2020/01/08

適材適所

新年明けちゃっています

気が付いたら7日 
(七草がゆは食べていません)

書くときは続けて書き
更新が止まってしまうと
数か月も放置してしまう当blogですが

継続して発信するのが大事と思い
これからも続けていきますので
本年もよろしくお願いします





さて先日から
ネットでIQテストなどをいくつか受けてみました

平均するとだいたい上記の数値

まあネットで出来るテストですから
その信ぴょう性は疑わしいですが
何個か受けて大体このラインなので
その位って思っててもいいのかも

50代半ばでコレはまあ喜んでいいのかな
眉唾モノにしても
上記のように褒められると嬉しいものです
(褒められることって日頃ないから)

ちなみにダヴィンチやアインシュタインは約180
ゲーテは約200 モーツァルトは約150だそう
キュリー夫人が170位
ムツゴロウさんも多分170以上じゃないかな
天才って言われるのは150以上が目安で
超天才は170以上ではないかと思われ

私の好きなジュディ・フォスターは132だそうなので
同じくらいでなんか嬉しい(だが先方はエール大学卒)


とはいうものの
仮にこの数値が本当の私のIQと近かったとしても
私は"頭がいい"人ではないし勉強も出来ない人です
学歴はまったくありません

ていうかちゃんと勉強したのは小学校まで
中学は校内暴力の時代で荒れていましたから
ほとんど授業とかちゃんと受けてないです
(窓ガラス割れてビュービュー体罰上等
クラス全員で授業ボイコットは当たり前
環境も環境でしたが私も不真面目でした)

高校は行ったけどバイト三昧の日々だし
バイト後は飲み歩いていたから(ヲイ)
授業中は寝に行っていたようなものです

当然ながら大学は行っていません
(父は経済DV野郎だったし
私と姉のための教育費・学費を母が
従姉妹たちに投資してしまったというのもあり)


だから頭はバカですよ

本だけはたくさん読んだ人ですが
成績が良かったのは図工と音楽だけですね
国語と社会と理科は好きだったけど
古文とか地理とか好きではなかったですし
数学と物理は滅茶苦手だし
英語もまったくダメっす

お金もらって暗算でお釣り計算とかはできるけど
経理とか税率計算とかもう苦手中の苦手
(帳簿付けと確定申告は地獄の苦しみ)

ただパズルは得意ですね
並んだ数字の規則性を見つけるのとか
図形の形が並んだのとか
その手の海外のダウンロードゲームの中にある
頭の体操的なミニゲームはわりと得意だし
推理ものも得意 雑学を調べるのも好き
興味の対象が広いって程度ですけれども

だから自分は単なる右脳タイプだと思っていました
ですがそれとも違う様です


でもそうですね
IQの平均値は100らしいので
もし私の134が本当だとすると
平均よりは少し高いことになりますか

それがどういうことなのか調べてみると
今の世の中では「生きづらい人」っていうのが結論
あと130以上からだと
他の人と世界の見え方とか物の理解の仕方
物の覚え方がまったく違ってきてしまうらしいです
あと脳内の情報処理能力や空間認識能力が違うそうで

つまり見えている世界が違う

150などの超天才肌ではなく
130~140だとせいぜい秀才程度なのですが
周囲と合わず 感性とか会話が噛み合わないとのこと
とくに興味の対象とか会話のテンポとか
目の前の事象や内容を理解するスピードとか
語彙力とか表現する幅とか
そのあたりで周囲とズレを感じるそう

ああ なーる なんかわかる気がする

確かに変わり者とはよく言われますw

正直言って
自分の社会性の無さや組織に適応できないところ
何らかの発達障害とか
自閉症スペクトラムなのかなあ?とか
疑ったこともありました
でも空気はいちおう読めるし他人の話も聞けますし
想像力も共感能力もありますしー
決して社交性や協調性がないわけではなく
意思伝達能力が著しく欠けているわけではないし

人格や性格に難ありなのは周知の事実ですが
性格の問題だけではないような気がしていました

人には視えないものが視えたりする
この霊的素養のせいだけかと思っていたら
どうやらそれだけでなく

根本的に
オーソドックスな世の中の価値観とズレていて
平均的な人々とは「世界の捉え方」が違うって
そういうことから来るものなのでしょうか

ようするに世の中的に
マイノリティな人種ってことなんですかね

優秀な頭脳の持ち主にあらず
アブノーマルなオツムの持ち主って自虐的に言ってみる


そういえば国語の作文では
「中学生がこんな本を読むんじゃありません」
て叱られたものです
(ツルゲーネフくらい小学生でも読むよねー
仮面の告白や痴人の愛や
悪徳の栄えなら叱られるのわかるけど)

