2020/07/02

とらわれの貧しい心で〜消えゆく文化

ブログ趣旨から外れた話をもう一つ

高校に入学して間も無く
親しくなったクラスメイトが

「行けなくなった人がいるんだけど
 チケットがもったいないから行かない?」と

それは地元千葉は文化会館での
浜田省吾のコンサート(今はライブか)

当時のチケットは画一的な印字物ではなく
アーティスト独自の個性的なデザイン
(コレクションしていた人もいた
私も取っておけばよかったと後悔している)

チケット代は1500円だったと思う
その前の年 日本武道館での
ABBAのチケットが3000円だと思ったから
(レコードのアルバムが2500円程度の時代)

よく知らないままに彼のコンサートへ

観客はまばら 席が埋まるどころか
ぽつりぽつりと まったくの蜜ではない状態w

ステージに出てきた省吾が

「寂しいから 
 みんなこっちにおいでよ!」

と優しく手招きする

戸惑いながらステージの方に
後ろの方にいた人も前に座っていた人も
友達と来ていた人も一人で来ていた人も
見ず知らずの人々と顔を見合わせて
省吾やバンドの人たちに確認しながら
ステージ前に集まった私たちは
皆照れ臭そうな 少し浮き足立った笑顔で
ステージに肘をついて省吾を見上げた

そんな私たち一人ひとりをさっと見て 
省吾はにっこり笑って
そして始まったコンサート

わずかばかりの観客である私たちに
私たちのために
語りかけるように一曲一曲
とても丁寧に彼は歌ってくれた

あの観客数だと大赤字だったろうが

てなわけでハートを鷲掴みというか
その日からファン決定❤️

それ以前に歌詞が心に深く沁みた

その後千葉に来るたびコンサート行ってたけど
少しずつお客さんも増えていくのが嬉しかった

レコードは高くて買えないので
友人からダビングです もしくはレンタル

テレビにも出ずタイアップもほとんどなく
ヒット曲というヒット曲も実のところないけれど
そんな地道な活動が今の彼の土台になって
コンサートはいつも満員御礼のマンモスライブで
プラチナチケットになる理由なんだと思う



そりゃ
歌がうまいかっていうとそういうわけでもない
省吾より歌の上手い歌手も良い声のシンガーも
良い曲創って曲の完成度が高いミュージシャンも
この世にはたくさんたくさんいる
運に恵まれた人 売れている人やヒット曲のある人たちも
事務所のバックアップや時代に乗れた人たちもたくさんいる

けど省吾は一つひとつのステージを大切にして
どんなにお客さんが少なくても手抜きしないステージで
歌で思いを伝えて 皆に語りかけて
ファン一人ひとりの心を掴んできた人なんだよね
壁にぶつかって挫折もしたろうし葛藤もあったろうけど
それでも一本筋を通して歌い続けて来た人なんだよね

うん
だから昭和から平成そして令和になっても
ずっと自分のスタイル貫いて続けていて
たくさんのファンがいて
影響を受けたミュージシャンたちも多いんだわ


FCも入ってないから 今ではチケット取れない人
あんな風にサングラスの下の素顔が見れちゃうほど
彼の近くで 私たちだけのために歌う曲を
聞けることはもう二度とないだろう

