2017/01/24

戦士の休息

「三時方向に敵の狙撃手発見。伏せろ!伏せろ!」

銃弾が壁を貫く。誰かが叫ぶ。
別の誰かは神に懇願している。殺してくれと。

クィンは戸口へ這い寄った。
銃を構えて狙いを定めようとしたその時、世界が炸裂した。
どういうわけか自分はイラクに舞い戻り、
仲間の頭が吹き飛ぶのをまた見ている。

と思った瞬間、
クィン・ウォーカーはベッドの上に跳ね起きた。
心臓が高鳴り、全身汗びっしょりだった。
上掛けを剥いでふらふらと窓辺まで歩き、
山に広がる草地を眺めた。
夜明けまで一時間足らず。
すでに空の色は、新しい一日の始まりを告げている。

なぜ、繰り返しあの夢を見る? なぜ、忘れられない?
クィンは窓に頭をあずけて目を閉じ、念じた。
悪夢よ、二度とよみがえるな。
しかしの恐怖が消え去る日が本に来るのだろうか。
ケンタッキーの自宅へ戻ったという現実を受け入れられる日が。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)というやつは、
起きて欲しくないときに限って起きる、厄介なしろものだ。
同じ戦地土産でも、寄生虫のスナノミなら、
ティートリーオイルを垂らせば済むが、
PTSDには特効薬もワクチンもない。
魔法の杖をひと振りして終わり、というわけにはいかないのだ。

夜の眠りのさなかに、
あるいは思いを寄らない真っ昼間に、そいつはやってくる。
きっかけは些細なひと言、ちょっとした物音、
場合によってはかすかな匂いだったりもする。

                   シャロン・サラ「マイ・スィート・ガール」より引用


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これまでの過去記事の中でも何度か、
「死」にまつわる経緯すなわち「死」という行為たる出来事、
が強いトラウマになるということに触れてきた。

自分が死に至った事由、死に至らしめられた状況、
自分を殺した道具、死の原因になったもの、
自分を殺した相手、死んだ場所etc・・・

例えば、カミソリで首を切られた人はカミソリが苦手となり、
とある食べ物が原因で死ぬことになった人は、
その食べ物が嫌いになったり、アレルギーを引き起こしたり、
高いところから落ちて亡くなった人は高所恐怖症に、
水死で水を大量に飲んでしまった無意識の記憶のある人は、
水をごくごくと飲めず舐めるようにしか水分を取れず、
崩落事故や地震で建物や穴倉に生き埋めになっての死は、
閉所恐怖症や暗闇恐怖症を発症していたり・・・など。

人が死する状況は様々であり、
病死や事故死、殺人、餓死、自然災害に巻き込まれての死、
老衰といったもっとも少ない自然死もあれど、
戦争による戦場での死というのは、どんな状況にせよ、
強く、深い影を後の人生にも落とすことになるようだ。


戦地から戻った帰還兵の心の問題は、
今でこそ、ケアサポートプログラムがしっかりとあるようだが、
湾岸戦争以前はあまり真剣に取り組まれてなかったように思う。

というか、おそらく昔からあったのだと思うが・・・

ベトナム戦争を機に大きく注目されるようになったというか、
アメリカ人のベトナム後遺症ともいうべき、
帰還兵とそしてその周囲の人々が抱え込むことになった
数々の社会的問題、負の遺産のひとつとして、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)が有名になったというのもある。

それは主に、ベトナム戦争を題材する映画、
帰還兵のPTSDを扱ったシリアスなハリウッド映画が、
大きなインパクトを人々の心に与えることになったからだと思う。

それまでの戦争映画というのは、
敵を敵として描き、いかに作戦を遂行するかの頭脳戦や、
戦場での駆け引きなどに焦点を置いてはいるものが多く、
人としての葛藤など人間ドラマを扱う部分はあったとしても、
人が人を殺すというジェノサイドを経験することによって負った、
帰還兵の心の傷に触れたものは皆無に近かった。

例えば、太平洋戦争、第二次世界大戦で言えば、
「史上最大の作戦」「遠すぎた橋」「大脱走」
「トラトラトラ」「バルジ大作戦」「戦場にかける橋」とか、
ちょっと娯楽的な感じで、戦勝国万歳って感じなものが多く。

まあ、「ジョニーは戦場へ行った」とか
「西部戦線異状なし」「戦争と人間」とか、
問題提起している傑作ももちろんたくさんあったけど。


「ディアハンター」「地獄の黙示録」
「プラトーン」「7月4日に生まれて」なんか、
この辺りの映画が問いかけてくることは大きかったよね。

そういう意味では映像の力、
一本の映画が与える力、影響力ってスゴイ。

たった二時間弱で、多くのことをたくさん考えさせてくれて、
たくさんの人の立場、人生を教えてくれる。
(写真もまたたった一枚で真実を伝えてくれたりする)

