2015/11/05

自死・彷徨える魂~終わりのない旅(上)

 
 死は涼しき夜
 生は蒸し暑い昼間

 早や黄昏すぎて 
 私は眠い
 昼間の疲れは 
 私には重すぎる

                         by ハインリヒ・ハイネ


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自ら命を絶つ者を、愚かだとか弱い存在だと非難することは簡単だ。

自殺なんて馬鹿がすることだとか無責任な現実逃避だとか、
そんな風に簡単に他人の弱さをなじることができてしまう人は、
自分たちのような無神経な輩たちこそが、
弱いものたちから生気を吸い取って、神経を踏みにじり、
追い詰めている張本人だということに決して気づこうとはしない。

手を下さずとも・・・
おのが手を汚さなくとも、人は人を殺すことができる。

誹謗や中傷、身体的、精神的な暴力など。
環境的に、心理的に追い詰めることによって、
人という生きものは同胞である他者の心や精神を、
いとも簡単に破壊する。

言葉すらも凶器であり、
ナイフよりも死を長びかせながら、人の心をえぐりとる。

追い詰められて、それ以外の道を見失い、
自死という選択方法しか
いかようにも考えられなくなってしまった人たちのことを、
人生の脱落者であるかのように、
吐き捨てるように嘲るものたちには、
きっとこの世の地獄がわからない。

生きることこそが絶望で、終わりのない地獄であり、
死以外に自分を救う道はないものと、
そこにしか自分の天国を見つけられなかったものたちの、
悲痛な心の叫びを・・・
そう結論付けることしか出来なかったものたちの想いを・・・
きっと彼らには聞く耳がなく、知ることもないのだ。

生皮が剥がれるような痛みをこらえて、
膝をかかえて暗闇の中、うちひしがれるしかない虚無を。
傷口からあてどもなく、乾ききらないうちから滴り落ち、
流れていくドス黒い赤い血を、とめる手立てもなく、
他人事のように眺めるしかない、あの気持ちを。

簡単に非難する人たちは、
そんな気持ちを味わったこともなければ、
死以外の選択肢を見つけることができなくなった
踏みにじられたものたちの悲劇や痛みの片鱗さえ、
想像することもできないのだろう。



もちろん、自殺は「自分に対する殺人」であるから、
死んだものが自らに犯した行為であり、
自らを葬り去ったものの責任のほうが重い。

単なる逃げの死、
弱さゆえの生きることの責任放棄・・・
といった死のほうが、多いのは事実だから。

本人が「自死」を選ばざるを得ない状況になったのは、
本人のせいでもあるし、誰かのせいでもあるし、
その逆に誰のせいでもないのかも知れない。

周囲の罪ということばかりもなく、
本人の罪ということばかりでもなく、
周囲の罪でもあり、本人の罪でもあるのだろう。


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私の直接の知り合いではなかったが、
友人の友人・・・が、信頼していた教師に強姦されたが、
表ざたにしたくない学校と、
娘が傷物になったことをおもはばかった両親の間で、
被害者であるはずの彼女の気持ちは置き去りにされた。

無理解な父親は彼女をなじり、
そして彼女はビルの上から、その命を散らしたのだった。


友人Hの父親はタクシー運転手だった。

警察から電話があったとき、
いつもと同じように出勤していたので、誰もそうとは疑わなかった。
目撃した人の話によると、
港の桟橋近く、他の車と同じように駐車していたそのタクシーは、
発進したかと思うと、ためらいもなく海へと一直線に進んだのだ。
むろんブレーキの痕もなく。

遺書もなく、直前の気配も、予感もなく、
ある日突然に、彼は人生を終えることを選んだ。
数十年経っても、
家族は彼の選択の理由にたどり着くことができない。


子供の頃、唯一身内の中で私に優しかった叔父は、
真っ暗にした自宅ガレージの中、
愛車に身を横たえて、自らを死に誘った。

ガレージの隙間を埋め、そして空気が進入しないよう、
几帳面な叔父らしく、丁寧に窓の隙間などをテープで止めて。
一酸化炭素中毒で意識が遠のくまでの間、
練炭の炎を見つめながら、何を思ったのか・・・。
あるいは目を閉じて、これまでの人生を振り返ったり、
遺していく家族のことを考えながら、その時を迎えたのか。

前日、叔父の親友である警察官のその人は、
笑顔で楽しく酒を酌み交わしたのだという。

「何故、悩みがあるのなら、
 そのときに打ち明けてくれなかったのか・・・。
 いやさ、自分はどうしてMの異変に気づけなかったのか」


事故での突然の別れも勿論辛いし、比べうるものではないが、
自殺は、いつだって遺される側のほうに大きな傷痕を残す。

なぜ、そこまで追い詰められていることに気づけなかったのか。
どうして、決断する前に胸のうちを相談してくれなかったのか・・・

自殺は、死したものにとっては、
「生」という地獄からの解放かも知れないが、
遺されたものたちにとっては、
そこからが「地獄」の始まりなのである。
なぜならば、遺されたものたちは、
身内の死、パートナーの死、友の死を、
止められなかった、気づくことができなかった・・・

という罪悪感を一生背負っていくことになるからである。

追い詰めたのは自分で、
見殺しにしたのは自分かも知れないという、
自分への不信感とともに・・・

死んだものにとっては、そこで終わりだが、
遺されたものは、一人分以上の人生の重みを、
引きずって生きることになる。



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 「ねぇ・・・やめようよ
 もう、やめようよ・・・

 そんな風に拒みあうのはよそうよ!

 ボクだって知ってるよ
 ”孤児院の子だ”って、
 そのことで君達を傷つける連中がいることは!
 
 君達は傷ついて
 ・・・そして言うんだ
 ”君達にはわからない この痛みは判りはしない”って

 そうかもしれない
 ボクには!
 君達が傷つけられるのを見て・・・
 察することしか出来ない・・・

 だけど君達・・・知ってるかい? 
 君達がそういう時には・・・
 君達が孤児院の子だからって拒まれているのと同様に
 ボクたちを拒んでるって!

 ねぇ・・・

 両親揃ったボクには
 君達のことがわからないと言われても
 親を殺すわけにはいかないよね
 
 ホントなんだよ!

 わかってくれないと君達が泣く時に
 わかりきれずに泣く人だっているんだよ!」




             by三原順「奴らが消えた夜」

 
  

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