今の時代では絶対にありえないこと
昭和だからあったこと

ファンがみんな仲間で
好きなアーティストを通じて繋がっていけた時代
アーティストと家族みたいな暖かい絆を持てた時代
スタッフの人も暖かく優しかった時代

過ぎたからこそ懐かしいあの頃

そういう経験をできたのはとても貴重なことで
今となっては青春の宝物みたいな想い出

あんな優しかった時代はもう二度とやってこない
とくにこのコロナ禍による未来に至っては



















そんな風にファンな友人から
レコードを借りたりテープをダビングしてもらったり
「ぜひこれを聞きやがれ!」と押し付けられたり

「行けなくなったから」「チケットがあまってるから」
「よかったら一緒に行って欲しい」

なんてことから付き合いだの暇つぶしだので出かけて
それで曲や舞台を見て 魅了されてファンになる

・・・っことは今の時代というか
これからの時代はもうありえなくなるんだな

電子チケットになってしまったならば
転売防止の観点や利便性から
必然的にそうなるんでしょうけど

チケットを手渡して
「よかったら ぜひ行ってきて」なんてプレゼントする
素敵で小粋なこともなくなるのだろう



JASラックが音楽家たちの収益や権利を守るために
著作権だー!! とあれやこれや煩く言い始めたことで
果たして何が起きたか

街中から音楽がなくなった

音楽が消えてしまった

音楽を聞く機会が狭まった

昔はどこででもかしこでも音楽が流れてた

商店街を歩くとき 喫茶店やお店の中で
町中に音楽があふれてた
テレビでは音楽番組も多かったしね
ラジオ流しているとこもあったし

だから流行りの曲は
誰しもがどこでか聞く機会があって
どこかで耳にすることができた

たまたま入った店のBGMとして
歩きながら耳に入ってきた誰かの歌として

そして「あ、いいな」と思って
調べて探して 自分好みの音楽にたどり着くことができた

でも今はそんな機会を持つことはない

行きつけの飲食店や喫茶店のマスターの
こだわりコレクションのレコードを
聞きたくて訪れて音楽談義に花を咲かせる
なんてこともなくなった
できなくなってしまった

音楽はいつの間にか遠いものとなってしまった

テレビでのタイアップ 主題歌やCMで知るくらい
あとは身内や友人からのルートくらい
動画も知る媒体のひとつではある

でも昔の曲を聴きたいのなら
CDをちゃんと買ってくれよな方向なので
そのアーティストの良さを「知る」機会は
どんどん減っている 間口が狭まってね


自分で撮影したプライベートな動画を
SNSにあげたとき 
そこに少しでもその場で流れている
音楽をキャッチして入っていたなら
「著作権がー」
「違法だー」という正義酎が現れる時代

音楽はますます遠くなっている


そりゃ売れなくなるよ<CD 
テレビに出ないからばかりじゃないよ
有名だから無名だからってのでもないよ

違法で ただで手に入れる人がいるからって
無料で聞けちゃう場や方法があるからってのもあるけど

「知る」「出会う」機会も同時に減ってきている

聞けないから聞きたくなるってのもあるけど
耳にタコができるほど聞かされているから
もっと聴きたくなる音楽ってのもある
中毒性ってやつかなあ
よく聞くから好きになる曲ってのも
今はそういう現象が起きなくなってるから
よけいに音楽が欲しくならないのかもね

日常的に聞いていればそれが当たり前なら
聞きたくなるけど
音楽がないのが当たり前な日常が普通で
ないのならなくて平気ですよってそういう時代

音楽はなくてもいいものになってる

音楽だけでなくて他の芸術も
お芝居(演劇)も映画もアートも
どんな芸能文化も
身近ではなくなってきてしまったから
生活に普通にあるものではないってことで
それがなくても別に大丈夫ですよって
なくても困らないしってそんな感じ

例えばイタリアの人にとってオペラは生活の一部で
朝から晩までみんな歌ってて
そんなふうに風景みたいに音楽があるから
それを大切な文化として身近な感じて
それらに対する情熱や投資を惜しまなかったりするのだけど
(フランス人にとってはアートか)

日本人は著作権がー 製作者に収益分配をーとか
彼らの権利や文化を守ろうとして
かえって音楽文化を干上がらせ衰退させてしまった

そこに功罪があるのかどうかわからないけれども

音楽や芸術が人々の生活から離れて
とても遠いものになってしまったのは事実だ

人々の生活が多様化したからだけじゃない


うーん
いま音楽を作り それらの活動をする人にとっては
果たして良い時代なんだろうか 
やりにくい時代ではないのだろうかと思うけど

お客さんの中にもミュージシャンはいますが
印税収入がちゃんとあったとしてもそれは昔の話で
ステージすなわちライブ開催できないことには
色々と難しいし副業ないと厳しいのが実情ですから




観客が数十人しかいなかった頃から
自分が好きだった人が
こんなにビッグなアーティストになってくれて
本当に嬉しいし今となっては感慨深い
(先見の明があったのかw)


人生の早い段階で 若かったときに
ホンモノのものすごいアーティストのステージを見れたこと
そしてそのわずか数十人のオーディエンスの中の一人だったこと
こんなにすごい人に会えてたんだってことが
奇跡のような出会いで すごいことだったんだって実感する

ほんの2mくらいの距離で この人の歌を聴けたんだよなぁって

そしてバックバンドのメンバーに
元レベッカのドラムスの小田原さんを見つけて歓喜した!!

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