2015/11/04

ハートランド、プロミスドランド

「いろんなことを深く話せる、気の置ける友達や仲間が欲しいんだけど、
職場とかだと利害も絡むし・・・それ以外の場では難しい。
学生時代はともかく、社会人になってからは友達を作る機会もなくて」

「スピリチュアルな話というのかな、こういう話って、ちょっとデリケートで、
昔からの親しい友達に話すのも、相手の反応を探りながらというか、
何処まで話したらいいのか、話しても、軽くあしらわれたりするのが怖いし、
よしんば聞いてくれても、本心のところでどう思っているのか、だし、
身近に安心して話せる人がいない」

個人セッションが主流だった頃、
クライアントさんからこういう話を聞くことが幾度かあって。

ときおり、私のほうでも、
「○○さんと○○さん、共通の趣味あるし、
話題あうんじゃないかな」とかとか。
クライアントさん同士の交流と出会いの場(合コンではない)といいますかね、
気楽に普段、他所では話せないようなことを話せる場を作れれば、なんて、
そんな風に考えたのが、色んなイベントをすることになったきっかけでした。

で、お茶会とか瞑想会とか、ワークショップとか・・・単発のものを開催しつつ、
「もっと、きちんと勉強したい」という声もあって、
ヒーラー養成講座やスクールを開講することになったのですけれど。

おかげさまで、スクールの生徒さんたちは皆仲良しで、
和気藹々といつも賑やかにおしゃべりが弾んで、
世代も職業も立場も違うものの、
何ものにもとらわれない、そうしたラフな関係を楽しんでくれている模様。

スピ的な話が「すべて」ではないけれど、それも自分の「一部」として、
その手の話が出来る場所があることが、みなの息抜きになっているようで、
それがナニヨリかなーと、思っています。

でも、スクールのランチタイムに皆で外に行った時、
頼むから、大勢であっけらかんと、
「エレメンタルがー」とか「生霊がさ」「過去生が」
みたいな会話をするのだけは、それだけは止めといて下さいって感じ?

とても怪しい団体になってしまうので
(ヘンなところで世間体を気にする私)。

今12人の生徒さんを教える喜びを頂いているわけですけれども、

皆がホンネで話し合ったり、助け合ったり、
互いのことを叱ったり、喜び合ったり、
そういう絆が生まれていることが、とても嬉しいことなのでした。


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この道の彼方
 約束されたはずの場所があると
 信じていきたい 
 もう一度 孤独に火をつけて

               「On the Road」 by 浜田省吾



話変わりますけれども。


子供の頃、「ブラックジャック」を読んで、
外科医に憧れたことがありました。
動物も好きだから、獣医もいいなあ、って考えたことも。

でも、家庭環境の問題でそれはあきらめざるを得なく。

ついで、憧れたのは好きな絵を描くことのできる仕事。
それは就くことが出来たものの、あっさり二年で挫折してしまいました。

同乗での交通事故で、治療やリハビリ的生活をする羽目になったとき、
運転していた当時の同僚(彼女の自爆運転ミス)に逃げられ、
治療費も払ってもらえず、自腹で治療費や生活費の借金を負うことになり、
夢破れて、友人にも裏切られたというか、人間不信にも陥り、
日々いろいろ悶々と・・・。

(車は大破してスクラップ行き。
シートベルトしていなかったのに、骨折もなく、全身打撲と両足の捻挫、
フロントガラスに突っ込んだ顔の傷くらいで済んだのは、奇跡だったかも)


その時、西洋医学では「後遺症」の痛みって理解してもらえず、
東洋医学に出合うことで、助けられたんですね。精神的にも、肉体的にも。
顔面に出てしまった麻痺みたいなのも、エステのフェイシャルで癒されて。

この時分、自分の肉体を癒す過程において、
心と身体っていうのは密接に繋がっているな、
と、つくづく痛感したものです。

体が不健康だと心も不健康になるし、
心が不健康だと身体も不健康になるな、と。

どちらか片方だけを見ても、それは不完全だと・・・
心と体、両方を見ていかないといけないのでは?と、
そう思い、両方をフォローしていく施療とか、そういう仕事をしたいなあ、と。

