚したとしても
いやさまだ交際や片思い中の段階であっても
その人と結婚したいといいつつ
「相手の幸せ」よりみんな
「自分の幸せ」がプライオリティの一番にある

自分が思い描いている「理想の結婚」や「未来」が
相手にとっても「理想の結婚」や「未来」であるとは
必ずしも限らないのに
むしろ相手にとっては求めているものとは真逆のもので
その方とのご縁が一番の幸福であるとは解らないのに

相手を好きだ、誰よりも愛しているといいながら
「相手にとっての幸せ」とは何かを考える隙間はなく
「相手を幸せにしたい」という想いはなく
「自分が幸せになりたい」から「この人を望む」
という、相手が自分の理想を叶えるための存在として
見てしまっていることになかなか気づかない

ようするに相手を愛しているのではなく
自分だけを愛しているんですね
相手のことなんて愛していないんです

そして困ったことにほとんどの人が
それを愛と勘違いしていて
自分の望みを叶えるための存在として
相手をみなしていて
なおかつ相手を自分の考える幸福のために
利用しようとしていることに
気が付いていないのです
自分がエゴイズムの奴隷となっているということに…
だからよしんば目的が叶ったとしても
一時的な満足は得られても真の意味での幸福
相互理解に基づく愛情は得られないんです
エゴイズムで利用し合う関係はいずれ崩壊します
ですかいつかほころびが生じます
もしくは何か大きな試練や喪失を経験するでしょう
互いに対してカルマを背負うことにもなりますし


その人にとっての本当の欲しいもの
その人が求めている幸せを知ろうとはせず
その人が叶えたいと考えている夢や理想を
自分が叶えてあげたいと
相手の望む幸福を自分が与えたいとは思わず
そこは無視しちゃって
私は「この人がいい」ってなっちゃってるのは

実のところ
相手に愛されることで幸せになれるという幻想は
相手に愛されることで幸せになりたいという欲望


本当の愛は相手の幸せを考えることですから
そこに真実の愛情があるのであれば
相手を「幸せにしてあげたい」というのが
プライオリティーの一番に来るはずです

それは自己犠牲とはまた別だったりしますが
その辺りの区別も難しいとこですね

結婚はまあ、恋愛と違って
そこは家族になって「家庭」を持つという契約なので
愛情がなくとも互いの利害が一致すればそれはありで
大事なのは「株式会社家族」における
共同経営者としての方針の一致でしょう
経営方針や理念が一致しないのであれば
共同経営者になるのはそもそも無理があります
愛情だけでは共に「生きる」ことは出来ませんから

話し合っても
妥協点がどう考えても見いだせないのであれば
それはいずれ経営破綻につながるから
清算するしかない関係って感じでしょうね

でも、それぞれがパートナーに求めるものや
こうありたいと欲するライフスタイル
人生に望むことや理想の未来予想図が
一致していなかったり大きなズレがあるのに
自分の未来予想図や理想ばかりを相手に押し付けて
相手が求めている幸福をいっさい無視して
自分の望みを叶えてくれない同じ夢をみてくれないって
そういうのは、それは本当に単なるワガママで
自己愛を相手に投影しているだけで
相手の人間性とか尊厳とか人生とかをまるっと
踏みにじっている行為で自分以下の奴隷ですって
そんな扱いをしているのと同じだって
気づいて欲しいなって思います

本当に好きならば
相手のことを想う気持ちに嘘がないなら
「何が一番相手にとって幸福か」を考えられるはずだし
結婚相手に対しても(したい相手に対しても)
ちゃんと相手の気持ちを聞き、自分の気持ちも伝えつつ
相手の望みも尊重して探り合っていけるはずだから

いずれにしても恋愛も結婚も人間関係で
関係というのは築いていくしかないんですよ
話し合って気持ちを言葉にして伝える努力をして
想いや感謝を態度に表して 
相手の愛情を読み取ろうとしたり
自分の愛情も相手にわかるように示して
上手くいくためのやり方を試して試して
それで進んでいくしかないです

性的なセクシャリティで未来永劫続く関係なんて
ほとんど皆無なんだから
そして恋愛ホルモン?も2年しかもたないので
人として長く関わっていける相手かどうか
友達(親友)とも同士とも同居人としても
上手くやっていける相手かどうか
譲歩し合うべきところがたくさんあるんで

結ばれる縁がどうこうとか運命の相手とか
過去生からの知り合いとか過去がどうだったか何て
そんなんぶっちゃけ関係ないです

今の人生で出会って関わっている事実がすべてで 
今その人が表しているパーソナリティがすべてで
ここから始めるべき関係だからです

そして相手やその人との未来に強く執着する前に
きちんと自分の心に問うて考えて欲しいのです

「あなたは本当に相手のことを愛しているのですか?」

「自分が愛されたいがために相手を求めていませんか?」

「その人のとっての幸福を考えてあげてますか?」

「あなたは相手を自分の幸福のための贄に
 しようとはしていませんか?
 相手を利用しようとして相手の個人としての尊厳を
 無視したりとるにたらないものと軽視していませんか?」

「相手を愛していると口にするとき
 自分ではなく相手にとっての幸福は何かを想い
 相手を幸福にするために
 自分が出来ることを考えたことはありますか?」

2019/05/04

我が身の臭さ知ることなし

「どうしていつも自分が
他人から嫌われてしまうのかその理由が解らない」
という人がいた
学生時代も、就職して社会人になってからも
結果として転職を重ねることとなり
人間関係の軋轢は様々なストレスを生じさせることになる

言葉で説明されて理解することができる人ならば
問題はもっと早くに解決出来ていただろう

人に嫌われる理由は
呪いや祟りでもなく霊のせいでもなく
過去生の出来事に起因するものでもない

しかし過去生が関係していないと言えばウソになる
過去生から学習せず人間性が
「何も変わっていない」ことも原因なのだから

人は簡単に変われるものではない。
経験して痛い思いをして、自分で学んで、
心を改めて、変わろうと努力しないでは、
その成果は人生において結実することはない

当人が自分をどう表現しているのか…
他人に対してどのようにふるまっているのか…
心根というもの、それは表情やふるまい
ちょっとした言動や行動に簡単に現れる

そうしたふるまいとか
こういう時にこのように発言したり
こんな態度が原因ですよと
当方に来た時点でそれを示唆するような
決定的な出来事が起こるから
他の人がそれまでその人に対して感じて
故にその人に対して視線が冷たくなっていったり
態度が変わっていく様を
そのタイミングで「ここです、これですよ」
「こうされると他人はこう思うんですよ」と
実地で示してもそこに結び付けることはなく

トップの質問にこのような
他人が引いてしまう行動を取っていることなど
指摘したとしても
「傷つけてひどい」みたいな態度では
「周囲から嫌われしまう自分」を
改善しようとしているではなく
「私を嫌っていじめる人たちはひどい」と
結局、自分の内に原因があることは認めず
外に原因を求めてその答えが得られないことに
不満を示して、アドバイスを聞かないでは
大金を払ってセッションを受けても意味のないこと

言葉で指摘しても解らないのならば
態度で示すしかなくて
でも態度で示してもあれこれ生意気な講釈で
こちらを逆に批判して
とても人に物を訪ねたり教えを乞う態度ではなく

そうなると
これは本当に「経験」するしかないことだ

上手くいかない人生の逆境と逆風の中で
その性格を他者に嫌われるという痛みをとことん味わって
その心根や自分が表していることのせいで
自分の人生が貧しくなっていることを思い知らされて
それがどれほど自分にとって不快でイヤな状況であるのか
「もうこんな人生イヤだ、勘弁してください!」
って、とことん追い詰められて
自分に合いそうがつきて、あるいは
自分を心から何とかしたいって切望するまで
たぶん

今の状況は続くんだろう


そういう人に手を貸すことは出来ない

手を貸しても何も変わらないだろう
これ以上、私にできることは何もない

知識を教えることはできるし
行動の指針やアドバイスを与えることはできる
だけど心は、心だけはどうにもならない
その人がその人なりに耕すしかない

心の成長には時間が必要で
他人への愛情や思いやり、優しさや気遣いを表現し
それを行動出来る人になるためには
経験が必要になる

私が他人を変えることは出来ない
自分を変えることが出来るのはその人自身だけだ

性格の悪い癖を改める手伝いは出来るが
当人が客観的に自覚して直したいと
真摯に取り組みたいと切望あってこそ

「私は悪くない」と
どこかまだ「他人」のせいにするところがあるうちは
状況は何も変わりはしない

その人自身が変わらなければ
人生も周囲も何も変わることはないので


そんな風に「変わりたい」と口にしながら
周囲や状況が変わってくれることを期待している人は
本当に多いです
根っこのところでは変わりたくないというか
実のところ自分が変わることは望んでないんですね

レイキ(アチューンメント)を受ければ
セッションを受ければよくなるだろう…

いやさそれで人の「性格」は変わりません

欠点は誰にでもあって然り
知らないこともたくさんあるのは仕方ない
他人に指摘されても長年の習慣や口癖や
行動を変えるのは難しいこと
でも身に着けようと努力することは誰にだってできる
真摯に自分と向き合い、謙虚に他人の言葉に耳を傾けて
感謝を口にして必死になっていれば
それを助ける用意は周囲にも出来ているから

でもそうでない人に他人は厳しい
厳しいというより そこまでする価値がないと
判断したら誰だって それ以上は手を貸しません

本人にその意志がないのに
他人がどうこう出来る問題ではないのです

新しい時代

平成が終わり、令和と言う新しい時代が始まりました
あくまで「日本」という国の運気的なものですけども
はい。地球規模のことではなくて、
アジアの小さなエリアにおける小スポット的なサイクル

私はこの日本という国が好きです
良いところばかりではなく良くない面も
それなりにたくさんありますが
それでもこの国の伝統とか風習とか
そのようなものに愛着を感じますし
日本人として生きられていることに感謝しています

これまでに何度か人生を繰り返してきた中で
こんなに平和でモノに恵まれた静かな時代はありません
それでも時代の目撃者として
20世紀から21世紀初めの今に至るまで
それなりに映像やネットを通して
様々な事件や世界情勢の変化を
時代の目撃者の一人として見つめてはきたわけですが

さて
これから書く事は変人の妄想、戯言と聞き流して下さい
嘘や作り話で良いのです 信じる必要はありません
確証なんてどこにもないのですから

私の霊性はまだまだ低く発展途上です
当然ながら完全記憶はありません
150年前はカナダ人のふつーの主婦で
100年前の今頃はアメリカ人として
ニューヨークはマンハッタン在住だったらしいですけど
英語はまったく出来ません 話すことも書く事もダメです
もっと昔に霊性を磨いて精神的な高みに達していたならば
完全記憶を持って英語もフランス語もドイツ語も
ラテン語も中国語もロシア語も話せていたでしょうが
(あるいは習得するのは楽だった)
今生においてさえ日本語すら怪しいものです

