2016/02/04

好きこそものの上手なれ~転生なる転職

ゆっくりまったり出来るとこでおしゃべりしたいね~♪

・・・と、よくカフェ巡りをご一緒する子と話していたものの、
約束してた日には生憎と目当ての店は休日ばかりで。
たまたま見つけたお初の紅茶専門店に行くことに。

けれども、
紅茶に対するこだわりと情熱(名付けて紅茶愛)の強い店主さん。
あろうことか紅茶セミナー受講中になってしまい、
肝心のおしゃべりがさっぱりと出来ないままに時計は進み(笑)

それもまた、ためになるお話が聞けたし、
とても楽しかったので結果オーライ、ですがっっっ(^-^)

珈琲好きのオーナーさんもこだわり強いと思うけど、
私の知ってる限りでは、千葉某所の紅茶専門店の店主さんも、
めちゃくちゃこだわりが強くて、熱かったなあ、と思いだしたり。
でも、サービスがざっくばらんなのは共通していたかな(爆)

森薫さんの「エマ」の中で、
執事を引退してハブ?カフェ?を開いている
店主さんが出てくるシーンがちらりとあったけれど、
確かにカフェとかティーハウスとか、飲食業に就く人は、
もともとその手の業界の畑出身のイメージ。
(そもそも経験ないと無理だと思うし)

でも脱サラして、夢だった趣味の道に行く人は多いよね。
どちらかというと、まったく未経験者という無謀な
ゴーイングマイウェイを貫く人も少なくなくて、
たまたま上手くいった人はいいけど、現実はそんな甘くない。


で、この道に来たということはもしかして
過去生でそういう仕事をしていたことがあったのかな?
とも思いきや・・・そういうわけではないらしい。
勝手に覗き見して申し訳ないのだけれど、
過去生でフットマンとか執事さんとか、
いわゆるお屋敷系の仕事に従事したことは皆無のようだった。
(どちらかというと卸系の「商人さん」
シルクロードの商人、物売りってトコ~笑)

たぶん、美味しい紅茶をサーブすることや
ホスピタリティをとことん追求され、
徹底して求められるような職業に(過去に)就いたが故に、
その経験値を生かすがごとく、店を開いているのではなく、
純粋に対象となる商品に惚れこんでのこの道なんだなぁ、と。

ホスピタリティの部分では突っ込みどころ満載なんだけど、
紅茶愛がある人だから、頑張って欲しいな~と思ったのでした。
実際淹れてくれたお茶は美味しかったですしね。
(リピート決定)


そうさねぇ・・・

過去の人生で培った職能スキルを活かして、
似たような職、まったく同じ職業に就いている人もいるけど、

(もちろん、ジェンダーやどの国に生まれるかにもよりますが)

必ずしもみんな前回の人生と同じ道、
似たような職業を選んでいるわけではないんですよね。


これから書くことはファンタジーというか夢物語というか、
電波なキチの寝言というか戯言というか、
作り話と思ってもらって、そう片づけてもらって十分なんですが。

うん、ホラフキーでいこう。

冗談と受け流して下さい。妄想なフィクションてことで。


モーツァルトは、モーツァルトとして生まれる直前の人生は、
単なる楽器職人だったらしいし・・・

発明家で画家であったある人物(知らない人はいないと思う)は、
その人生の後、
キリスト教の司教になったり、某有名作家に転生したり、
その後は平凡な公務員になったりしてたわけで、
(ちなみにこの人は過去生でキリストに会ってるから、
宗教画描けるわけです。だから一番当人に似てるし)

源平合戦の頃の有名な頭領(大河ドラマの主役)は、
現代において書道家やってたりするし、

ローマ帝国時代の将軍はフランス革命後も将軍だったけど、
現代では、なぜかドッグトレーナーやってるし。
(格言つか名ゼリフを言うところは何千年経っても変わらず)

大化の改新(今はそういわないのよね)の
あの有名なシーンでどの漫画家さんにもびびりーで
トホホな爺様として描かれてしまう某人物は、
政治とは関係ないフリーの自由業やってるし。
(でも自分が焼き討ちされた場所では発作が起きる)

奈良の某寺に首が埋められてて、
それが呪いのなんちゃらって言われてる当時の政治家さんは、
今は政治とはまったく関係なくて、
某経済系の出版社で編集さんしてたりっっっ
(性格は・・・あんまし変わってないようで)

その当時の彼のお父さんも出版関係のオエライさんだし。

(当人たちは全然知らないのがミソで、
まさか当時の自分の遺体・・骨が
そんな呪いのアイテムになってるとはビックリであろう)

鎌倉幕府関連のあの人はお医者さんやってるし。

坂本竜馬はアルゼンチンで農業やってたりする(らしい)。

(竜馬も竜馬のときの人生のエレメンタルを、
色々とあちこちで使われちゃってるけど、
当の本人は転生して伸び伸び生きてるわけです。
海援隊だったのに農業とはこれいかに)


こういうのも、"転職歴"ってカウントしちゃっていいんだろうか?