「何処か、都会の喧騒を離れた、
ごく普通の一軒屋とか別荘みたいな家で、
そこに訪れた人の
心と体の両方の健康にアプローチするようなことをしたいな。
庭には木々とかハーブとか花とか、植えたりして、
そこに行くだけで、そこを訪れるだけで、居るだけで、心が癒されて、
ホッとできて、パワーがチャージできるような、そんなところを創りたい」

そんな漠然としたことを考え始めたのがこの頃。

このときには、具体的なことは何ひとつ見えてないというか、絞れてなくて。
心と体の両方に対して、としか、考えてなかったんですね。

エステの仕事に興味持って、そっちに進んで、
その流れでアロマテラピーを習ったり、
モーリス・メッセゲさんの著書に出合って、ハーブ療法を学び始めたり。

それが20年ちょい前のことでしたか。

私のやりたいことは、
あまりにも抽象的過ぎて、的を得ていませんでした。
アロマテラピーを教えてくれていた当時の先生(
鍼灸師の方だった)に相談しても、
「夢物語で現実的でないね」と、
国家資格を取ることと
ある民間療法士の団体に加入することを勧められる程度。
でも、経済的な問題を抱えている状態では、
鍼灸の学校とか、大学入って心理療法士の資格を取るのとか、
それこそ非現実的なことで。

とにもかくにも、働かなくてはいけないなあ・・・という問題があり。
学歴も経験もない自分に、何が出来るのか? と思っていたとき、
たまたま、「あんた、占い師やりなはれ」とお声がかかったりして。
その時は断ったんですけどね。

占い師とか霊的な仕事とか、
そういうのだけは絶対、やりたくないし、やらないぞ!
って、決めていたはずなのに、
気がついたら、なんかやることになっちゃってた。

他に出来ることがなかった・・・というのが理由でもあり。
仕事として働きはじめてからも、
「早く辞めたい」「私のやりたいのはこんなことじゃない」
とずっと抵抗してて。

(とはいえ、やりたくなーい、辞めたい・・・といいつつ、
決していい加減にやってたわけではないです。
占いの勉強も勿論したし、
精神医学とか心理学とかセラピーとかカウンセリングとか
それ以外の勉強もしましたし、
人生論とか恋愛論とかの本もたくさん読んだし。
真摯に向き合って、精進のための努力はしたつもり)


でも、今ふりかえってみると、
それは今にいたる勉強だったのだなあ、と。
今、ヒーラーとして『カウンセリング』が出来ているのは、
占い師としての仕事で培ったことなんですよね。
人の話、人の悩みを聞くことなど・・・経験になっているな、と思います。
ヒーリングとカウンセリングはまったく違う仕事だから。
人と接したり、おもてなしをすることは、
学生時代及びその後社員として
様々なサービス業に従事した経験も役立ってるわけで。
土台としての基礎があったからこそ、今に生かされてる。
どんなことも無駄にはならないものだと。

なんていうか、運命に翻弄されているようで、
それも導きだったのかも知れません。

気がつけば、ものすごい遠回りをしたようにも思うけれど、
今やっていることは、私がその時、目指したことに近いんですよね。
もち、イコールではないし、100%ではないけれど。

きっと、少しずつだけれども、近づけているのかなあ。

確かに、それをしたい、と切望したときには、
それを具体化するだけの力は私にはなかった。
力が足りなかったというか、人間的なキャパがあまりにも狭くて。
だから、あの段階で叶っていたとしても、
まったく続かないどころか
一瞬で崩壊する砂上の城のような自己満足でしかなくて、
世の中の需要に見合ったものは何ひとつ提供できなかったと思う。
それを必要とする人々のためになるようなものではなく、
きっと自分が与えたいものを一方的に押し付けるようなものしか
そんなやり方になってしまったと思うから。

つまりは、私自身が大きく変わる必要があったんですよね。
人生の問題と向き合って、
性格的な欠点、弱さを克服する時間が必要だった。
自分が理想と掲げた、夢を実現させるためには・・・

今は・・・多少はその資格が生まれたかなあ?
昔よりは、以前の私よりはだいぶマシだと思うけれども。



とはいうものの、
頭の中で、どんどん具体的な計画になっていくというか、
何をどうしたいのか、どういうコンセプトで・・・
というのは建てられたものの、
なかなか夢は夢のままで、いたずらに時間だけが過ぎてゆき、
無情にも年だけ取っていき・・・ 
この夢はやはり叶わないのか、単なる憧れで終わるのか、と。
そう思うと、挫折感の前に打ちひしがれてしまいますけどねー。