こうした過去の記憶は本当に断片的なもので、
「思い出した」と言う言葉では表すには
おこがましいほど頼りなく、朧げなものです
私の頭の中の作り話かも知れませんし
昔聞いた物語や誰かの話を
「記憶」と勘違いしている可能性は否定できません

ただその断片的に思い出されるシーンのかけらが
やけにリアルで生々しく
不思議な感覚と感情を伴う経験というだけで

まあ、それはそれとして

今回平成から令和へと移行したわけですが
昭和が終わったときと違って
天皇陛下の崩御と言う哀しみが伴ってないせいか
当日はまったく実感がなかったわけですが
時代の移り変わりの速さというのを考えたとき
何とも言えないノスタルジックな
郷愁と感慨に襲われたりしました

だってそうです
100年前、私は第一次世界大戦後の不況で
札束が紙くずになったのを見ました
祖国に見切りをつけた親と移民としてアメリカに渡り
金融業は成金の娘として、人よりはいい生活して
チャールストンを踊って
チャップリンのトーキーを見て
アンナ・パプロワの瀕死の白鳥に感動して
バレンチノの死を悲しんで
禁酒法の時代のバカ騒ぎ、そしてコットンクラブ
エンパイアステートビルが出来あがるのを見て
そんなアメリカの好景気を堪能して時代を謳歌して
でもブラックフライデーがやってきて
何もかも失って 身近なたくさんの人が死んで
混乱の中
再びヨーロッパできなくさいことが起きて…

日本でほんの10年位の人生を生きて
また同じ国に生まれて昭和から平成そして令和 

今の人生半世紀ちょっとしか生きてないけど
同じ年の友人より記憶の始まりが早いから
(多分連続して同じ国に生まれたからでしょうね)
50代というよりは60代の感覚だったり

だからなんていうか
本当に時代の移り変わりの速さの前に
びっくりしているというか
昔はもっとゆっくりと時間が流れていたというか
変化もとてもゆっくりで
新しいものや便利なものが生まれても変化の波に
ついていけないとかそういうのはなかったんですが
ここ20年位の時代のスピーディさは
確実に過去のどの時代にもなかったもので
すごくとまどっているわけです

振り返ると「あいやーびっくりだあ」なんて感じ

いやさ単純に年を取っただけだろうって
そりゃ孫がいてもって年なんですから
当たり前ですよね


そうですね イレギュラーもあるけど
平均的というか過半数くらいの人が
死後10年~20年位で生まれ変わるから
(自殺した人はもっと遅いし
戦争や自然災害で亡くなった人
事故死した人は死後数年とサイクルが早い)

マリリン・モンローもケネディも
チャップリンもバレンチノも
ヒットラーもスターリンも
(正確には…だった人たち)
みーんな生まれ変わってるわけです
もうとっくの昔に

それぞれがカルマを背負って
新しいブループリントの計画のもと
別な人生を生きているのですね

そしてどこぞの高貴なお生まれの方々も


生きている間、その責務と孤独に悩まされ
自由のない生活の中、病気がちだったその人は
今は伸び伸びと一市井の庶民として自由に生きている
電車に乗って何処へでも好きなところに気のままに
思うことを口にしても誰にも咎められない人生
病気故に話したい事も話せなかった口は
今は滑らかにとても流暢に
立て板を流すように淀みなく話すことが出来る
色んなことを自ら発信できる人生
古臭い伝統にがんじがらめにされた
その人の今生の職業は
時代の最先端にある子供たち憧れの職業

あの人生においても
そんな風に生きたかったんだろうなって思う

そして覚えてないはずなのに
平成から令和へと変わるその時に
過ごす場所はそこなんだと
すれ違う自分の子孫を眺めることになる不思議
(いやさ今は血は繋がってないけど)

運命の糸は面白いものだと思う

そんな風に誰しもが
自分の子孫あるいは今の血の先祖と
すれ違っているかも知れない奇妙な不思議
そしてそれを映像で見ることのできる不思議

面白いしなんていうか今の時代だからこそ
リアルで体験できることなんだと思う
(まあ、私の頭がおかしいだけなんだろうけど)


でもそう
今はとても重い責務と自由のない世界にいたとしても
この彼のように、来世はみんな自由に
好き勝手に生きる自由も選べるからねって

だけど 今はそれが道だから頑張ってって
ただただエールを送るのみです

2019/05/01

魔女と占いのサイト復活させました

気がついたら平成から令和に変わっていました
ところで20年前の今日は、
ちょうどホームページを作成して公開した日です。
(仕事というよりもほぼプライベートというか趣味サイト)

 (当時のデータは取ってあるので)
今見るととても稚拙で恥ずかしい創りですけど。

 8年前に転居のドタバタで入金を忘れていたら、
期限切れててネットから消えていて(笑)
もういいやとそのまま再開せず。

ですが、今回思い立って当時掲載していた記事など復活させました。
 とても全部は無理なので抜粋して一部だけですが
 (そしてまだUP出来ていない記事もありますが)
ようやく公開してもいいかなってレベルには
 形が出来上がったのでお知らせです。

 良かったらひまつぶしに見てやってください。

略して魔女サイト
https://www.witch-doctors-garden.com/

占いとか魔女とかハーブとかあとは厨二病的あれやこれや
※これをちまちま作っていたのでblogとか全く書けなかったのでした。
ぼちぼちこちらのblogも更新します

2019/03/10

ネガティブ・エレメンタルとサイキカル・アタック

「心霊的自己防衛(サイキック・プロテクション)」の続きです

エネルギー・バンパイアとは
他人からエーテル・バイタリティー(氣)を
吸い取ってしまう人のことを言います

他人に依存して生きているような人もそうだし
やたらと他人のものを羨ましがり
欲しがってはつきまとうクレクレやセコケチ
ズルいズルいと他人を妬み
自分を他人を比較して嫉んでは恨みを抱く
そういうタイプもちょっとしたバンパイア

親や身内に寄生するニートもそうだし
他人の幸せを壊そうとするような人も勿論
他人に対して好戦的で攻撃的な人
母子癒着や共依存の関係も
他人を振り回して周囲を翻弄し
物事を引っ掻き回すトラブルメーカーも
ストーカーも真似っこも
他人の生活を監視したり覗き見する人も
クレーマーもモンスターペアレンツも
みんな一種のエネルギー・バンパイアだったりします

とくに「他人」に執着する人は

まぁ殺人鬼や犯罪者(泥棒や詐欺師)は
他人から「奪う」ことをするのが生業なので
間違いなくエネルギー・バンパイアです


例えば
一緒にいるとやたらと疲れてしまう人はいませんか?
ほんの数時間、一緒にランチをしただけなのに
電話でほんの数十分おしゃべりをしただけなのに
何故かものすごくどっと疲れてしまう相手

複数名で楽しくおしゃべりをしていて
気分も体調も良好だったのに
後からその人が加わった瞬間
誰かが具合が悪くなってしまったとか
肩が身体が重くなったり
ほんのわずかな時間しか一緒にいないのに
ものすごい疲労感が出てしまったり…

その人が自宅を訪問して帰った後で
急に体調が悪くなって寝込んでしまったり
家の空気が淀んで重くなったように感じたり

その人と一緒にいるときに
やたらと生あくびが出てしまい
気絶するような睡魔に襲われてしまったり
嘔吐したり激しい頭痛が出てしまったり

もし同じ人と会うたびに
そのような身体的症状を覚えてしまうのなら
その相手はたぶんというか間違いなく
エネルギー・バンパイアでしょう

とはいうものの
一口にエネルギー・バンパイアと言っても
まず二パターンにわけて考えなければいけません

パターン①として
単なる憑依体質である人のケース
何らかの理由によって
霊的な存在をオーラにくっつけていたり
身体の中に取り込んでしまっているような人
いわゆる霊障を受けている人ということですね

これは一時的あるいは慢性的、長期的にわたって
憑依している存在がいることで
エネルギー・バンパイアになってしまっている状態で
本人にとっては災難そのもので
周囲はそのとばっちりを受けてるという感じ
後は他人から呪術だったり
生霊による攻撃を受けているとか
そのような災厄的な問題に巻き込まれている場合も

パターン②は
これまでの人生においてネガティブ・エレメンタルを
大量生産してきて、それらを抱え込んでいる人
そして活発にそれらを使用している人

この説明だと知識のない人は解りにくいかと思いますが
まあ、その本人のこれまでの生き方や考え方
性格に起因しているということになりますかね
このパターン②から枝分かれして
色んなタイプのエネルギー・バンパイアがいるのです


※人の性格、その人のパーソナリティというのは
その人が過去生から今の人生に至るまでに
創ってきたエレメンタルの総量のことを言うので
ポジティブ(建設的で善なる)・エレメンタルより
ネガティブ(邪悪で破壊的な)・エレメンタルの
総量が圧倒的に多く、
過半数以上を占めているような人は
それを生産し所有している当人だけでなく、
周囲にいる人たちにも影響を与えることになります
そしてこのエレメンタルというのは
電化製品のように、生きている人間の体内に
一度取り込まれたエーテル・バイタリティーを
その生存のために必要としているのです
ですからネガティブ・エレメンタルというのは
所有している人からも氣を吸い取り消耗させますが
そればかりでは飽き足らず、
周囲の人からも氣を奪おうとします
結果的にネガティブ・エレメンタルを
多く所有している人(たくさん創ってきた)は
自分のネガティブ・エレメンタルの活動によって
周囲の人からエネルギーを奪い
そればかりか悪影響を与える存在になってしまうのです



パッと見、とても解りやすい
エネルギー・バンパイアもいますが
えっ? この人が?と思う
一見してそうは思えないタイプもいます

性格が明るいとか暗いとかそれは関係なく
上記でも説明したように
その人がネガティブ・エレメンタルを
どのくらい持っているのか、活性化させているのか
その量と質によって差が出てきます


さて 
サイキカル・アタック「心霊的攻撃」について

これは3次元ではなく
4次元と5次元で行われ、そこで起きている現象です
もちろん3次元にも影響を与えます

呪術(サイキカル・アサルト)もここに含まれます

呪術ばかりが心霊攻撃を与えるものではありません
言霊(言魂)は良いものもありますが
良くないものもあります すなわち悪口です
口撃とは良く行ったもので
他人を強く非難・批判したり
悪意を持って口にした言葉もまた命を持ち
矢や剣のごとく 相手に攻撃を与えます