謎です。



まあ・・・
その人格として生きていたときの肉体のコピー(エレメンタル)は、
その場所に縛られていたり、それはそれとして「在る」ので、
霊能者の人のそれなりな人はコンタクト取れるわけ。
でも、過去その人物だった本体(魂)のほうは、
得てして、とっくに転生していたりする。

(ちなみに、うちの生徒さんのご先祖様、
銅像になってる方は、やはり当時の人物のエレメンタルで
ご本人は転生してイマス。何処で何をしているかは内緒。
もう一方の上野の某寺に埋葬されているご先祖様は、
まだ転生はされていず、いわゆる中間生ですけども。)



して、歌手だったり、女優だったからといって、
再び同じ職業につくわけでなし、
政治や経済の中心にいた人であっても、
そこから離れて、素手で魚取っているような人もいたりして。


せっかく習得したスキル、
積んできた経験や人脈や才能があるのに
あたらもったいない、と私は思うのだけども・・・。


でも、たぶん
「アレもやりたかった、コレもやってみたい」ってことを
思う存分やってるのでしょうね、みんな。

過去に経験したし、一度やったし、名声も得たから、
もういい!って人もいるでしょうし、逆に懲りてて、
二度と戻りたくないって世界もあったりするのでしょう。


ちなみにブッダの10大弟子は、
日本の仏教伝来にものすごく尽力した人たちとして転生している。
誰が誰に転生ってのは、ちっと口止めされてるので書きません。
そうですね、宗派の開祖になっている人もいる、とだけ。
(彼らはアジア担当だから・・・謎)

キリスト教の12弟子たちもそうですね。
やはり、キリスト教関係者に転生していることが多いデス。
(ヨハネはその後、人間としての転生はないけど)

そんな風に、転生してもずっと、

「この道一本でゲス!
わき見はふりませんっっ!
寄り道も絶対にしませんっっ!」

生き方を貫いて、この職業一本でいきますって人もいますけどね。

そういうのは特殊なケースのような気がする。


あと、似たような職業の例で言えば、
現在タクシーの運転手で150年前馬丁って人がいたな。
(乗り物好き?)



先に出した某有名画家さんなんて、
死んでから自分の絵が高値で取引されたり、
後の人生でも小説が映画化されたりドラマ化されたりしてて、
でも、当の本人には別人生ってだけで、
印税というか著作権を要求できないんだよな~
(生まれ変わっても絵画は描かれてて、
それは贋作と言われても仕方ないほどのプロ級の腕前)

なんて下世話なことを思ったりして。
過去生の印税とか使用料とか発明の特許料とか
それらすべてゲット出来てたら、億万長者だろうなあ・・・とかとか


モーツァルトとかゴッホもそう。
生前はほとんどもらえてないんだもんねぇ。
せめて、今の人生でリッチに生きられていることを願いつつ。

して彼らは自分の作品をどう思って眺めているのであろう。

意外と、

「この絵描き、なんて下手っぴなんだ
こんな絵がこんな高い金額で取引されてるなんて!」

と激高していたり、

「こんな眠い退屈な曲、嫌いだ」

なんて言ってるかも新米。



そしてどうでもいい呟き。
私は自分の過去生は、完全記憶としては覚えてない。
断片的に、感覚的に蘇ったり、概略としてわかる程度。
「完全記憶」をもし持っていたならば、
当然、言語も忘れていず、覚えているはずなので。

うん。せっかく、カナダ人だったり、イギリス人だったり、
ドイツだのフランスだの中国だのロシアだのギリシャだのって、
あちこちいたのなら、当時の言葉を覚えていられたならば、
今頃マルチなのにぃ~涙

どの国の言語もしゃっぱりわかりません。
(日本語ももはや怪しいレベルっっ)

確かにね。完全記憶とまで行かないまでも、
過去生で培った技術スキル、知識など、
それらがちゃんと残ってて、使えれば、
こんなに便利なことはないのですよね。

もちろん、まったく初めての人よりは、
忘れてはいるものの(ブランクあるし、技術も進化してるし)、
少しトライしてみれば、習得が早いってことはあります。
無意識的に似たような業種を選んでいる人は少なくないわけで。
過去生の苦い経験やその時の憧れから、
現在の職業を選んでいる人も多かったりしますし。

例) 当時の住んでいた村で不衛生からの感染症で、
自分の兄弟含む大勢の子供達が失明。その時の記憶、
何故だろうという疑問や思いから眼科医になった人とか。


だからまあ、必ずしも過去生に従事していた、
過去において経験を積んだ職業に就いたほうがいい、
就かねばならないってことはなく、
結局は人は自分がやりたいことをして、
成りたいものになっていく道を選ぶのです。

そんなんで色んなことにみんなチャレンジして、
一度やったことは二度とやらない人もいるし、
何回か離れて全然別のことをしてから、
以前やったことに戻って行ったり、
たくさんの経験を統合する方向にいく人もいるし、
ずっと同じ仕事を選び、研鑽して道を究めていく人もいるし、

成りたいものになっていくために、
少しずつステージアップしたり、失敗を繰り返したり、
なんですよね。

どんなことも初めてのときがあるわけだから。
でも、いつかはモノに出来るとき、
苦手で上手くなかったことが得意になっていく未来も
人は手に入れられるのです。


それも自分の魂の当初の目的が何処に向いているのか、
ってのとかと絡んでもきますけれども。

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