そうですね。

自分ひとりでそれを叶えるには私はあまりにも無力で、
財産も人望も、実力も才覚もなく・・・
色んな人と力をあわせて、目的というか、志を同じくする人たちと、
力をあわせないことにはそれは出来ない仕事で、
創れない場所でもあり。

幸いなことに、『会社』を設立したいなあ、
だから、あの段階で叶っていたとしても、
まったく続かないどころか
一瞬で崩壊する砂上の城のような自己満足でしかなくて、
世の中の需要に見合ったものは何ひとつ提供できなかったと思う。
それを必要とする人々のためになるようなものではなく、
きっと自分が与えたいものを一方的に押し付けるようなものしか
そんなやり方になってしまったと思うから。

つまりは、私自身が大きく変わる必要があったんですよね。
人生の問題と向き合って、
性格的な欠点、弱さを克服する時間が必要だった。
自分が理想と掲げた、夢を実現させるためには・・・

今は・・・多少はその資格が生まれたかなあ?
昔よりは、以前の私よりはだいぶマシだと思うけれども。



とはいうものの、
頭の中で、どんどん具体的な計画になっていくというか、
何をどうしたいのか、どういうコンセプトで・・・
というのは建てられたものの、
なかなか夢は夢のままで、いたずらに時間だけが過ぎてゆき、
無情にも年だけ取っていき・・・ 
この夢はやはり叶わないのか、単なる憧れで終わるのか、と。
そう思うと、挫折感の前に打ちひしがれてしまいますけどねー。

そうですね。

自分ひとりでそれを叶えるには私はあまりにも無力で、
財産も人望も、実力も才覚もなく・・・
色んな人と力をあわせて、目的というか、志を同じくする人たちと、
力をあわせないことにはそれは出来ない仕事で、
創れない場所でもあり。

幸いなことに、『会社』を設立したいなあ、
私の夢を形にしたいなあ、と思ったとき、
一緒に働きたいな、っていう、
適材適所な人材とは出会えているんですけどね。
一番大きなネックは基本中の基本である資金という現実。


でも、まあ その場所、
ヒーリングガーデンを建てられたなら、やりたかったこと、
完璧な理想のもとではないにせよ、小さい形で出来てはいるので、
それはそれで、小さな満足感は味わっていたりもします。
賃貸のマンションだけど、
自由業として、私なりのセッションをこだわって提供出来ているわけで。
ネットというバーチャルな場所で、
理想の空間をとりあえず作ったりなんかして。
スクールやイベントで、提供したいことも提供できていて、
私が目指していた交流も多少なりとも出来ているわけで。

例えば、
みんなの食と養生を考える「初心者からの漢方セミナー」も、
ヒーリングガーデンでやれたらな、って思ってたら、
薬剤師さんで漢方アドバイザーの生徒さんに開いてもらえたり、
ヨガとかエクササイズとかの教室も開けたらな、と思ってたら、
この間、ヨガの講師も始めた生徒さんに担当してもらえたし・・・

「場所」としての建物はまだまだ全然手に入れられないけど、

先にあげたスクールの生徒さん同士の交流とか、
やれたらいいなと思ってたイベントとか、
一日ショップ&ティーサロンとか、
それはそれは理想と比べると、はるかに小さな形だけれども、
少しずつ夢をカタチに出来ているので、
来世計画になっちゃっても、よしとするか・・・なのでした。


★創りたいのは都会の隠れ家的オアシスですね。
ティーサロンとアロマ&ハーブショップと漢方薬局が一階にあって、
二階で体や心に良い、
ボディケアやセラピーとかヒーリングを提供できて、
その人のその時の状態に適した、
一番良いもの、を提供できれば最高かと思うし。

ティーサロンでは、ちょっとしたイベントとか、
ミニコンサートとかギャラリーとか
そういうの不定期に開けたりするとこ・・・なんていいなって。
月に何回か、郊外の有機農家さんに朝市出してもらったり、
チャリティーのバザーを開いたり、そういうのもやりたいな、とかとか。

何でティーサロンかっていうと、
単なるショップよりも、肩肘張らない形で人々が出会って、集えたり、
情報交換であり交流の場、情報発信地になりえるから、なんですね。

宝くじ、当たんないかな~と思いつつ、さすがに今の私の年では、
来世計画になっちゃうかなあ・・・と、遠い瞳ですけど。

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