あと
某企業において正社員としての入社時
研修時に書かされたレポートでは
松下幸之助を引き合いに出してああだこうだと
出されたテーマに添って書いたと思うのですが
上司からやはり
「視点が変わってるわね、あなた
どう評価したらいいのかわからない」
と言われたことがありましたっけ

だって大学行ってないから
レポートちゅうか論文の書き方知らんし


そういえばその昔に
占星学とか占いとか教えてた頃ですけど
習いに来てくださった
大学院生の方(両親ともに大学教授)が
「アルマさんの教え方っていうか
 授業の進め方って
 大学での講義の教え方ですよ」
って言われたことがあったんですよね

大学に通ったことのない私からすれば
大学の授業って受けたことないし
(まともに勉強したの小学校だけだし)
へぇー!って驚いたものでした

ようするに蓋を返せば
その知識の初心者にとって
とても難しい教え方をしている
(いきなりすぎるというか)
というトホホなことなんですよね

そのことに気付いたのって結構最近です

本を書かせて頂いたときに編集の方からも
「もうちょっと小学生に言い聞かせるみたいに
 わかりやすく噛み砕いて書いてください」
と言われたもので

スピリチュアリズム講座や
ワークショップやセミナーの時でも
テキストの文章表現や説明なんかで
私自身は以前編集さんに
そう指摘されたことを意識して
初心者にもわかりやすく文章を書いたつもりでも
頭の上で「????」
になっちゃっている人もいたりしましたから

あくまで私側のほうで
分かりやすいつもりの文章であって

決して万民にわかりやすい
入門的な文章は書けてないのだろうな…と





さてタイトルの適材適所です

私は子供の頃
ブラックジャックに憧れた背景もあり
医者になりたいと考えたこともありましたが
現実的にはそれは無理なことで
それ以前に医大に受かるような頭脳もなかったのでした

そういった情熱も冷めた頃
私はなぜか普通の平凡なOLに憧れたのですが
組織に適応できないということを
正社員や派遣社員を経験したことによって
嫌というほど思い知らされたのでした
まったく使えないヤツではないにせよ
あまり使えるヤツではないのは事実
(仕事の飲み込み早く覚えるのは早いが
自分ルールで勝手に進めてしまう難あり
なおかつ組織に従順ではなく反抗的)

ていうかー
組織に向いていない私が会社員をすることは
社会の迷惑以外の何物でもなく
はっきりいって役立たずなのです
和を乱す迷惑な人材という意味で

だからと言って
私が今の仕事に向いているのか
というとそれは解りません
大いに役不足であると思います
未熟者な研修医レベル

でも
企業において与えられた役職の責任の名のもとに
ルーティンな仕事にしても創造的な仕事にしても
その中で職務を与えられた私は
決して有能な社員には成り得ません
有益な人財にあらず
損失を与える人害かキチガイになってしまうんですよね

たぶん如何にトレーニングしても無理でしょう
適合できるにはまだまだ何百年もかかりそうです

けれども
スピリチュアルセラピストや占い師としての私は
少なくとも会社員としての私よりは優秀で
社会や人様のお役に立てる人財と成り得るようです

ていうかー
この仕事を通しての方が社会貢献できる

私という人間が社会の役に立てる道って
どうもここしかないんだなーって
今更ながら改めて自覚したのがこの年末年始でした
それはおととしの年末から
じんわりじんわりと考えていて
一年かけてああやっぱりなあとの結論に至り

他人や社会に迷惑をかけず
私という人間の欠点や問題を隠して
資質や個性を使ってなおかつ
持っている才能や長所を最大限生かす道って
社会における自分にとっても世の中にとっても
一番いいポジションてここなんだろーなと

なるべくしてここに流れているんだ
私の人生はすべてこのためにあったんだなと
今更ながら痛感したのが昨年までの流れでした

というわけでこれからはひたすら頑張ります
もちろん人間的な欠点を直すこと
霊性を磨くだけでなく
人としての精進も忘れてはいけません

まだまだ未熟者ですが修練あるのみ

というわけで今年もよろしくお願い致します

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