悪意なく無意識のうちに云った言葉でさえ
それは相手の処に飛んでいくのです
(最終的には云った本人に戻ってきますが)

生霊もそうです
生霊を創ろうと思って創る人はいないでしょうが
誰かのことを強く考え
あれやこれや想いを抱いていると
その「念」は何らかの形になって
遅かれ早かれ 相手のところに行くことになります
(相手のところに行った生霊は
その相手からエネルギーを奪い取ろうとします
ですからこれもエネルギー・バンパイアですね)

サイキカル・アタックもサイキック・アサルトも
人が創るエレメンタルによる攻撃です

サイキック・アサルトはサイキカル・アタックの一種で
攻撃の道具となるネガティブ・エレメンタルを
きちんと手順を踏んで創って、攻撃するのか
それに熟知したプロがそれをしたのか
素人がやってみたことなのか それだけの違いです

相手を攻撃する道具となる
ネガティブ・エレメンタルを
わざわざそうした古くからの方法で創らずとも
その人の念の強さと
ネガティブ・エレメンタルの質によっては
サイキック・アサルトとして
成り立ってしまうようなものが創られることがあります


そして こうして他人を攻撃するために創られた
ネガティブ・エレメンタルは
本人がそれを意図しようかしまいが
自分に与えられた仕事をやり遂げようと暗躍し
目的を遂げたのち、
必ず自分の生みの親のところに戻ってきます

そしてその人のパーソナリティとしての
エレメンタルの集合体の中に蓄えられます
そしてまた
このような攻撃的なネガティブ・エレメンタルが
その人にも周囲にも負のスパイラルを産み出します

今の人生で覚えていずとも
過去に誰かをひどく恨んだり憎んだり
嫉妬に苦しんだり呪ったり…
自分が経験し、生み出した感情が
その人自身の現在と未来を邪魔し
エネルギー・バンパイアとなる温床を
創り出している可能性は十分にあります

もちろん今の人生でこれまで
他人の悪口を言ったり 誹謗中傷したり
会ったこともない芸能人や有名人を叩いたり
そんなことをしていた覚えがあるのなら

やがてそれらの言霊(言魂)は
生み主である自分のもとに戻ってくる時期が
あるのだと知りましょう

あなたはあなたが創った子供(想念)たちによって
災いをもたらされ 引き寄せられ
あなたの人生を支配されることになるのですから


人を呪わば穴二つ

他人にしたことはまさに自分に返ってくるのです

サイキカル・アタックとは
まさに自分が過去に誰かにしたことに他なりません

心霊的自己防衛(後編)

そういえば、タイトルにしたものの
肝心の「心霊的自己防衛」って何よ?
っていう話を少しもしていなかったなと気づき
前半後半に分けてみました
前半はどうでもいい私の体験談でしたけどっっ

心霊的自己防衛というのを元の英語で言うと
サイキック・プロテクション(カナで書いちゃう)

これに関係する言葉をいくつか羅列してみましょう

心霊的攻撃のことを、サイキカル・アタック
呪術(呪い、まじない)は、サイキック・アサルト
幽霊・亡霊のことは、スピリット
※憑依霊とか地縛霊とか区別無

でもって生霊も言霊(言魂)も自然霊も
動物霊と呼ばれる存在も式神も使い魔も使役も
呪術で飛ばすものもみんなエレメンタルの一種
※氣を練って創られたもので質量に違いがあるだけ
エレメンタルは良いものもあるので
区別するために
人によろしくない影響を与えるものを
ネガティブ・エレメンタル
人に好ましい影響を与えるものを
ポジティブ・エレメンタルと言ってます

術者が想念体でサイコ・ノエティカルイメージ
すなわちエレメンタルを創って
治癒を行ったりするのがサイキカル・ヒーリング
またはサイコセラピーともいう
※イメージ療法も含まれる
心霊的な存在が関与して行われるヒーリングが
スピリチュアル・ヒーリング

心霊的なレベル(4次元と5次元)の存在を用いて
現実社会たる物理的次元(3次元)に
働きかけを行うことを
人間が行う場合はサイキカル・アプローチ
心霊的な存在が関与して行う場合は
スピリチュアル・アプローチ

どうでもいい補足として
日本では守護霊や主護霊、背後霊と言われる存在は
スピリチュアル・ガイド
解脱をして輪廻転生の輪から卒業して
六次元の身体をゲットした上で
輪廻転生の輪の中にいてまだそこに至らず
成長の旅を繰り返している我々を助けることを
進んで積極的にしてくれている存在のことを
透明なヘルパーさん、ガイド・ヘルパーといい
アセンテッド・マスターやアセンション・ガイド
とも言う

人間に害や災厄を与える邪悪な存在として
他人のエネルギー(氣)を吸い取って
消耗させる人のことをエネルギー・バンパイア
他人をコンセントにしてエネルギーを吸い取るための
道具として創られたエレメンタルのことは
エネルギー・コードまたはエーテル・コード
※このコードもヒーリングで使う良いものと
 上記の目的で使用される悪いものがあります


てなわけで用語説明終わり


で、心霊的自己防衛というのは結局何ぞえ?
なんですが

物理的な攻撃ではなく
他者からの心霊的な攻撃に対して身を護ること
またはそれらに備えること
ダメージを受けないように身を鍛えること

などなど

言葉の意味、まんまですね


そして、どうやって備えるか…
心霊的自己防衛とはどのようにすればいいのか?
そのやり方は?

なんですけれど

まずは 

・エーテル・バイタリティー(氣)を常に充足させておくこと
・3つの身体の健康とバランスを保っておくこと
・心と精神を鍛錬して強くしておくこと
 ※揺るぎない信念と心、何があっても動じない強さ
  弱点を克服し、他人に付け入れられるスキを持たない
  平常心を保つ 理性的な判断力を持つ
・自分(自我)をしっかり持ち、己を見失わないこと

これが肝心なんです


ようするに、
4次元(サイキカル界)、5次元(ノエティカル界)
はそれぞれ心の身体と思考の身体のある世界ですから
それぞれの次元に
心と思考とで創られたエレメンタルがあって
私たちの肉体がある3次元=物理的な次元(マテリアル界)
では見えず、物質として触れ捉えることが出来ずとも
それぞれの次元で創られたエレメンタルが活動していて
皆が持っている4次元と5次元の身体に
干渉してきて影響を与えているのです

だから、
目に見えない攻撃にへっちゃらになるためには
(耐性をつけるためには)
4次元と5次元の身体を鍛えることが必須になります
(ぶっちゃけ、それが一番確実で早道なんです)

そこが、他人からの心霊的攻撃を
受けやすい人と受けにくい人の差であり
心霊的な存在や場所や出来事からの影響を
受けやすい人と受けにくい人の差でもある


そういうわけで
心霊的自己防衛をするためには
メンタルを鍛えることがスタート地点になりますし
他人に刺激されて反応してしまう
自らの弱点を克服するのが必須になってきます
ようするに感情のコントロール
理性で自分を抑制できるようになることとか
あとは氣(呼吸)を操れるようになることとか
自らを客観的に見れるようになることとか
そうした自己鍛錬が欠かせないのです

ちなみにあらゆる秘教的なレッスン
密教や修験道の修行もこれに通じます
(煩悩や我欲を捨て自己内省をし精神を鍛える)

でも、この心霊的自己防衛に取り組み
そうしたトレーニングをしていると
良い意味で他人の影響を受けにくくなるので
洗脳などに引っかかることも無くなります

という意味で
マルチ商法やサギや霊感商法に騙されやすい人や
支配的な人のマインド・コントロールに
引っかかってしまいやすい人は
積極的に"心霊的自己防衛"のトレーニングを
したほうがいいのではないかと思ったります


そういえば
エネルギー・バンパイアとタイトルに入れた
内容の記事も書いた気がするけど
あまりバンパイア自体については
説明していませんでしたね

そのあたりのことを続きで書いてみますか
…で後半としたけど
てなわけでこの話、終わってませんのでした

2019/03/08

心霊的自己防衛(前編)

ちょうどアルファーのblogに執筆している
「魔女アルマの魔女入門」にも書いているテーマ

ちなみにこの言葉が最初に日本で知られたのは
おそらくダイアン・フォーチュンの著書でないかと
今では絶版でなかなか手に入りませんが
国書刊行会「心霊的自己防衛」
私が入手したいと思った30年前にはすでに絶版で
一部抜粋された文章を
ウィッカン・スクールのテキストで読んだくらい

もう一冊の著書「神秘のカバラ」の方は
いっとき水道橋(神保町)の某古書店で山積みされてたけど

ダイアン・フォーチュンのことは
オカルティストの人は知らない人はいないはず
スピリチュアリスト周辺の人は知らない人もいるかしら
まあ、今は調べればいくらでも情報見つかります

ようするにこの著書内に
「心霊的自己防衛」がなぜ必要であるのか…
ダイアンが自ら経験した屈辱的な出来事が
きっかけであったと書かれているわけです

要約すると、確か面接?に行った先の
校長みたいな立場のヒステリー婆さんに
数時間会って話をしただけだというのに
人間としての尊厳をズタズタに引き裂かれるほど
コテンパンに言葉の口撃でノックアウトされたと…

たぶん推察するにそのヒステリー婆は
スピリチュアリズムや霊的真理の目線から云うと
生霊バンバン飛ばしてサイキックアタックを行う
エネルギーバンパイアになるし
現実的な言い方だと
自己愛性人格障害とか糖質だの
複合的な症例が入り混じった人格破綻者な精神障害者

さて こういうタイプの人間に
不幸にも出逢ってしまったとき
どうするべきか どう対処するべきか
どのように自分自身を守ったらいいのか
そういうのを模索したわけです<ダイアン
それを心理学とか魔術とか色んなのに求めたのね

受けたダメージから回復するのに
思いのほか時間がかかり
そこから立ち直るためと
もう二度と同じ目に遭わないようにと
彼女なりに強くならねば
自分で自分を守る方法と
そうした他人をマインドコントロールしてくる
悪魔的な相手に操られない方法を学ぶため
様々な知識と智慧とテクニックを求めたダイアン

それは現代に生きる私達にも
必要なテクニックでもあります



私もたまにそんな強烈な人に出会うことがあります
実は去年そんな人に出会ってしまいました
平日の昼間にオフィス系の派遣OLしていたりしますが
(お話頂いたときに短期のをちょこっとする位)
まさに、私にとってそういう職場だったんですね

