2020/05/19

愛の骸 夢の残り香 ②

この世の名残り 夜も名残り
死に行く身をたとふれば あだしが原の道の霜

一足づつに消えて行く 夢の夢こそ哀れなれ
あれ数ふれば 暁の七つの時が六つ鳴りて
残る一つが今生の鐘の響きの聞き納め
寂滅為楽と響くなり

鐘ばかりかは草も木も空も名残りと見上ぐれば
雲心なき水の面 
北斗は冴えて影うつる星の妹背の天の河

梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも 
われとそなたは女夫星
必ず添ふとすがり寄り 
二人がなかに降る涙 川の水嵩も勝るべし

心も空も影暗く 風しんしんと更くる夜半
星が飛びしか稲妻か 死に行く身に肝も冷えて

「アヽ怖は いまのはなんの光ぞや」
「ヲヽあれこそ人魂よ あはれ悲しやいま見しは
 二つ連れ飛ぶ人魂よ まさしうそなたとわしの魂」
「そんなら二人の魂か 
 はやお互は死にし身か 死んでも二人は一緒ぞ」

と 抱き寄せ肌を寄せ 
この世の名残りぞ哀れなる

哀れこの世の暇乞 
長き夢路を曾根崎の 森の雫と散りにけり 

by近松門左衛門「曽根崎心中」



過去に「ケースファイル」でも書いた話だけれども

恋人いない歴=年齢のその方の左手には
見えない紐(腰ひも)がぶらさがっていた

その紐にしてもその先にあるものにしても
それは

この世の物ではないこの世に非ざる物質

ボロボロになって切れかけた
かつての腰ひもの先には

人とも何とも言えない姿かたちの
まるでミイラのような黒い肉塊

いやさ影と形容できるのだけど

今生の彼女の瞳にはそれは映らないし
何の記憶も覚えも持っていないが
過去生の彼女はいとおしくそれを愛でる
自らの左手の紐に触れて
まるでそれを婚約指輪かのように
大切な何かの証のように優しく触れる

すると紐の先にぶら下がる黒い影が
生き返ったかのように姿を現す




それは250年も前だろうか
彼女は遊郭に売られた遊女であった

客と恋仲になり
添い遂げることを共に願ったものの
二人自由になるには足枷が重すぎた
見受けする金額など用意するのは不可能で

追い詰められた若い二人は
この世で結ばれることのない恋ならば
夫婦とちぎり合うこと叶わない縁ならば
ドラマに浸ったのか現実に絶望したのか
心中を決意した

必ずあの世で会って添い遂げようと
離れぬよう固く腰ひもで互いの手を結んで
冷たい河へと身を躍らす

二人があの世で会えたのか会えなかったのか
今生に至るまでの道のりで想いが成就したのか
叶えられた恋なのかどうなのか…

以来

彼女の左手には常に紐を通じて"彼"が結ばれたまま

それはすでに"彼"ではなく
腐敗した彼の遺体のコピーであり
抜け殻としてのエレメンタルに過ぎなかったが


私にはこの人がいる
彼が寄り添っている

私の運命の相手はこの人なのだと…
私はこの人のものであるのだと…
誇示するようにいつまでも紐は結ばれたまま
その先には変わり果てた彼の姿がそのままに


確かに彼女には左手首を撫で摩る癖があり
自分の左側には常に誰かの居場所であると
無意識にその場所を"空けて"いた
誰も座らぬように
誰も自分に近寄らぬように
見えない柵を創り出して


しかし困ったことに過去の遺物としてのソレは

その肉塊のかつての宿り主と再会できたとて
例え生まれ変わって巡り合えたとしても…

再びの縁を結ぶよりも
あらゆる恋の可能性やライバルを弾くだけでなく
生まれ変わった相手との縁すら拒むほどの
強力な恋人除けのお守りになっていたとも言うべきか

何故なら 
今生の彼と過去の彼とは
時を経て波動も変わっているから
かつての自分の一部として引き合うものはあっても
彼女が創り出しアレンジを加えられているので
完全なる一致はしないので

ソレは彼女にとってはもはや
様々な出会いを邪魔するものでしかなかった
そして復縁などありようもない




やはりこれも過去記事で触れた事例だが

結婚まで至りそうな人との出会いはあるというのに
いつも直前になると寸止めになってしまうという女性

南北戦争の時代に
結婚生活数年の短きで夫が出征し
ほどなくして戦死の知らせを受け
名誉の未亡人となった

しかしそれは世間的に評価の高い名誉であると共に
とても重いプレッシャーを彼女に負荷することとなった

いついかような時にも未亡人として
ふさわしい行動や品性を求められるという重圧

周囲の期待を裏切らず
型にはまった周囲が求める自分を
演じ続けなければいけないという縛り

私はこうあらねばならない
こうあるべきでこうふるまうべきだ
異性の好奇心からの餌食になってはいけない
夫の名誉を守るためにも毅然とはねのけねばならない
スキャンダルはもちろん再婚なんてもってのほか

奇しくも今生の彼女の学生時代の渾名は"未亡人"

南北戦争時代の南部女性の理想の未亡人像
貞操観念や道徳観念にがちがちに支配され
現代を生きているのにモラルが300年前で

結果

「私は婚家や夫の名誉を守るためにも
 軽々しく再婚なんてすることは出来ない!」


結果 今の人生での選択肢をつぶしていたのです
誰でもない彼女自身の過去の人格が

"こうあるべきだ"という自分の型紙を創り出して




※前半後半で終わらせようと思ってたのに無理でしたっっ
ダメだぽー 長くなっちゃうんだワン

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