とはいうものの、
「精神医学の分野」「心の医学」が
発達したのが近年だっていうのも大きい。
この辺りが飛躍的に発展したのって、本当に最近で。
戦前なんてとんでも理論で妙ちきりんな治療をしてたり、
ありえない非人道的なマッドサイエンスティックな
ロボトミー手術なんてのもほんの少し前まであったし。

今でこそトラウマって、誰でも知ってる用語だけど、
PTSDも、全国区で周知になったのは、
日本でも地下鉄サリン事件以降ではなかろうか。

日本は太平洋戦争以降は戦争に参加してないから。
帰還兵のケアサポートとかの必要性はなく、
社会復帰できない彼らによって引き起こされる、
犯罪が社会問題になることもないからね。

(ただ、
湾岸戦争に派遣された自衛隊の人たちは、
あくまで後方支援的立場であり、ドンパチをしなかったとはいえ、
緊張感あふれる、いつ巻き込まれるか判らない状況下で、
様々な心理的圧迫から、精神的ストレスを引き起こし、
鬱、不眠ほか、ケアサポート要な人が多発したみたいだ。)


とはいうものの、太平洋戦争から帰還した日本兵が
肉体の障害や後遺症だけでなく、
様々な心理的問題、精神疾患を抱えることになって、
苦しんだってのはたくさん後に語られてもいるんだけど。
フラッシュバックで暴れたり、幻聴や不眠に悩まされたり、
家族に暴力をふるったり、あれやこれや・・・
※映画とかドラマとか小説とかコミックとかで描かれてる。

けど、当時はそれを問題視する世相はなく、
国も国民もそれどころではなかったというべきか。
そういう意味では、どんな時代にもどの国にも
どんな戦争においても、あった問題で、
遅まきにして今さらながらようやっとな感じなのかな。



でも、まあ・・・
生きて戻ってきて、治療を受けられる人は、
まだ救いの道が残されてると言えるのかも知れない。

自分の苦しみの理由、原因が分かるから。
何よりも当人自身が知っているし、
周囲にも説明できるし、理解もしてもらえる。

PTSDから解放されるか否か、完治するかどうかは別として。


だけれども、
戦地に行って、そのまま亡くなってしまった人は、
生まれ変わって、平和な国、平和な時代に生まれたものの、
平穏な日常の中、とくに何もない生活において、
自分が何故、そのような症状を抱えるのかが分からない。
心の中に広がる不安や得体の知れない恐怖感、
自分の中に巣食う闇の正体が・・・
自分を苦しめる見えない敵の存在が分からない。

現実には何もなく、
親も普通で、とくに問題のない家庭に育ち、
これといった心当たりもないのに、
フラッシュバックに悩まされたり、悪夢に魘される。

それ故に周囲にも、家族にも理解されず、
誰かに説明するにも、自分自身が一番理解できず、

自分は狂っているのでは? 病んでいるのでは?と悩み、
原因の分からない、根拠のない行動規範や無意識の癖、
それらは関わる人を悩まさせ、
周囲との間に軋轢や壁を生じさせもする。

深い、深い、孤独の中、
奈落の底に沈むような閉塞感をもたらして。

その人自身が、他人とは違った自分の異常に気付き、
問題に取り組めば、まだ光明が見つかる可能性もある。

が、自分の内に閉じこもり、
理解されようとも思わず、問題意識も持たない場合、
その傷や問題を手放すに相当な時間と年月が必要になるだろう。

実際、当人も気づかない「心の傷」を抱えている人はたくさんいる。

無意識の思い癖や考え方の癖に人生を支配され、
深層心理の中に植え付けられ、刷り込まれた「恐怖」がある故に、
心をこじらせ、不要なものを引き寄せ、人生で多くの寄り道をし、
望む人生を生きれずに、本来の自分を生きれずにいる人が・・・

そういう人たちは、
ほんの少し立ち止まって、自分について考え、
自分の人生を邪魔しているものが何であるのか、
それが自分の中にあるものだと、
自分の中に要らない考えや想いがあることに気づいて、
それらと決別する、ほんの少しの勇気を持って、
自分を、人生を変えてみようと決心するべきなんだろう。

過去生の記憶を紐解いてみるのも一つの方法だが、
別にそれをしなくても、他の方法でも何でもいいのだ。

今の人生を生きるのに余計なものがあるかどうか、
それらを見つけて、手放す努力をすれば、
それがきっかけで、きっと何かが動き始めるだろうから。



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友人との会話で、
ご主人に奇妙なクセがあることを聞かされた。