これまで生きてきた中で
イジワルな人、失礼な人、非常識な人
クレイジーな人、性悪な人、変態さん等
それなりに出逢ってきましたけれども

ホワイトカラーな企業での
派遣OLの同僚たる人は
わきまえた大人の人が多くて
たまに頭が「?」になる理解不能な人や
病んだメンヘラちゃんがいたとしても
せいぜいひとつの職場に一人程度

けどそこは派遣30人ほどの大量採用の中
「えっ!」と思う人の割合が高かったのです
就業先企業は某大手証券会社だったのですがね
でも、上司である社員もクレイジーで
(20代後半のナマイキちゃんで
50代の派遣に対して軍隊のような命令口調
敬語は一切使わず 常に上から見下し目線
仕事以外のことで失礼なイヤミだらけ)

まあ、この子はいいとして
(勝手に威張ってればーですし)
同じ班の二人の人と別の班の一人に
何故かタゲられてイジメられたんですわ、ワタクシ

別の班の人は口聞いたこともないのに
すれ違うたびに「フンッ!」て鼻息鳴らされるし
悪口を聞こえるようによく言ってるし
心の中で
「わー リアル渡る世間は鬼ばかりだ」と
マウンティング・ゴリラに遭遇した気分

同じ班の二人は
正面に座ってる子と隣の子
(全員年下なんで、オバハンだけど子扱いにしときます
私は50代 向こうさんは40代というわけで)

何かというと突っかかってきて
「あんた、ヘンだよね 変わってるよね」
「そのオーラ、目立つし、ふつうじゃないよ」
それはまだいいとして
人のお弁当の中身をチェックしてディスってきたり
テレビを所有していないことを信じられないと非難し
お昼はしっかり食べるけど
夕飯はあまり食べないなんてどうでもいいことまで
あらゆることをディスってくるわけです
ボロクソにサゲ発言してくれるって感じで
やたらと人を否定したりチェックするのね
しかも勝手な推測や思い込みの決めつけばかりで

私からすると この人たちのほうが
オフィス系の派遣には珍しいタイプなんです
失礼なことを言ってしまうと
ホワイトカラー系にいる人たちではなく
ブルーカラー系の、工場の作業員の中によくいる
近所に働きに来ているおばさんパート的な人たち


てなわけで、めちゃくちゃ攻撃されました
同じ班の他の人とか別の班の人たちに
「負けないで」「応援してるから」「頑張れ」
と声をかけられ同情されるほどに

当事者の私ときたら
「あら、私 イジメを受けているのね?」
と思うほど のんびりしていました
ていうか こいつらウゼーって感じ?

まあ、それに堪えず
のらりくらりスルーしている私が
よっぽど気に入らなかったんでしょうね
さすがに
事実無根な誹謗中傷や社員へのチクリ報告とか
チームワークや仕事自体に支障も出てきたんで
「いい加減にしてくれません?」
的な注意と抗議をしたならば

それが脅迫行為だ、ハラスメント行為だって
こういう同僚に嫌がらせ?脅迫してくる
社員がいることはコンプライアンス上
問題があることではないか意義を唱えるとか何とか
派遣元である派遣会社でなく
派遣先の企業の人事に抗議してくれちゃって
大騒ぎして問題にしてくれたわけです

そして 企業のほうは
その人の言い分だけ聞いてそっちを信じて
私をクビにしてくれたわけですよ
班の中で問題行動をたくさんしていて
チームワークを乱して 作業の邪魔をして
みんなを困らせていたのはその人のほうなんですが
(もう一人の私に対してマウントしてた人も
さすがにその人の私に対する非道さには辟易していて
「よく耐えてるよね 私なら無理」と…
私からすると、お前が言うなって感じでしたけど)

でも、私が一番ビックリしたのは
イマドキの世の中では、同僚にされたイジワルを
当人に直接抗議するとハラスメント行為になって
話も聞かずに一方的にクビにされるんだ
ここってそんな企業なんだ
それが今の時代は当たり前なのか…ってこと

不思議とその騒ぎを起こしてくれた
キチさんに対して怒りを感じることはなく
可哀そうな人だなーって思った程度

この人以外にも散々わたしを叩いて
イジワル攻撃してきた人に対しても
怒りはなかったですねー
だから、
「あら、どうしたんだろ私」と思った
そして成長したんだなーとしみじみ
(えらいぞ、ぢぶん…みたいな)

でもね それでも約二か月
言葉の攻撃とか悪意にさらされてきたわけです

私にとって派遣の仕事ってまったく向いてない仕事
社会性ないし組織向いてないし
出来なくはないけど書類チェックとか不得意だし
年齢的にも作業能力とか色々な意味で日々衰えてるし
向いてないことを努力して取り組むのって
それだけでもかなーりしんどいし消耗するわけ
で、4人からの悪意の集中砲火

すごーく消耗しましたし 削がれた

いかに精神修養 
人間としての己を鍛える里の修行と言えど
苦手なことを 本来の自分ではないキャラ作って
取り組んで さらにおかしな人たちから防御って

無理!

やられた~!!

になりました

結局、その後の年末年始 倒れましたもん

普通の人のフリするのも疲れるのに
得意なことでなくて超苦手なことも並行してやって
しかも一人でなくて複数だし

しまったなあ
でも、週五日OLさんしながら
土日こっちの仕事して
霊的なエクササイズに取り組むのって
なかなかどうして物理的に無理があるのよ
(かなりのイイワケモード)

サイキック・プロテクションは大事だ
だけど それに取り組むための時間も必要だ
そういう意味で両立は悩むところですね

今年に入って 別のとこに
一か月だけの派遣も行きましたが
そっちは同僚みんなイイヒトたちつーか
良識ある大人な人たちで癒されましたが
これがフツーなんだよなって、ハイ


で、まあ…
上記のイジワルさんたちの中
私のことを「ハラスメント野郎!」
と騒いでくれた人ですが
ものすごい生霊攻撃でしたよ
他の人たちは飛ばしては来なかったケド

なんかね 
その人の創ったエレメンタル(生霊)は
頭部が異常に大きいメガネトンボって感じで
顔がまんまその人でした

うわっ キモッ! って感じでしたが

結局、私のことが気になるのでしょうね
人のことを知りたがり 覗きたがり
巨大な魚眼レンズみたいなメガネは
そーゆーことの現れなんだなって
へーふーはーと…面白いものだと思います

でもこのキショイのが
たくさん何十匹も飛んでくるのは

ヤメテー! キモイ!

としかいいようがないですよ

けれど 心が歪んでいる人とは
正常な話が出来ないので
物理的な面では逃げるが勝ちで
心霊的な世界のスタンスでは
それなりの対応をするしかないです


というわけで改めて初心に戻って
エクササイズに取り組み
自身のエネルギーを高める日々なのであります

ホント、油断しているとダメですね

2019/03/05

含笑入地 

~朝(あした)に道を聞かば夕べに死ぬとも可なり~

ネットでのまた聞きになるが
看護師を数年している人が
ある日、ふと気づいたのだそう

入院患者が、
好きなもの、食べたいと言っていたものを食べると
その直後に息を引き取るケースが多いということに

最後の最後、食べたいものを口にすることが出来て
まるでこの世の願いが叶ったと言わんばかりに
「もう思い残すことはない」
と、満足してこと切れるのか…

それは病故に、住み慣れた自宅を離れ、
病院という仮住まいの居にて 行動を制限され
食べるものをも選ぶことが出来ないという
不自由さと選択肢のない生活の中
最後に叶えられる望みだったからなのか

その望みを叶えられたことで生への執着が消え
肉体を離れる心積もりが出来たからなのか

その理由はわからない

ただ この仕事をしている中でときおり 
"肉体を亡くした存在"と接する機会が若干あるのだが

彼らはいちように
「〇〇が食べたい」
「タバコが吸いたい」「酒が飲みたい」
と肉体の欲求を口にするのだ

それは時におふくろの味であり
故郷の味であり 大好きなものであり
叶えられなかった生前の最後の欲求でもある

けれど彼らには肉体がない
その欲求を満たそうにも 味わう物理的な身体がないのだ

たまに私はそんな人たちに肉体を貸す
時に意識的に そして無意識的に
霊媒体質であるが故のボランティアのようなもの
私の身体はときに船のように
彼らの乗り物となり 願いを叶えるものとなる


南方戦線にて散った、大日本帝国の軍人さん
「白いお米のメシが食べたい」
「水が飲みたい」
「おふくろの握ってくれた、おむすびが食べたい」

どんなにか飢えていたことだろう
白いご飯が食べたいと涙ながらに訴える

梅干しも入っていない
現代のように贅沢な具沢山でもない
ただの塩結びを、海苔だけのおにぎりを
美味しい美味しいといって満足する

バブルの時代に、損失の責任で自殺した男性
「最後に一服したかった」と宣う
長く禁煙していた身体ではあるが
一箱あけたならば 満足した模様
買ったのは私の吸っことのない銘柄

「塩バターケーキが食べたい」と言った人
残念ながら、
その人が求めるバターケーキを捜すこと能わず
コンビニのスイーツ含めて似たようなものいく種類か
色々と一か月食べまくって 
ようやくそれであきらめてくれた

数年も前のことであるが最近になってようやく、
その人が求めていたお菓子がクランベットらしい
ということに気づいた
(既に肉体を亡くした存在との対話は
言葉や声でなくイメージの流入であるから)

当時知っていれば探せたのにと後悔せずにはいられない

その他にも色々と
一番困るのが私が嫌いなもの 
食べれないものもリクされること
アレルギーばかりはどうにもならないの
ごめんね~



でもまあ こうして書くと
いささか美談的な話になってもしまうが

実際のところ 人間というのは 
煩悩…肉体的欲求につくづく抗えないものであると
そういう見方をすることも出来る

でもまた同時に
食べる、ということは生きようとする意志ではあるが
その食べ物、味覚の刺激の裏の向こうに
それにまつわる想い出や記憶が染みついているもので
人はそれを「食べ物」「嗜好品」によって
追体験というか再現しようとしているのかも知れない

ワインを味わうことが 
そのワインの醸造された時代を味わうことであるがごとく
好きな食べ物を味わうことで
この人生の一番楽しかった時間を懐かしみ
この生は満たされていたのだという想いと共に
その味とともに良き日々を味わいながら
その「想い」を手土産にして 
人は旅立っていくものなのかも知れない

さて私は最後の最後に 何を食べたいと望むのだろう 
どんな想い出を手土産にして旅立つのだろう

Determination~Make up one's mind

私の場合、まとまった時間がないと
なかなかblogの文章を書くことが出来ません
なので、blogの投稿頻度にムラがあり
(弾丸のように更新するときもあれば
数か月放置状態もザラで)
新しい投稿を楽しみにしてくれている人には
まったく申し訳ない限り

