2020/09/14

生きる目的と霊的成長



なぜ私たち人類が
この物質的世界たる現実という
3次元を中心とした次元で
身体を持って存在しているのかというと

その目的はただ

様々なことを経験するということだけ

ストレートに端的にいうと本当にそれだけ

あれもしたい これもしたい
これも欲しい もっともっとしたい♪

じゃないけど 目的ってそれだけ

そういうやりたいことをし尽くして
心のままに考えのままに自らが欲すること
生きたいと思う自分や人生を生きて
あらゆる体験をしてその体験から
喜怒哀楽の感情やら何やら様々なことを知って
自己実現をして

アイデアを具現化して自らの人生を創造して
様々なことを現実化して楽しんで生きる

各自一人ひとりが違う人生を
自分だけのオリジナルの人生を
自分にしか生きられない人生を生きるだけ

他の人とは同じではない自分にしか感じられないこと
自分の経験を通してしか表現できないこと
他人とは違った自分の個性を生かして
自分にしか出来ない現実を創っていくこと




ただ
ゴール(終わりたる最終目的地)と
ミッション(果たすべきそれぞれのお役目)はある


まずミッション=使命

好きなように私たちは自分で選択して
自らが成りたいと思う自分になろうとしたり
やってみたいという夢や豊富を抱いたり
何かしらかの願望を抱き 欲しいものを得ようとし
その都度の人生で叶えたい現実を叶えてもいく

それとは別に

ワンネスから分離して誕生し 
人間としての個別意識を持った
個としての霊=魂という存在となり

3次元から5次元までの分離世界において
現し身としての3つの身体を所有し
それらを道具として用いて 
自らを表現すべく人生の創造をして
神たる自らが望み欲した
経験を重ねていくことになるのだけれども

それぞれ一人ひとりが
個としての霊=魂という存在としての独自のカラーを持ち
この世において
果たさなくてはならないお役目というのを持っていたりする

これは一般にはライフワークとして知られるものだ

お役目の方向性の違いは
人類が分類される5種類のイデアにもよるし
輪廻転生を重ねる中で研鑽し習得してきた技術や
育んできた得意分野たる知恵などにも由来する

とはいうものの
何しろ神の一部であり神そのものでもある
神の愛を具現化する存在でもある表現者としての
私たちの存在意義であり優先順位としては
経験することであるから

必ずしも毎回の人生が
ミッションを忠実に実行する
己が役割に添った人生を生きなくては行けない

ということでもなかったりする


確かにミッションに添って生きる方が
その人にとって人生は楽なものとなりやすく
様々なことが上手く繋がって
見えない世界からのサポートや縁も働くことになり
本来生きるべきステージが用意されている場所であり
得意分野であるから 道はたやすく開いて 
生きやすい人生を生きられることもある

但し、自己実現がもっとも容易い生き方が出来て
完全燃焼できる道といった方がいいかも知れない
生きやすいというのは成功出来て
何もかも手に入る安泰な人生といった
現実的かつ物質的な成就と満足を得られるという
意味では決してなく
心の充足と精神的な達成感を得られるということ

その意味では
自らの信念に忠実に従って
他人から見たときに患難辛苦の過酷な人生をも
生きている場合も含まれるが


そして私たちの真の幸福感とは

このミッションに添った行動を
自らが行えたときにこそ感じられるのである

そして幸福を感じる器官は
3次元の肉体 4次元の身体 5次元の身体 には存在せず
6次元の身体にのみ存在する

この6次元の身体を育み 成長させないことには
私たちは真実の「幸福感」と「満足感」
という魂の充実を得ることはできない

心たる4次元の身体を用いて味わえるのは
一時的な満足感だけである

だからこそ 
私たちは物質的なものを手にしても
他者との感情的な関係においても
一時的な満足しか得られないのである

(欲望はうまくその時に満たせても
手にした後にはすぐにさらなる渇望や欲望へと変わる
満足は一時的なもので一瞬の錯覚にしか過ぎない)



真の意味での幸福感を得られるための生き方とは
ミッションを遂行することそのものにあるのだが

幸福感を味わうことができる器官=身体たる
6次元の身体を発達させるためには

これまた経験が必要なんである

とにもかくにも3つの身体を使って鍛えて

感じて考えて行動して自分を表現していくしかない

様々な人生を通して
喜怒哀楽を知り そこから感情を育てて 
愛を与えたり与えられたりする喜びを経験して

色んなことを考えて 計画して実行して
失敗して創意工夫して 現実を生きる術を身につけて

とにかくそんな感じ


そしてそれがそのまま
ゴール(終わりたる最終目的地)だったりする

私たちが人としてこの世に存在する目的は
創造主としての完全性と完璧な自己充足から離れて
無能になった状態で個別に経験することそのものであるが

その個別にした経験を携えて 
個としての意識を持ったまま
神としてのワンネスに帰属して生きる道に戻ることが
経験するという旅路の終わりである
(すなわち輪廻転生の終わり)

ここに達することが私たちに与えられたゴール

6次元の身体を得るということこそがゴール
そして6次元の身体を得るということは
霊的成長(進化)を遂げるということであり

これは経験から様々なことから学び
その学んだことを現実世界において
行動(言動)を通じて表現し実践することによってしか
成し遂げることは出来ない



※ちょっと小難しい言い回しでしたかねー

0 件のコメント:

コメントを投稿