「とにかく神経質で、
物の配置がいつも同じところにないと怒るの。
そして物音にものすごく敏感で、
真夜中に何か音がした時とか、わざわざ起きて確かめて、
異常がないと確認出来るまで、絶対に寝ないのね。
家鳴りとか、家の外で木の葉が落ちる音でもダメなの」

少し他にも気になることがあったので、
彼・・・友人の旦那さんの過去生を見てみようと集中してみると、


ジャングル、密林のように木々が生い茂った場所で、
迷彩服を着て、張り詰めた緊張感でひきつったような、
恐怖に怯えた顔をしている旦那さんの姿が見えた。

『これってベトナムだ。
そして旦那さんはアメリカ兵だったんだ』

過去に何本かの映画を見ていたので、
軍服や状況ですぐにそう理解というか推察できた。


私が見たのは、
銃を構えながら、密林?の中を恐る恐る移動している場面。
何人かの仲間といたのだけど、
音や声がするたび、振り向くと、一人ずつ減っていく・・・
その度に緊張の糸が張り詰めて、
気も狂わんばかりの恐怖に襲われ、
もう発狂しそうな、血管が今にも破れそうってくらいに、
心臓の音がバクンバクンしていて、冷や汗がだらだらと。

ものすごい緊張感。

やがて後から首に手をかけられ、
もう一方の手で喉をかっ切られて絶命・・・したらしい・・・

というところまで。

おそらく、ベトコンのゲリラ作戦で命を落としたのかな。
年はわりかし若くて、学校出たてという感じ。
ティーンということはないと思うし20歳前半というところ。



その話をすると、

「・・・そういえば、
ある日突然、『サバイバル入門』という本を買ってきたわ。
そして、あっちこっち、ページおりまくってるの。
一番最初に折ってるところが、『いかにして生き残るか』
というページだった・・・しかもアメリカの本だわ」

とのこと。

「なんでこんな平和な国に、日本に生まれて暮らしてて、
サバイバルゲームが趣味なわけでもないのに、
突然こんな本買ってきて、何だ、どーしたんだ?って
不思議に思ってた。
災害に備えるための防災の本なら分かるけど、
北海道の山奥に住んでたって、こんなの、
必要になりそうもないのにって、ねぇ。

でも、ベトナム戦争で亡くなっていたのなら、
そんな経験をしていたのなら、判るかも」


ちなみに彼女は私より一回りは下で、旦那さんは年下。
生まれ年を考えるに、矛盾はないわけ。
で、友人は戦争映画嫌いだから、
「プラトーン」とか「ディアハンター」とかは観てなかったり。

映画見ると、彼の抱える闇が分かると思う、けれども・・
人によっては軽くトラウマ映画にはなるから、
旦那さんの抱える問題を理解するためとは言え、
ベトナム戦争映画を見て、というのはやっぱり酷かなあ。


それに、兵士だったのは、前世(直前の人生)だけでなく、
別の人生でも、いくつか戦争に参加していたりして。
(女性だったときもあるけど、男性だった時のほうが多いみたい)

そういう戦場における精神的ダメージによって創られた
後世の人生でも引きずる習慣的行動や考え方。
この想念体のことを勝手に、
ロンリーソルジャーエレメンタルって呼ぶことにしちゃったけど。

(どうでもいい話だけど、勝手に名付けたエレメンタルの中には
かぐや姫エレメンタルとかマリー・アントワネットエレメンタルとか
あったりする。そのエレメンタルの特徴に合わせてww

※かぐや姫エレメンタルとは、男性に対して素直じゃなくて、
あれやこれや無理難題や注文をつけたり、ダメ出しをする
タカピー女だった時のパーソナリティのクセ
※マリーアントワネットエレメンタルとは、「パンがなければ
お菓子を食べればいいのに」というような、勘違い世間知らず
で上から目線的KYなやっぱり高慢ちきだった人生の
パーソナリティの考え方や思い癖

そんな風に、こんな傾向のエレメンタルあるなって、
分類して用語付けてしまってたりするのデス)


ロンリーソルジャーエレメンタルっていうと、とても軽いけど、
結構というか、かなり深刻なエレメンタルだなって思いました。


今はそれはしないけど、実家のお母さんが言うには、
水道水でさえ、煮沸しないと飲まなかった・・・そうなんで。
(東京都の水道水、世界一優秀なんだけどなぁ)

あと他人の作った食べものを信用してないとか、
それ以外にも共同生活を送る上で、
弊害になっていること、習慣とか規律とか、
色々とあるわけです。ここでは触れませんけども。

