2020/04/03

春は別れの季節

私が属するこの種類の業界・職種も
コロナ騒動の影響を受けていますが
色々と自粛が望ましい時期ですので
それはそれ致し方ないこと

同じ危機的状況と言っても
急に他国に侵略されたり戦争しかけられたわけでなく
大地震とか津波とか富士山の大爆発とかで
国土が喪失され破壊され一気に何もかも失うような
未曽有の大惨事に見舞われたわけではなく
核爆弾という炎の塊や銃弾という鉛の雨が
降ってくるわけでなし

ただ祈って各自が出来ることをするだけです
私の場合は職業が職業ですので
やはりエネルギーワークを行うこと
魔女としてシャーマンとしての祈りを捧げて
この地球がバランスを取り戻して
人類が選ぶ未来をサポートすることだけですね

あ 
あとblogを書くこともですかね
有益な情報なのかどうかはわからないけど
必要としている人や楽しみにしている人がいるなら
時間あるなら書けーという話で

そして落ち着くまでは対面は先送りということで
リモートセッション(遠隔ヒーリング)などを
夜中にすることが多くなりました
※家全体に行うので寝静まった頃の方がベスト

もちろん対面希望者の方は受け付けています


春は別れの季節です
今年はその別れを味わうことが出来なかった人や
突然の不足の別れを味わうことになってしまった人が
大勢いますね

出会いとは別れの始まりであり
いつか来る日とはわかってはいるけれど
それでも悲しいと思う気持ちは止められません

物質的なレベルでの肉体や人生
すなわち人の命には限りがあるので
いつか訪れるその日を避けることは
どうあがいても出来ませんが


先日30年来の友人とサヨナラしました

死別ではなく物別れ
ご縁が途絶えたという話です

友人は三人の子を持つ母であり
仕事も複数抱えていて
それ以外にここ10年位は
親の介護や看病だのなんだの
いつも忙しくしていましたから
密に会うことは出来なくなっていたんですが

だからこそそれがお互いにとって
ちょうど良い距離を保てていられたのでしょう

思えば
少しずつ価値観とか"合う"ところや共感できる部分が
ズレて行っていたのだと思います


ことの発端は彼女が昨年
とある健康食品を薦めてきたことなのですが
マルチでもネットワークビジネスでもなく
その商品(モノ)がいいのは理解できるのですが
(もともと知っている素材ではあったし)

私としては
「こういうのいいと思うよ~すごくオススメ」
と情報を提供した上で軽く薦めてくれる程度なら
「ありがとう。どれどれ、ちょっと調べてみるよ」
と反応して興味が持てれば買って試してみる
で済むのですが(普通はそうですよね)

わざわざそのためだけに呼び出して
熱く語りだしてセミナーに出るべきだと
予定があるのでと断っても食い下がってくる
マルチやネットワークビジネスの話や商品でないのに
(定期購入のシステムで販売しているもの)
やり方がマルチとかネットワークビジネスとか
新興宗教の勧誘そのものなのでその時点で引くわけです

あなたが心配だからあなたのためを思って
…の常とう句も洗脳状態でのセリフと同じ

こちらが断って このようなやり方は
望ましくないといくら話しても通じない
…というか人の話聞いてないですしねー

延々と商品の良さを語るわけです
夢遊病者のように

(コレさえ飲めば病気にならないとか
どんな病気も怪我も治るなんて魔法の薬はありえません
そんな売り方は薬事法違反やないかい!
ガンも直すって紅茶キノコかよっっ
そんなんなら医者いらずでノーベル賞も取って
加工業者は特許で莫大な富も築き万々歳なはず
ソレが人の健康に良いのは事実でしょうが
効果に関して妄信的で過大評価がすぎるのです
それに私はいくら健康や体によくても
高いお金払ってマズイものはごめんです)

この状態では正面切って正論言ってもダメです
言うことは言ったつもりですが
少し様子を見ることにしました


季節の挨拶とかいつも通りにしていたのですけど
そのメールにもいちいち
「〇〇のお陰で私は幸せです・・・」と
延々に〇〇の素晴らしさをキャッチコピーとして
どうでもいらん情報をつけてこられてまして