今のうちにストックしていることとか
書けるうちに書いておこうというところです
※ようするに今はヒマなわけです
 はい 派遣の仕事は失業中で



20代の時いやさ10代から素人ながら
占いで他人の相談に乗ることをしているわけですが
この仕事をしていると
定期的に人間嫌いを発症したりします

人の醜悪さ、愚かさ、哀しみや孤独など
影や闇の部分をみる仕事といえばそうなので

そんなこんなで
何度も辞める、辞めたいとの葛藤を繰り返し
多方面に逃避(逃亡?)しつつ 
それでも他にこれと言って才能も何もなく
ダラダラと続けて年だけ重ね

ようやく昨今になって決心と覚悟がついたものの
年齢的には遅すぎた、という感じでしょうか

どうなんでしょう
自分みたいな中途半端な人間は需要があるんでしょうか
皆さまのお役に立てることはあるんでしょうか
このblogも情報源として役に立っているんでしょうか
はなはだ謎です

この仕事においては(人生全般がそうですが)
成功しているとは言えない現実があります
成果とか結果とかは程遠く
自己満足だけでやっているような気がします
非科学的なことだけでなく非生産的なことをしている
と言えばそうですね

私がしているような職業(サービス)は
本来なくてもいいような業種です
すべての人が霊的に健康でありさえすれば
極めて現実的に生きている人には
不必要な智慧で知識で 無くても困らないサービスです
詐欺や霊感商法のようなインチキだと批判する人も多く
そういわれても仕方ない分野だと思います
もちろん それをしているもりはないです

ですが 実際
そのあたりで考えたり悩むこともありますね

いったい自分のしていることは何だろうと…
社会にとって非生産的で詐欺商法的な行為で
人を惑わすようなことをしているのではないかと

それでも 
見えない世界のことで悩まされている人がいて
それ故にインチキな同業者に騙されている人もいて
少しでもそういう人たちに
正しい知識を知ってもらうことも含めて
私程度の中途半端なスキルの人間でも
お役に立てることがあるのだからと
その気持ちと少しのプライドだけで
ギリギリのところでこの仕事を続けてますかねー

へこたれることも多いし
出来ないことばかりで能力不足の我が身に限界を感じて 
歯がゆい思いをすることばかりだし
セミナーなどで知識を教えることにも挫折したりで
この人生のやるべきことのやれてない感はハンパないです
ここ数年、スクール関連のあれやこれやで
気持ちや情熱が萎えることがたくさんあって
覚悟や決心は出来たものの
お客さんやこの仕事と向き合うパワーは尽きていたんです
燃え尽き症候群…みたいな

だからこそ
クライアントさんからの事後報告が
とても嬉しかったりします
それがすべてのやりがいで支えだったりします
それでなんとかもってたところでしょうか
ここ二年位は


さて話は変わりますが
別記事として、もしかしたら書くかも知れませんけど
先日10数年ぶりにとある友人に再会しました
彼女が遠方に転居したことで疎遠になっていたのですが
昨年末、長い間見つからず紛失したと思っていた
彼女の連絡先(手紙)がふと出てきて
思い立って連絡してみたのです

そのあっていない数年の間で、
彼女には様々なことが起こっていました

端的に言うと、遺産相続と実家乗っ取り問題です
そこに宗教ではないけど洗脳が絡んでるのね

心霊的なたくさんの攻撃が
彼女とお母様の上に降り注いでいて
実家を透視させて頂くと
もうすごいことになっていて
(眼には見えない存在たちの巣になっていたと)

ああ、だから 何とかしてあげてくれってことで
彼女の連絡先が出てきたのだと…
それが彼女のご先祖様や
亡くなったお父様や妹さんの最後の抵抗で
必死の呼びかけだったのだと…

実際友人として 
とても大変な状況にある彼女に対し
何が自分にできるんだろうなって考えたとき
貧乏人だから お金の援助なんで出来ないし
物理的なコネも後押しするには頼りない
(介護問題や老人福祉に関しては
母親が民生・児童委員を長年していたので
ほんの少しだけ知識とかありますけども
あとは政治家で弁護士さんや元新聞記者の
知り合いなんかがまあいることはいるって程度で…)

ああ、でも こういうのって私の分野だった
生霊や動物霊など想念を始末したり
彼女やお母様のヒーリングをしたり
呪術を跳ね返すのが私の仕事だった
とはいうものの 
私の手で歯が立つかどうか未知数でした
(助っ人もお願いしましたが)


ただ、改めて
こういう問題で苦しんでいる人を
心の底から「助けてあげたい」って思いました

物理的かつ現実的ではない面から見た時に
物理的かつ現実的な面に弊害をもたらしている
非現実的で非科学的な次元の攻撃があるわけで
常識的に普通に考えればそうはならないことが
起こりうるはずのないことが起きてしまっている

そういう人の生活や人生に
良くない影響を及ぼしている
非科学的な事象があるのは事実で

現実を邪魔するそれらを扱うのが私の仕事で
それが判るのが 唯一私の資質で得意なことで
(でも腕は追いついていない)

こういう問題で苦しめられている人を
助けたいなって それが私の仕事なんだって
改めて意志が固まったというか
冷めきっていた情熱が
少しずつ戻ってきた感じでしょうか

そして 相変わらずヒマさえあれば
YouTubeを見ているのですが
見なくなっていた事件関係(未解決事件)や
プロファイリング系のも見始めて

今の私(人生)には
まだサイコメトラーや霊能者の仕事は
実力が見合わず 出来ないことだけど
来るべき次の人生では
そういう分野で犯罪被害者や遺族の方の無念を晴らす
お手伝いがしたいと 再度心を強く揺さぶられました
冤罪で投獄された人の無実を晴らしたり
真実を明らかにして、犯人逮捕に協力したり
遺体を見つけて家族の元に返してあげたいなって

そういうこと来世ではしたいから
ちゃんとサイキック能力開発のトレーニングも
さぼってないで真面目にするぞー
(それが出来るようになるには
何百年、何千年先になるんだかっっ
そしてそういう仕事をするためには
日本でなくて海外に生まれないとだなー)

てなわけで
凍っていた感情が少しずつ溶け出して
感覚が戻ってきたような感じです


教えることも「なんかもーいーや」
って思ってたんですが
(真面目に勉強しようという人は少なく
これさえ学べば人生よくなる、
みたいな安易なスタンスの人が多くて)

去年から個人的に学びに来てくれている人から、

「自分は過去、色々あったことから
 某新興宗教(マイナーなとこ)に
 心の救いを求めて入信したわけですが
 そこでは宗教的な哲学や教義として
 社会道徳的なことは教えてくれたけれども
 自分がどう生きるべきなのか
 人生とはどういうものなのか
 人間とは何なのか 神とは 宇宙とは
 我々は何故生きているのか…など
 そうしたことは教えてくれなかった
 霊的真理を学ぶことで
 私はその答えを教えてもらっています」

と、その言葉をもらって

ああ、
教えることを完全に辞めなてよかったなあと

単純なものだから

数はとっても少ないでしょうけど
この学びを必要としてくれている人が
この日本(世界)の何処かにまだいるかも知れないな

なーんて 思うに至った次第です

それでまだしぶとく続けようと思っています

ライフワークなのかそうでないのか
そこはわからないのですが

ただ安い金額で来れる時だけどうぞと
生徒さん目線で考えて勉強会設定しましたが
やっぱりそれだと学ぶ人の意識が違ってしまう
なので前記事の募集に繋がります

需要があるかどうかわかりませんが


2019/03/03

講座案内~エソテリック・ティーチング

【新規講座のご案内】

~スピリチュアル・レッスンについて~
スピリチュアリズム(心霊科学)とグノーシスの教義(霊的真理)をベースとした霊的な知識、神秘学(オカルティズム)や魔女術(ウィッチクラフト)、シャーマニズム、エドガー・ケイシーの教えなど、私がこれまで学んだり経験して培ってきた知識を交えて、次世代に伝えるべく、勉強会や講座、ワークショップを開催しています。



※下記の講座、いちおう4月から開催を予定しています。
単独で3月から受講したいという人はお問い合わせ下さい。GWなどにまとめて受講したい人もご相談下さい。


★エソテリック・ティーチング (全7回)
スピリチュアリズム(心霊科学)とグノーシスの教義(霊的真理)をベースとした霊的な知識の講義です。お話のほか、瞑想やエクササイズの実践、質疑応答など。

正直、哲学ですのでちょっと小難しい内容かもしれません。ヒーラー(施療師)とくにエネルギー療法をされている方やスピリチュアルなワークをされている方にはぜひ学んで頂きたい基本的な知識になります。また、そのようなお仕事をされている方でなくても、ご自分の生まれてきた意味やこの世の真理を 知りたい方、自分がどのように生きていけばいいのか迷われている方、心霊(超常)現象やこの世の不思議について知りたい方にもおススメします。

一名から開催します。
※定員は6名、Skype(動画通信)での参加も可


【カリキュラム】 
•レッスン1-「絶対存在と神聖なる計画」
   人間は何故生まれてきたのか~宇宙と人類の誕生
•レッスン2-「3つの次元と3つの身体」
  人間が生きている世界と身体と生命エネルギーの話
•レッスン3-「エーテルバイタリティーとエレメンタル」
  人の運命と記憶を創るもの 
•レッスン4-「死後の世界と永遠なる世界」
  死と再生と解脱~輪廻転生とカルマのレッスン
•レッスン5-「多次元と異次元の存在について」
  心霊現象や霊的な存在(生霊や死霊)
•レッスン6-「エネルギー的アプローチとは」
  ヒーリングやアチューンメント、除霊の話
•レッスン7-「サイキカルな能力とスピリチュアルな能力の違い」
 霊的な成長とエゴイズムの問題

※予定しているカリキュラムの順番は参加者に応じて、前後する場合もあります


エソテリック・ティーチング
第1日曜日 10:30〜13:00
¥10,000/1回 一括払/¥60,000

エソテリック・ティーチング
曜日セレクト制 1枠・150分
¥10,000/1回 一括払/¥60,000

 テキスト(簡単な資料をお渡しします)代込




★エソテリック・コーチング (全5回)
エソテリック・ティーチング、過去のスピリチュアリズム講座、グループレッスンを受けられた方向けの次の段階たるレッスンです。

自己分析と内省を行い、自らの人生を邪魔するカルマのレッスンのパターンやそれを引き起こすエレメンタル(エゴイズム)を見つけ出し、対峙して、乗 り越える方法をコーチングします。その方の問題や欠点、人生に対する姿勢などについて指摘しますので、否定や批判されたくないない人には不向きです。

