2016/02/05

家柄自慢と差別意識

ここのところ真面目にブログを書いています。
三か月更新していなかったし、
やる気がなくなったら多分ブチッと放置してしまうので、
書けるうちに書いておかないと・・・という感じでしょうか。
さて、いつまで続くか判りませんが。


まとめサイトを閲覧するようになって、早一年半くらい。
世の中色々な出来事があると、楽しませてもらっていますが、
嫁姑問題において、家柄自慢というのかしら?
家の格式がどうのこうのとかいう人たちが未だにいるんだと。
昭和はすでに遠く、平成になってからだいぶ経つのに。

時代錯誤というか何というか・・・

まあ、でも
そういうのにしがみついていたい人は確かにいるんですよね。
けど、それって「家柄」を取ったら、自分には何もないって、
家以外自慢できることがないって言ってるようなものだけど。

学歴や会社自慢もそうかなあ・・・
親の職業なんかも勿論。


うちは、父親の職業が建具職人だったものだから、
近所の「アテクシ、東京生まれですのよ」ってのが自慢の、
気取ったオバハンから、差別されたものです。
でも、今は千葉に住んでんじゃん・・・だったけど。

なんかその人曰く、
「うちの親は学習院(で働いていた)なんですのよ」ですって。
(でも単なる警備員さんだったらしい)

子供同士でどうのこうのはなかったんだけれど、
「あんな家の子と遊ぶんじゃありません!」てよくやられた。

別にその家の子と遊ばなくても他に幼馴染とかいたし、
一部の人たちだけのことだったから、実害はなかったかな。

思うに、ヨイトマケの仕事の人たちなんか、
もっと差別されてたんだろうなって思う。
ただ、私の時代は親の職業で差別されるようなのが、
徐々に無くなっていってた昭和の良き時代だったので、
そういう意味では露骨にイヤな思いをしないで済んだ。

確かに父親は職人で、家には、
大工さん、左官さん、その他土木建設関係者などの、
むさくるしいおっさんたちがよく出入りしてたから、
そういうお鼻のお高いオバサマからしたらば、
得体のしれない野蛮人とでも思われてたのかもね。


でも、父方はなんてことない田舎の農家(けど金持ち)ざぁますが、
母方は祖父母とも南北朝まで遡れる薩摩藩の士族の家系(しかし貧乏)で、
祖父に至っては平安まで辿れる平家の子孫ですが何か?
って言ったなら、あのオバハンはどういう顔をしたんだろうか。
まーたぶん信じないだろうし、
ブルーカラーの職業に従事してるってだけでOUTなんだろう。
それに証明しようにも家系図は焼けちゃって無いしね。


あと、武士はなんだかんだ言っても、人殺しだもん。
欧米の貴族、騎士なんかもそう。
たくさん人殺して屍築いて、民百姓踏みつけて出世したのって、
自慢できることではないよなあ。
恨みいっぱい買ってるわけだし。怨念てんこもり。
そういうツケで子孫が苦労しているのが事実。
(お家騒動とか乗っ取りとかお手討ちとかあれやこれや)

それと、家が続いているからって、
血(DNA)が続いているわけではないのですよ。

昔は養子縁組多かったし、遺伝子検査もないから、
托卵されてても、誰も気づかなかったであろう(完全に2ch脳)。



そして、たまたまその「家」に生まれただけなのにねぇ。

前にも書いたけど、
その「家」に生まれて、両親を親として選んで産まれるのは、
自分が取り組むべき最適なレッスンがそこにあるから。
適切な環境があるってそれだけ。
たくさんある候補の中の、たまたまのひとつ、に
単純に偶然とタイミングだけで生まれてきただけという・・・
(そこではない他という可能性もあったわけです)

で、
たまたま生まれた家のご先祖様が立派な人だったと。

だけども、肝心の自分はどうよってのがある。
その先祖の子孫として生まれてくるのに、
ふさわしい人徳者だと錯覚するのはこれいかに。


ご立派な先祖様の子孫として生まれてくる人が、
似たような素晴らしい人物とは限らない。

逆にどうしようもない悪評高い家柄の家に、
人類の至宝みたいな徳の高い魂が生まれてくることもある。

ご先祖様自慢、家柄自慢をする人の
過去生をちらっと見やったときに・・・

「なんだ、雲助してたンぢゃん」
「差別される側だったんですね」

なんてのもよくあること。



そういえば、バブリーな頃、
ホテル関係のバイトしてたんだけども、

「アテクシたち、お客なのよ!」
「アテクシを誰だと思ってるの??」

と威張り散らす人たちに限って、成金なんですよね。

完全な成りあがり(矢沢永吉←わかる人いるかな)。

本当のセレブ、上流階級というか家柄のいい人たちは、
わりかし地味というか謙虚で慎ましく、上品。
代々のお金持ちとか、
一流を知ってる人たちは物腰柔らかいものですのよ。

とはいうものの、
由緒正しき名門に生まれた人にもヘンな人はいて、
善人悪人立派な人キチな人に、家柄も生まれもないものであります。
人格や霊格の低い高いは、貧乏人金持ちも家柄も関係ないので。
等しく生まれてくるとだけ・・・



でも、まあ・・・「自分」という素材で勝負できず、
(中身がないというか価値がないというか)
他に威張り散らす材料がないというか何というか・・・
他人との力関係において、優位に立ちたいと感じたとき、
自分を誇示するのが、「家柄」「親の肩書」しかないので、
そういう人は仕方無いっすね。

ハイハイハイハイハハイハイって感じで。


こういう人に

それではいったい、あなたは

「いままで何をやってきたの?」
「何が出来る人なの?」
「あなたは誰を幸せにしてきたの?」
「社会において、何の役に立ってきたの?」
「何を創造し、生産してきたの?」
「あなたの社会での存在意義は何?」

って聞いたとき、

たぶん答えることは出来ないだろう。


だいたい何もやってきてない人が多いから。



ちなみに、
うちのことを「小汚い職人一家」と差別していたオバハンは、
旦那さんに先立たれ、
「そんな子たちと遊ぶんじゃありません」と守っていた息子が、
自室で死んでいるのにも気づかなかったりで、
今は一人で半分呆けたように孤独に暮らしていらっしゃる。
近所づきあいもしないし、友達もいないし、
身内(親戚)ともお付き合いないんだそうで・・・。


そしてかつてバカにして見下し、蔑んでいた、
その職人の妻(うちの母親ね)が地域の民生委員なものだから、
世話を焼かれることになっちやってたりして・・・
きっと不本意で屈辱的なんだろうけど、
自分がうちにどういうことをしたかなんか忘れてて、
凸してきて愚痴をいったり、助けてくれといいにきたり、
あいも変わらずたくさん迷惑をかけてくれているらしいっっ。


なんていうか、残念な人であったけれども、
可哀想で気の毒な人だとも思ったりするのです。
心が満たされていなくて貧しくて、
愛がない、寂しい孤独な人だったのだと改めて。

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