でもね、彼が前の人生で
ベトナム戦争に従軍して死ぬことになったというのも、
それはそれで意味があるというか、
それ以前の人生のことがあり、
そうした体験をする、その人生を生きる必要あってのことです。
だから、まあこの前世のことを、
短絡的に「可哀想」「お気の毒」と同情だけで
片づけることはできないのですけども。
必然的に、それまでのあれやこれやの経緯で、
このような「死」に導かれているので、はい。

でも、まあ・・・

困ったなあ、厄介だなあ、ロンリーソルジャーエレメンタルって。


そうですね。
この場合、当人が自分のことで悩んで、ではないので。
周囲が理解するしかないのですわ。
本人が自分のそうしたところを問題と思って、
解決したいと望み、相談してきてるわけでもないし、
知りたいと思っているわけではないことを、

「あなた、ソレ、
ロンリーソルジャーエレメンタルが原因ですよ」

「あなたのそのクセ、
前世でベトナム戦争で亡くなったときの後遺症、
PTSDが起因しているのですよ」

とはお節介にいうわけにはいきませんから。


この場合、妻である友人やその友人である私が出来ること、
彼に対して、何をしてあげられるかって言ったら、
彼のそうした意味不明で不可解な行動は、
そのような過去生の出来事があったからなのだと・・・
理解するように努めること。
そして、その傷が早く癒えるように祈ること。
ヒーリングもそのひとつの方法にはなりますが。




そんなこんなで、知らず知らずのうちに、
過去の戦争のロンリーソルジャーエレメンタルの影いやさ
過去生で体験した戦争のPTSDを引きずっている人、
意外と多いかも知れませんね。

未だ癒えず、解放されず・・・

もちろんPTSDは戦場における死に限ったことでなく、
あらゆる死によって、たくさんの人が抱える傷でもあります。

願わくば、現在の人生で、
後生の平和な人生と平穏な日常の中で、
少しずつ癒されて、
すべての人が解放されて、心の自由を取り戻せますように。


せっかく平和な時代の平和な国に生まれて、
安穏に暮らせる人生を今回選択して生まれてきたのだから、
背後から忍び寄る敵の影に怯えず、
ボッーとしてのんびりできる日常を、
もっと楽しんでほしいものです。


今の人生では、「戦場」を離れた多くの戦士たちが、
兵士だった時の人生から離れ、その記憶を埋没させ、
ただ、一人の人として癒され、魂の休息において、
愛のある日々を送り、少しでも人間性を取り戻せますように。



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霧がかかったような視界の中に、マライアがいた。
不自由な方の足を投げ出して、
もう片方を窮屈そうな形に折り曲げて、
デッキにぺたりと座り込んでいる。
誰かが肩にかけようとしてくれたらしいキルトは、
腰の周りに落ちてしまっている。
マライアはしきりに体を揺すっている。
前へ後ろへ規則的なリズムで。
無表情だからといってだまされてはいけない。
頭の中では嵐が吹き荒れいるのだ。

「マライア?」
彼女は固くこぶしを握り締めている。
戦闘に赴くときと同じだ。
顔に表情がないが、目には光が宿っている。
目の前のものではない何かを見ている。
マライアがどこに居るのか、クィンには判っていた。
わからないのは、そこからどうやって連れ戻すかだ。
「マライア、ぼくだ、ハニー。ぼくの声が聞こえる?
君が何処にいても、ぼくはきみと一緒だ。
覚えているだろう? ぼくたちはいつもふたり一組だった」
そこでクィンは声を高くした。
「マライア、ぼくを見るんだ」

身体を揺するばかりで、マライアは反応しない。
クィンはさらに大きな声で言った。
「撤退だ、コンラッド! 敵は全滅したぞ」
マライアが目を瞬いた。

クィンは彼女の両手を取った。
「一緒に戻るぞ。コンラッド。
聞こえるか? 戦いは終わったんだ」
マライアは手を振りほどこうしたが、
クィンはそうはさせなかった。
すると彼女はうなり声をあげた。

ドリーは見ていられなくなり、
すすり泣きをもらしながらその場を離れた。
ベスも涙を流し、ライアルの胸に顔をうずめた。
自分がここへ来たばかりに
こんなことになってしまったのだと思うと、たまらなかった。

クィンはマライアとの距離をつめて声を張り上げた。
「もう終わったんだ。基地へ帰るぞ。立つんだ、さあ!」
ぱちぱちとまばたきをして、マライアが突然大きくあえいだ。
まるで今までずっと息を止めていたかのようだった。
体の揺れも止まった。
クィンは前かがみになっていた背を起こした。
もう大丈夫だ。彼女は戻ってくる。

              冒頭紹介の本より

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