一名から開催します。※定員は6名、Skype(動画通信)での参加も可

テキスト(簡単な資料をお渡しします)代込


エソテリック・コーチング
第1日曜日 15:00〜18:30
¥10,000/1回

エソテリック・コーチング
セレクト制 1枠 150分
¥10,000/1回



 
◆参加資格について
•公序良俗を守れる人
•常識や社会マナーを守れる人
•他人に敬意を払い、他者を尊重できる人

◆参加をお断りする人
下記にあてはまる人は参加をお断りすることがあります

•会話が成立しない人(意志の疎通が出来ない)
•主催者や他の参加者に迷惑をかける恐れありと当方が判断した人
•他所での教えや自説を広めようとする人


◆禁止事項
•セールス、勧誘等の営業活動
(自己紹介や職業紹介まではこれにあてはまりません。参加者同士が講座に参加して個人的に親しくなったあとのことは個人の判断におまかせします。当方関与しません。)



その他キャンセルやサロンについては
ホームページ(Web Site)をご覧ください。
申し込みについては、
ホームページのメールフォームかメール(下記アドレス)にて。

※rasverry  yahoo.co.jp
間にアットマーク入れて下さい

2019/02/28

我が望み叶えるは我が身なり

年に数回という、
定期健診的なタイミングでいつもいらしてた、
それなりに長い付き合いのとあるお客さん
これまで自分には不要かと思っていたけれど、
やはり共に歩めるパートナーが欲しいと…
一年半前くらいから、マジメに人生変えようと
ちょっと取り組んで下さっていました

とても素直な方で、
女性特有のドロドロした感情を貯めこまれてない方なので、
(その持ち前の女性的魅力が故に、
たまにエロ親父の亡霊だとかまだご存命中の親父等の、
邪な想念をくっつけているという弊害以外には、
特に大きな障害的想念もなく…)
チャクラのクリーニングもスムーズかつ順調で、
望みのものを引き寄せるためのエレメンタルの書き換えも、
元々クリエィティブなパワーをお持ちな方だったので、
それもいい感じで

そして、一週間後に、
「こういう男性と出会いたい」と強く心に描き、
ビジュアライゼーションした条件通りの人との出逢いが
(それだけでなく、
彼女のご先祖様にも橋渡しというか、
サポートはお願いしましたけれども
※実際、ご先祖様の縁繋がりの人でした)


とはいうものの、
何もかもが意気投合して
相性抜群な文句のない相手かというとそれは別問題
出逢いは引き寄せられ、「ご縁」はセッティングされた
しかし、その後をどうするかは本人の努力次第

だって、自分とバッチリ「合う」人というより
自分が惚れる異性のタイプでの引き寄せですもの

相手が自分を「好き好き好き~!」と、
ラブラブ光線で攻めてきてくれる人なら、
これまでの彼女の人生にはわりかしいたわけです
けれど彼女はそういう人にときめかなかった
欲したのは、自分が尊敬し、
心から惹かれ愛することの出来る人

そう、
彼女が求めているのは愛されることでなく愛すること
そして求めていることは必要なこと(学び)でもあったり


さて、一年経って、その方が言うには
「一年前、アルマさんに『察してちゃんではダメよ』
とアドバイスされたんですが、
その意味が一年経った今、ようやく理解できました」…と

「そしてある日ハッと気づいたんです
 なかなかはっきり態度をさせない彼に業をにやして
 だったらもういいって、
 もっときちんと結婚を考えてくれる、
 別の人との出逢いを求めたり、
 願ったりもしたわけですが…
 私が相手に自分の気持ちを伝えるという、
 その学びを実践しない限り、
 相手が誰であっても同じことだと…
 彼との関係性において、それを実践してないから、
 だから今この状況で彼と縁は切れず
 他の新しい出逢いもないのだと…
 まずここでクリアしないと先に進めないんですね」

はい 
彼女は自ら答えに行き着きました
自分で気づきをひとつ得ることが出来ました

時間はとてもかかったけれど

いつだって その人自身で気づいて
「答え」を捜して 見つけて
自分の力で乗り越えるしかないんです

その人の人生のレッスンを、するべきことを、
変わってあげることは誰にも出来ません

そしてその課題を無視しておざなりにしたままで、
望む現実を手に入れられることもありません

欲しいものを手に入れるためには
彼女には身につけなければいけないスキルがあり
そのために逃げてはいけないことがあるんですね


答えは自分で見つけるしかないんです
みんなそうやって成長していきます

他人はヒントを与えることしか出来ません
「答え」はすでにその人がもっています

自分が何に取り組むべきか気づいたなら
後は行動するだけです
やるべきこと 取り組むべきことから逃げてはいけません
自らの弱さ故に課題から逃げ回っている限り、
その問題(課題)は永遠に付きまとうことになります

いつだって その人を救えるのはその人だけで
自分の問題を解決するのは自分自身で、
自らの望みを叶えられるのも自分自身です
自分に欲しいものを与えられるかどうか
そのカギを握っているのも自分自身です

ですから自分自身から逃げちゃダメです
自分の問題に取り組むことです
内省をして、内側を見つめて
自分の内面にある何が 
自分の人生に障害をもたらし、
問題を創り出しているのか…
しっかりと見つめて 課題を見極めて、
与えられた人生と対峙することです


当人にとっての課題(カルマのレッスン)は、
本当に向き合わなければいけないことには
私のような第三者が介入できることではありません
それを取ったり解消したりする力は他人にはないんです
誰にもその権限はありません

私みたいな職業の人間が出来るのは、
その「気づき」の工程へと導くサポートをするだけ
そちらに目を向けさせたり、促したり、
レッスンへと向かわせる過程を早める手伝いだけ
自分の課題(己の問題)と対峙する力を取り戻させることだけ
それしか出来ません

ホント無力です 
ヒーリングやリーディングなんかでは
大したことができるわけでないんです
ヒーリングなどのエネルギー的アプローチでは
攻撃的かつ霊的な想念を取り除いたり
氣を補充したり整えるお手伝いができる程度で
リーディングなどセラピーやカウンセリングでは
話を聞いて それが何なのか因果関係を解析したり
その人の思考の整理整頓を助けたり
第三者的なアドバイスと指摘をして
自分と向き合う空間と場所を提供するだけです

そこまでのことしか出来ません
あとは時間とかタイミングとか
本人が視点を変えたり行動を起こす以外に
何かが解決することはありません

私のようなワーカーが
誰かの問題を解決したり奇跡を起こしたり
何か特別なことをしているわけではないのです

いつでもその人の問題を解決するのは当人自身で、
本人が気づくべきことに気づかないことには
何も始まりません

誰も「神聖なる計画」に介入することは出来ません
その計画を立てたのはその人自身なんですから


そのためには自分自身を知ることです
自らの欠点も長所も特徴も
冷静に振り返って 人生の棚卸をして
人生や自分自身の内部にある不要なものに気づくことです


さて、下記の記事(blog)ですが、
こちらもお客さんの書かれた記事で、
うちでセッションを受けて下さったことも、
ちらりと触れる程度ですが、書いて下さってます

許可もらいましたので
自身が進むべき道や人生の方向性、
何を成すべきかどう生きるべきか、
仕事や将来について迷われている方は
是非読まれてみて下さい

第一章:人生の棚卸 〜私のこと〜


まあね
本当にそうです

私みたいな仕事の人間が出来ることって限られています
その人の人生に奇跡を起こすのは他人じゃありません
超常現象的な力でも運命でもありません
見えない世界の出来事も住人も、カルマでさえも、
生きている人の意志の前には無力です

その人の人生を切り開くのはいつだってその人自身で
未来を創造しているのはその人自身の力です
その人が望まなければ何も始まらず
捜さなければ答えを見つけることも出来ません

自分自身を知ろうとし、自分の本当の気持ちに気づき、
宇宙で一人しかいない自分の個性や創造性を活かそうとし、
素直に自分らしい人生を生きようとしたとき…

歯車はピタッとあうものです


自らが自らを知り、自分と対話をし、
いつわりの仮面を捨て、いつわりの人生を終わりにし、
自分(心)を殺さず、生かそうとするとき
魂の声に従って生きようとしたときに…

本当の人生が始まります


2019/02/27

本末転倒~得られない教訓

中世のイギリスにて、
階級社会における特権階級に育った男性がいた

しかし、彼は親と意見が合わず、
対決の結果、家を出て、外の社会に飛び出した
(いわゆる放蕩息子というパターン)

とある女性と出会い、恋に落ち、
結婚をして、子をなしたが、
彼は生きる智慧と力に乏しかった
…と、いうかまったくの世間知らずだった

所詮は温室育ちの育ったお坊ちゃん
階級意識からか人に頭を下げることが出来ない

自分が何でこんな仕事をしなければならない?と、
いまや労働者階級に身を置いているのにも関わらず、
プライドの高さから周囲を見下し仕事を選り好みし、
問題を起こしてはイヤになってすぐ辞めてしまう
自分はもっと良い仕事を与えられるべき存在であると…
こんな安い賃金でこんな雑役をしたり、
雑な待遇を受けて甘んじていい人間ではないのだと…
貴族だったときの考えや習慣を捨てられない

そんなんだからいつも貧乏で金に困る生活
当然ながら家賃も滞納、衣類も着た切り
乳幼児に満足な滋養も与えてあげられない
清貧生活を通り越して、もはや餓死寸前

家を出た当時から着ていた立派で高級な上着
これを売ってしまえばいくらかは金になるだろう
そう気づいた時にも、
それは自分の育ちの証明でもあるので、
売ることを選ばなかった
良いコート、上質なシルクのシャツを羽織る自分を、
「お前らとは違うんだと」
他人と自分を隔てる身分の証の境界線にして