で 
このコロナの騒動です

「やはりあなたはコレを飲むべきだ」と
延々と長いメールをまた送ってくれたわけですね


彼女がその販売業者(代理店業者)を始めて
こんなんあるけどよかったら買って~
とかいう話だったら
彼女の売り上げに協力することになるから
まだ考えたかも知れない
それで自分の健康のためになるものなら

でもそうではないし
ただ「買うべきだ 飲んだほうがいい」と
その商品の聞きたくもない素晴らしさを
延々と語られるのは正直鬱等しいものです

ギフトされるのならまだしも

なんで
「私たちはガンをコレを飲んで治しましたー」って
人々が号泣して自らの人生を語っているセミナーに
出なきゃいけないの?ってのもある

私の職業からすると
「いや、あなたが病気になったのは
 あなたの生き方や自分に対する感情
 他人に対する考え方が間違っていたからですよ?」
の一言なんで

でも私が何をしているのか
私の職業がイマイチわからない彼女に
それを話してもたぶん通じないので
(誰に話しても通じないですね)

いやさそれ以前に
このようなやり方自体
人間関係においては間違えているわけです

早い話がこれは彼女の承認欲求のひとつ
これもコントロール欲求なんですよね

私のため相手の為と言いつつ
彼女が自分のためにしていること
自己満足を得ようとしてして行っていること

彼女は友人知人の健康を守り
助けられる自分になりたいだけ
何か出来る自分になりたいだけ
そしてその〇〇を飲んでよかったと
相手から感謝される状況を欲しているだけ
自分の周囲の人々が
病気を治して健康になって欲しいと望んで
その状況に貢献できる自分になりたいだけ


私がこういうのは気分が悪い
不愉快なことだから止めて欲しいと訴えたことに対して

不快な気持ちにさせてしまった申し訳ないと
自分の行き過ぎたお節介を反省するよりも
自分の言うことを信じてくれない
私のことを想う気持ちを私が受け入れてくれないと
怒っちゃったわけですから

どう考えたって私の事より自分自身の事が大事だという
自分が私を傷つけてしまったことより
自分が私によって傷つけられたことが
彼女にとって大きな問題で怒りポイントなんだから

ここに愛の奪い合いが発生しているわけですよ


彼女のことは今でも好きです

共感力も同情心も豊かで
ボランティアとかにも熱心な愛情深い人で
色々と尊敬しているし敬愛していました
3.11の時にも東北に自腹で駆けつけていましたし

でも
私が不用品をフリマやネットで販売して
売り上げを募金活動しているときに
彼女が色んな人から集めてこちらに持ち込むものは
"廃棄するしかないような衣類"

つまり後進国に寄付しても失礼でしかない衣類とか
値段をつけることにかなり躊躇する
持て余されていた家庭の不用・廃棄品ばかりでした

8割くらいがそうしたもので
分別して捨てる方がかえって大変でした
中には粗大ごみもありましたし

そういう意味で
ちょっと解っていないところもあったんです

純粋な親切心と好意から来るものなので
それを追及することを当時はあえてしませんでしたが

今となっては
そういうことを色々話しあえてこなかったことが
悔やまれます

でもお互いに込み入った話をする時間を
とれなかったしとることも不可能な状況で関係だった
(互いがそういう時間を作る努力をしてこなかっただけかも)
それもまた事実です


もうこれは切れてしまうのなら仕方ない
きっと彼女に必要な経験なのだろうとも思います
痛い目にたくさん合うかも知れませんが

そして彼女自身が抱える問題
彼女が今回表している態度の中に
私自身の過去の問題を見つけて反省し
愛ではなく怒りで反応してしまった自分にも気づいて
これは私自身の過去の手放しでもあるのだと
そういう象徴的な出来事なのだろうなとも思っています


サヨナラはしたけれど
彼女の事を好きなのは今も変わりはないし
嫌いになってなんかはいないのです
今はただ彼女の無事と心の平穏と
気付きへの道と今後の幸せを願うばかり

彼女のことはもう神様にお任せして
私は遠くから見守るだけです

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