すでにそれらはとっくの昔に汚れきって
穴があき、擦り切れているというのに…


ある日、彼が我が家に帰ると、
寒い部屋で妻と子が死んでいた
餓死だった 
暖房もつきた寒い部屋で
妻と子はやせ細った身体で冷たくなっていた

彼は後悔した
愛する人を亡くしたことを

そして気づいた
自分のプライドが妻子を殺したことに

早く故郷に帰って 父母に謝罪し、
借金の申し込みをすればよかった

いや、上等な自身の衣類を売って
少しでも金に換えて 
生活費の足しにすればよかったのだと…

どんな仕事でも与えられたことを感謝して
文句を言わずに働けばよかったのに…

やがて妻子の後を追うように、
飢えと渇きと絶望の中、すぐに彼も死を迎えた

その人生を振り返り
前述のようなことを繰り返し後悔するものの
同じ過ちを二度と繰り返すまいと
そのように決心するも

人が変わるのは簡単ではない



20世紀の終わりに日本に生まれたその人物は、
当然「彼」であったことは覚えてはいなかった

だが、「貧乏」を憎み、「お金」に執着し、
お金のない状態とお金を失うことに対して、
過度な恐怖心を抱いていた

そしてホワイトカラーの仕事こそがすべてであり
名のある企業に勤務することが大事で、
人様に自慢できるような仕事であるか否かが、
仕事の価値基準だった

ブルーカラーやアルバイトなどは、
人に言えない恥ずかしい仕事、ということらしい

失業している間、せめて職が見つかるまで、
短期アルバイトをしてはどうか?
とアドバイスしても、
「アルバイトなんか、自分のする仕事でない」
と怪訝な顔をする

人に見下されること、バカにされること、
とくに仕事で評価されないこと、
尊重されないことにフラストレーションを抱えており
自分を嫌う人や冷たい人を憎む傾向もあった

何故バカにされるのか…

そう、人は見た目も大事だ

清潔感のない髪型や
流行おくれの古さの目立つ服装
年齢やTPOに合わない小物
年齢のわりに子供っぽい話し方や立ち振る舞い
そして社交性のなさ

人は見た目ではないというけれど
上記のようなところで判断されるのは仕方ない
とくに女性はそういうのに厳しい
上記にあげたような恰好をしている人は
まず引かれるし あまり好かれない
性格がとてもよくて仕事が出来れば別だが

何故なら見た目に生活態度というのが出るからだ

ブランド品を身に着けているとか
高い衣類を着ていなければいけないとかそういうのはない
ヘアスタイルもファッションもメイクも、
お金をかければいいというものではない
いかな安い服でもファストファッションでも
他人の眼から見て 好感度の高い服装は十分出来る


20年以上前に買った、高いウールのコートは
あちこちが擦り切れて汚れてみすぼらしくなっていた
持っていたバッグは、普通こんなの
上場の会社のオフィスにはもっていかないだろうというもの

これでは「うわ、何この人」と思われても致し方ない
それを指摘しても
「これ、ブランドものだから」「気に入っているから」

しかし、他人から白い眼で見られるのは許せない

でも、どうみても、浮浪者とまではいかないけど、
貧乏人って感じで、勤務先とギャップがあるんですよ

ダサいとかセンスが悪いというはともかくとして
清潔感ってホントに大事なものなので

買い換えたいといいながら、
「ちゃんとしたものでないと買いたくない」といい、
「ユニクロとかは絶対にイヤだ」という
「自分はファッションにこだわりが強いから」
「安物だったら着たくない」と…

そのくせ、お金がないから洋服が買えないと言う
いやさ ユニクロや安い服でもいいでしょう
清潔なセンスのよい、
自分に似合う年相応の衣類を買えば…
何万もするコートを買おうとするから買えないんですが



そんな感じで
結局 人というのは何世紀を経ても…
どれほどの痛みを人生で味わってきたとしても、

なかなか
人は学ぶことが出来ず、変われないものです

愛する人の命を、
大事なものを自分のそのプライドのせいで失っても

一文の得にもならない己がプライドで
奪ってしまったという後悔の涙を流して
慟哭した日々も 

喉元過ぎれば熱さまで、で…

すべて忘れ去ってしまう


どれほどの痛みを味わっても 後悔しても
なかなか人はエゴイズムを捨てきれず
変われないものです

そうやって何度も繰り返し繰り返し、
似たようなレッスン(人生)と直面し、
変われるチャンスを与えられてもなお、

変わることを選べない

「助けて下さい」といい
「なんで私がこんな目に」といい

世を恨み、人を恨む


お金が悪いのではない
世の中が悪いのではない
お金より大切なものがあることを
選べないことが悪いのです

職業を差別し、
人の間に垣根を作る、その心(エゴイズム)が悪いのです

それを学ぶための今の人生です

2019/02/26

おしゃべり泥棒と遅刻魔とデモデモダッテちゃん



 人間の悩みはすべて人間関係の悩みである
  by アルフレッド・アドラー「嫌われる勇気」


おしゃべり泥棒というのは、
他人が話している時、
その話題を横からかっさらって、
自分の話にすり替えてしまう人のこと

いつでも自分が話の主役でないと、気が済まないタイプ?
そういう目立ちたがりならまだわかりやすいけど
無意識的にそれをやっている人もいたりする
(構ってちゃんもこの部類か)

こういう人いました
その人は他人の人間関係も欲しがる
知人や友人の話をすると、
「私、絶対その人と気が合うと思うんだ~」
会ってもいないのに、相手が拒絶するかも知れないのに
なんでしょうか、この自信

そのクセ、
複数人でいると、必ず誰かを会話の中から排除してハブる
3人いれば 1vs1で話し、1人を無視してイチャコラ
4人以上ならば 必ず1人を空気扱いして無視する

ようするに自己愛性人格障害のもっともたる人なワケだ

常に他人の関心を得てないと死んでしまうとばかり
同時に仲間外れをするのは
最下位を作っておきたいからなんでしょう

まぁ、こういう人は必ずボーダーも入っていますし…
他人の領域に土足でヅカヅカ入ってくる
ようするに厚かましい人です

他人から何かされることが当たり前で
してもらってもお礼はしない もちろん感謝もない
自分からは何も与えようとはしません
言葉では言うけど口だけです 行動は伴いません


 この世の中、見方によっては、
 すべて人と人との約束のうえに成り立っているといってもよい。
 友人との待ち合わせの時間の約束から、金銭物品の貸借の約束、
 さらには社則や国家の法律というものも、
 おたがいの生活を秩序だて円滑にするための、
 一つの大事な約束ごとであるといってよい。

 約束はおたがいの信用の上に花ひらく。
 だからこれらの約束を守るか守らないかは、
 人間の精神の高まりを示す一つのバロメーターであって、
 道義とか道徳というものも、
 こうしたところにその成果の如何をあらわしてくる。

 自分に都合が悪くなったからといって、
 平気で約束を破るというのは、これはまさに動物の世界。
 人間だけが、おたがいにかわした約束は、
 これをキチンと守るという
 天与の高い精神の働きを持っているのである。

 もしもこの精神が力弱くなったら、
 その影響は社会生活のあらゆる面に
 物心とものおおきなマイナスとなってあらわれてくる。
 単に待ち合わせの時間を ムダにするというようなことだけでは
 事はすまないであろう。おたがいに、約束は守りたい。

 by 松下幸之助「道はひらく」


こういう人もいました

時間にルーズな人
遅刻、ドタキャン当たり前
その理由はたいてい寝坊です

体調が悪いっていうけれど
得てして自覚というか性根であり意識の問題
自己管理が出来ていないといえばそう
生活も不規則で仕事でもミス多く
色んな人に迷惑をかけてもその場限り
職場で不興を買っていても
自分のそうした、ふてぶてしさや生活態度、
性格的ルーズさからとは当人考えません

約束を破るということ
時間を守らないということが
どういうことなのか…
まるでわかっていないのです
自分のしていることが相手をないがしろにし、
他人の時間を奪っているという自覚がないのです

こういう人は他人を自分以下に見ているのです
他人に迷惑をかけてもいいと思っているのです
自分に比べて相手はとるに足らない存在だと
行動で示しているのです

だから遅刻して他人に迷惑をかけても平気なのです

気が乗らないのなら最初から約束しなければいいし
朝が弱いなら、確実に起きれる時間を設定すればいい



 解決策がわからないのではない。問題がわかってないのだ。
  by ギルバート・ケイス・チェスタトン「ブラウン神父の醜聞」



構ってちゃんや察してちゃんも厄介ですが
一番困るのがデモデモダッテちゃん

悩みを訴えて、
延々と己が立場の不条理さや周囲の理不尽さを語るものの、
周囲がアドバイスをしたとしても、まず聞いてない

「でも・・・」「だって・・・」

ようするに共感だけして欲しいわけです
お説教はノーサンキューときたもんで
自分の気に染まないことを言われると、
ぶーたれて子供みたいにふてくされる

同情されたい 心配されたい
可哀そうにって、言って欲しいだけなんです
自分でその問題を解決するための、
ヒントを求めているわけじゃない

ああいえばこういうで、
いつだって相手が悪くて自分は悪くないと言う

解決策を提示しても
「それは難しい」ばかりを連呼して抵抗し反発する
自分に都合の悪いことはすべてスルーする
自分の欠点や問題は見ないふり




 必要であればあるほど拒まれるものがある。
 それは忠告だ。
 それを余計に必要とする人すなわち無智な人々からいやがられる

  by レオナルド・ダ・ヴィンチ



自己愛性人間の特徴として、
時間や約束、人間関係にルーズであるというのがあります
あわせて被害者意識の強さ 自己弁護力の高さ

そしてコンプレックスを剥き出しにするという、
一見して自己評価が低いように見せかけながら、
実のところ「私を認めろ!」っていう気持ちが強いんです
そんな承認欲求

すべて甘えの構図です

今の自分のままで愛されたい 受け入れられたい
甘えさせて欲しい 許して欲しい
認めて欲しい 評価して 尊重してほしい
自分のことを大切に扱って欲しい

単純に言って、批判されたくないんですね
だから批判や批評にものすごく弱くて
否定されることに敏感で
何かというと「傷ついた」と大騒ぎする
他人の善意でさえ悪意に取る

でも努力は大嫌い


誰だって欠点はあるし、完璧な人なんていやしないし、
誰しもが成長途中で発展途上ではあるけれども…

如何せん許容する方にも限界やキャパがあります




 過去の経験は今の姿と関係ありません
  by シーザー・ミラン




私のサロンで行っているようなセッション、
すなわち
非科学的な角度から問題の考察を図り、
アプローチを行っているようなところを訪れる
上記のようなタイプの人(に限りませんが)の多くが、
自分の問題を外部に求める傾向にあります


問題の本質が、

・心霊的な現象なのか
・カルマ的な学びとして起きているのか
・過去生の記憶に由来する心理的外傷なのか

とかとか

原因を見つけて 知るべきを知って
根本の根を断ち切り解決を図ることが
本来この手のアプローチ、テクニックの目的なんですが、

ただ自分以外の「何か」のせいにするために…
"心霊的現象"や"過去生"を言い訳や理由にしたいがために、
スピリチュアルなことに答えを求める人は減りません

そういう自己愛の強い人には、
スピリチュアルな知識も説明も、害悪にしか成り得ません
だってイイワケの材料にされちゃうだけですもの
その人の人間的成長を阻害する知識以外の何物でもなく、
中二病的な妄想を誘発して現実逃避させるだけで、
何の解決にもなりません

エゴイズムを増長させるだけです
(こういう場合、過去生も心霊的現象も冤罪の対象か!)

そんな人をたくさん見てきました


今のその人が現していることがすべてで
その人が「いま」どんな人間であるかだけがすべてなのに、
それがすべてを物語っているのに…



目に見えない事象のせいにすんな!


と私は言いたい



一言でいえば、「性格」なんですよ

すべては


過去生に起きた出来事だって
性格の問題や考えの誤りや思い違いや
選択ミスやら人間性の欠如の問題が発端となって
起きたことなんだから
今の性格の問題さえ修正すれば、
それで解決することなんです

今の自分の考え方、思い癖、
生きる上での姿勢とかとか
大体その歪みが
人生の歪みとして表れているだけなんだから

今生で日々を真摯に生き、
人として成長していきさえすれば
過去なんて知る必要なんてないです

まあ、過去生を知る意味がないってこともないですけど…
理由のわからない感情的反応で苦しむ人にとっては
その感情的反応の由来を知るのは
意味があるし、有益なことだから
そういう意味ではお役に立てていることもたくさんあります

て、いいますか
本来そのために、
スピリチュアルなテクニックのアプローチがあるんです

決して、己が責任の所在を
"見えない存在"や"心霊現象"や"過去の人生の出来事"や
"過去生の自分"や自分以外の誰か、に押し付けるために
心霊的な施療や過去生セラピーやあるわけじゃない

心霊的な知識もヒーリングもリーディングも全部、
そんなことのためにあるわけじゃないんです




自分以外のところに原因を求めたい人にとって、
眼には見えない事象、非科学的な要因に
問題解決というよりは単なる責任の押し付けをしたい人には、



過去生や
心霊現象のせいにすんな!!

すべてはその性格だ!
あなたこそが原因だ!
問題の核そのものなんだ!



と言いたい


というわけで新宿区のはしっこで叫んでみました


ええ、たいていのカルマのレッスン(人生の学び)は、
「今」起きていること、
現在に起きているトラブルに真摯に向き合うだけで
それだけで乗り越えられるますのよ

自分の内側にある問題を内省して見つめれば

外側の事象は、
内在している問題を投影されたものであって、
痛みを与えてくれる人物は、
その人の欠点や問題点をディフォルメされた
キャラクターを演じることで教えてくれてるだけだから

うん
人は自分以上の人に出会うことは出来ないし
自分の頭で考え、思い描いたこと以外の現実には出会えない

痛みを与えてくれる人は「過去の自分」であり
今、自分が感じている「痛み」は、
まさに自分が過去に誰かに与えた「痛み」そのものだから

過去の自分であり内在している
自分の問題を表している人物と出逢っているだけだから

そして人は自分が与えたものしか与えられることはなく
得ることも出来ない
今自分が受け取っているのは、痛みも悦びも含めて
すべて他人に与えてきた「感情」だから
与えないことには何も得られない

私達は蒔いた種に日々出合っているだけなのだから



2019/02/25

改めてのお願い

【ギフト・差し入れに関して】

訪問の際に手土産を持参するのは、
日本人にとってはごく自然な当たり前のマナーでありますし、
美徳的な気遣いだと思います。
私も友人宅を訪問する際には、そうしています。

とはいうものの、
当方にお客様(サロン利用者)として来ていただく際には、
お気遣いなきよう、手ぶらでお越しくださるよう、
よろしくお願い致します。

地元の名物・名産を食べて頂きたいとの、
お心遣い、そのお気持ちはとても嬉しく思っております。

ですが、すみません。
体質的に食べられないものがたくさんあるのです。
好き嫌い苦手もありますが、アレルギー体質で、
避けていたり食べてはいけないという食材もあります。
共に生活している家族がいれば、
家族でありがたく頂くところですが、
なにぶん単身生活者で、
消費できる量にも限界があるのです。

そのような事情から、
差し入れはご遠慮させて頂いております。

このように、
webサイトや予約の際の案内等でも記述していますが、
それでも気を使って下さり、持参下さる方がいます。

アナフィラキーショックを起こすほどの
ひどいアレルギーではありませんが、
蕁麻疹が出たり、下痢や嘔吐を起こす食材などがあるのです。
(ちなみに、鰹、イチゴ、パイナップル・アレルギーです。
父親が小麦粉アレルギーなので、
私も一週間のうち、食べる量を制限しています。
そして、嫌いなもの苦手なもの、たくさんあります。
お茶やハーブティーでさえ、嫌いな種類もありますので)
昭和の人間ですので、食べ物を食べずに、
無駄にしてしまうことにとても抵抗があるのです。


どうぞ、ご理解のほど、お願いいたします。

皆さまのお心遣い、お気持ち、心から感謝しております。
その気持ちだけどうぞ頂かせて下さい。

クライアントさんの問題が解決して、
生きる力を取り戻して頂くことこそが、
私にとって何よりのご褒美で臨時ボーナスなのですから。


【遅刻・連絡などに関して】

交通機関の遅延、乗り遅れ、乗り間違いなど、
想定外のことが多々あるとは思いますが、
予約の時間に遅れる際には、
必ず一本お電話を下さるよう、
お願いいたします。
私がふだん使っているメールアドレスは、
PCのアドレスですので、当日の連絡は、
メールでは確認できないことが多いので、
電話にてお願いいたします。
(ショートメールなら可)

また、私はガラケーユーザーで、
スマホを使用しておりません。
ネットの閲覧は自宅のみとなっております。
(たまにipadを持ち歩くときもありますが)
ですので、問い合わせ(メールフォーム含む)を頂いても、
外出時はすぐに連絡出来ないことが多いです。
仕事中のときもそうです。

手紙世代であり、
もともとメールの返信もゆっくり目の方で、
オンラインでない限り、
頂いてすぐに返信を出せるというわけではないことを、
どうぞご理解下さいますよう、お願い申し上げます。

それから、携帯に直接お電話を頂いた際、
着信履歴がありましても、
留守番電話にメッセージがない限りは、
こちらからは折り返し致しませんので、
折り返し連絡を希望される方は、
必ずその旨、吹き込んで下さるよう、
お願い申し上げます。


【その他】
個人セッションでの入室は、5分前からでお願いしております。
それ以前のお越しは近隣にて時間をつぶすなり、ご自身で時間調整をお願いいたします。準備などありますので、誤解下さい。
なお、防犯上、鍵をかけておりますのでノックして(チャイムがないため)、こちらがドアを開けるまでお待ちくださいませ。
※ドアをガチャガチャされますと、故障に繋がりますので。

また当方の施設としてトイレはお使い頂けますが、洗面台などはお貸しすることが出来ません。歯磨きや手洗い、うがいなどはご遠慮下さい(おしぼりはお出ししております)。
アチューンメントやレッスンなどで食事休憩がある場合、外食をお願いしております。1時間取っておりますので、時間通りにお願いします。早めに外食が終わってしまった場合、外で時間調整をお願いいたします。

ご理解・ご協力のほど、お願いいたします。

2019/02/11

近況報告とイベント告知

気が付けば、最後のUPから3か月も経過しています。
とりあえず生きていますので生存報告。

最低でも月に一回は書こうと思っているのですが、
時間がまるっとあって、心にゆとりがある時でないと、
私の場合、blog記事をまとめることが出来ません。

せっかくTwitterもアカウント取ったものの、
まったく活用していないし、やはり放置しているし。

実は年末年始から咽頭炎でダウンして、
治ったと思ったら扁桃炎を併発し、
長引いてしまって、ちょっと大変でした。
(40度の熱出て動けず、話せず、食べれず、
3週間寝たきりになったので筋肉衰えて固まって、
顎関節症やら坐骨神意痛になるわで、痩せた)
インフルの検査もしてもらいましたが、
相変わらずインフル未経験更新中です。
(自己免疫疾患持ちなのに何故移らないのか謎)

blog書いてない期間にも、
私生活でも色々あり、
上記の事情でノックダウンしている時にも、
意識朦朧としながらも、
様々なこと考えていまして、
書きかけている記事も勿論、
書きたい事もそれなりに溜まっていますので、
来週ぐらいからぼちぼち書いていきます。
今日も時間ありましたが、結局書けず。


さて、来月の3月21日(祝日)春分の日に、
「魔女のお茶会」を久し振りに開催しようと思います。

セミナーやワークショップのようなテーマは敢えて設けず、
ヒーリングやスピリチュアリズムや霊的真理とか、
参加者の方の質問や知りたいことに応えていくとか、
(blogに書いていることとかについて)

後は、4月以降に
「スピリチュアリズム講座(初級入門編)」を
再開させようかと目論んで?いるので、
それのプレ的な説明会みたいなものもさせて頂こうかと。

「魔女のお茶会 in春分」
日時:2019/3/21(祝) 14時~16時半
参加費:2500円(お茶・茶菓子代込)
最小開催人数:2名
場所:有楽町線江戸川橋駅徒歩2分 新宿区山吹町
※Skypeでのビデオ通話による参加も可能です
その場合、お茶やお茶菓子なしです。ごめんなさい。

申し込み・問い合わせはメールにて
rasverry★yahoo.co.jp ★を@に変えて下さい


でもって、今平日の夜に開催している勉強会は、
いったん4月で終了させて頂きます。
仕事帰りに気軽に参加して頂ければ、
と考えて平日夜に設定していたのですが、
意外と難しいようです。

ですので、4月以降は(今のところまだ予定)
月1回あるいは2回日曜日の午後開催で、
前払:振込の月謝制にしようと思っています。
月謝は1万で時間は休憩入れて4時間くらい。
※Skypeでのビデオ通話による参加も可能
※病欠や忌引などやむを得ない事情で
 休んだ場合、振替受講も可
(平日開催は今のところ未定。要望があれば考えます)


安いからちょっと行ってみよう、と思われる方でなく、
何しろ深い知識ですから、本腰入れて、
真面目に学びたい、知りたい人という、
学ぶ意欲のある人に学んで欲しいと思いました。
いやさ、そうでなければ伝授できる知識ではないし、
当人も理解することも難しいし、
身に付く知識ではないからと教える側としても
痛感致しましたので。

基礎・初級は、霊的な知識を学ぶ意欲のある人は、
誰でも大歓迎ですが、それ以降、その先に関しては、
自らのエゴイズムと向き合って自己成長を遂げたい等、
スピリチュアル(人間的)な成長を自らに望まれる人とか、
そのような方いれば、中級以降も考えます。

とはいうものの、需要があるかどうかが問題ですが。
企画倒れになった場合にはすみません。